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地球連邦軍様、異世界へようこそ 〜破天荒皇女は殺そうとしてきた兄への復讐のため、来訪者である地球連邦軍と手を結び、さらに帝国を手に入れるべく暗躍する! 〜  作者: ライラック豪砲
第五章 ワーヒド星域会戦

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第19話―4 ハストゥールの顔

 そう。


 ()()()()()()()不可能だ。


「ハストゥールの拘束外装をすべて解除してください!」


 クク艦長が金切り声で叫んだ内容に、艦橋中の人間がギョッとした。

 拘束外装の全解除とは、即ち肉艦という名の怪物を完全に解き放つことと同義なのだ。


 技術を伝えたベルフ人ですら忌避した禁断の行為を命じられた事に、誰もが驚き恐怖した。


 しかし、クク艦長は命令を変えなかった。


「どの道我々と一緒に風の杖が失われれば全てがお終いです。勝てる可能性が砂粒程の可能性だとしても、やるんです……いえ、やりなさい!!」


 普段のおどおどした態度とはかけ離れたクク艦長の態度に、ようやく人員は動き出した。

 オペレーター達が緊急コードを打ち込み、いくつかの緊急プログラムを起動させる。


「全拘束外装……解除!! 」


「艦長、最終承認願います!」


 操作を終えたオペレーターが叫ぶ。

 それを待っていたクク艦長は、手元のコンソールの隅にあったカルナーク語で『緊急承認』と書かれたガラスで蓋をされたボタンを拳で勢いよく殴りつけた。


 ガラス蓋が割れ、クク艦長の血が宙を舞い、ガラス片と共に周囲へと飛散する。


 次の瞬間、艦橋……いや、ハストゥール全体の電力がダウンし、真っ赤な非常灯が点灯した。

 その光景はさながら、艦内が血に染まったかのようだった。


「うまく、いくかね?」


 クク艦長の隣にある、非常用の粗末な椅子に座って呻いていた軍師長が死にそうな声で言った。

 軍師長は指揮官の隣で立っている、というカルナーク軍の伝統に何とか乗っ取ろうとした結果の、慣れの果てだ。


「……ハストゥール……いえ、肉艦の生存本能に賭けましょう」


 クク艦長が、怯えた少女の様に呟いた。


 その直後、不穏な振動と地響きがハストゥール全体を襲った。


「ああ、始まった……」


「神様……」


 若い艦橋用員の、祈るような小さな声が艦橋にいくつか響いた。

 皮肉な事に、火人連の人間である彼らが祈る対象もハストゥールなのだが……。

 






「ミユキ大佐、反物質の格納庫周辺への充填は残り20秒ほどで完了だ。後は磁場を解放すれば、敵艦はひとたまりもない」


 もうすぐ自身も爆散すると言うのに、シャフリヤールの声はやけに晴れやかだった。

 彼自身、本音で言えば様々な思いがあるのだろうが、この状況下では自身の任務を完遂できた事への満足感の方が強いようだった。


 しかし、対するミユキ大佐はやや不満げに椅子をぎしぎしと鳴らした。


「シャフリヤールは嬉しそうっすね……私は正直、残念っス。この艦と私たちなら、私たちが消える事無く勝てたんじゃないか……あの時こうして入れば、ああしていれば……そんな考えが頭から離れないっス」


 シャフリヤールは苦笑するしかなかった。

 とはいえこの点は仕方がない。


 人間の……パートナーを失い、余生として異世界派遣軍にやってきたシャフリヤールと、何よりも大事に思っている姉妹がいて、異世界派遣軍を唯一居場所としてきたミユキ大佐とは死生観自体が異なる。


「……悔いても仕方ありません。今はただ、この最大の脅威を取り除けた喜びに……ああ、もうカウントダウンですね。それでは大佐、さようなら。楽しい対艦戦闘でした。10、9、8……」


 カウントダウンを開始しながら、シャフリヤールはミユキ大佐に右手を差し出した。

 実のところ、抱擁を望んだのだが通信でミユキ大佐に拒否された末の握手の求めだった。


 ミユキ大佐は一瞬右手を眺めると、小さく息を吐く動作をしてシャフリヤールの手をギュッと握った。


「結果に悔いは残るっスが、まあ……楽しかったっス」


 互いに笑い合う中、ついにシャフリヤールのカウントダウンが終わりを迎える。


「3、2、1、0……反物質補完装置OFF、磁場解除」


 シャフリヤールが装置へ司令を伝えた。

 

 瞬間、磁場によって対消滅反応から逃れていたシャフリヤール内に格納されている約50tの反物質が、シャフリヤールの船体と反応……しなかった。


「……? シャフリヤール? どうして……なんで対消滅爆発が起きないっスか!?」


「今調査中……ああ、クソ! センサー類がイカれてる……すぐに爆散するつもりだったから……」


 狼狽したミユキ大佐が叫ぶが、シャフリヤールの方も同じ状態だった。

 おまけに、すぐに自爆する前提でいたせいで艦内設備は酷い状況だ。

 状況の把握すらままならない。


 だからこそ、二人は今シャフリヤールに……正確に言うと、シャフリヤールの格納庫スペースにいるハストゥールに起きている出来事に、全く気がついていなかった。


 銀色に輝く流線形の船体の僅かな隙間から肉塊と巨大な眼球が覗く、それまでの姿は既にない。


 シャフリヤールの格納庫内で無数の触手を伸ばし、その吸盤上の物体から反物質を啜り、船体を喰らう。


 不器用な子供が粘土細工でワニを作ったような巨大な異形が、そこにはいた。


 この光景を見ても、誰もこれが巨大な宇宙戦艦同士の戦いだとは認識できない事は間違いない。


 やがてハストゥールはその触手の矛先を反物質とシャフリヤールの船体からその中身へと切り替えた。

 人間数人分ほどもある太い無数の触手は全長4キロのシャフリヤール内部へと次々と侵入していき、内部にあるものを無機物有機物の区別なく吸い取り、噛みきり、捕食していく。


 そしてその対象は、アンドロイドとて例外では無かった。


「な、なんなんですかこれは!?」


 冷静沈着だったシャフリヤールの最期の言葉は、困惑と恐怖に染まったこの叫びだった。

 センサー類の沈黙により状況判断すら出来なくなったシャフリヤールとミユキ大佐が状況を把握したのは、巨大な触手が壁を突き破り二人の体を貫き、巻き取った時だった。


 シャフリヤールは貫かれた場所が悪かった。

 

 13mm徹甲弾にも耐えられると言われるコアユニットを一瞬で貫かれたシャフリヤールは驚きを浮かべたまま物言わぬ人形になった。


「シャフリヤール! こ、こんのぉぉぉ! 化け物!」


 ミユキ大佐が貫かれたのは腹部だった。

 アンドロイドにとっては比較的重要度の低い部位のため、身動きが取れない以外は幸か不幸かミユキ大佐は無事だった。

 そのため彼女は腰にある拳銃を取り出すと、自身の下半身に巻き付く触手に対して発砲し、抵抗を試みた。


「だあああああああ! 案の定利かねえっスかあああああ!」


 マガジンが空になるまで打ち込まれた5.5mmケースレス弾はしかし、触手に対して全く効果を発揮しなかった。

 しかし、不快な感触だけはあったのか、ミユキ大佐を掴んでいた触手から枝分かれした細い触手が、ミユキ大佐の両腕を鞭のように振るった先端で切り落とした。


「あ、ああ……そんな……何なんっすか……何なんすかこれは……私は……一体何を相手に……」


 拳銃と言う抵抗手段を失い、急激に追い込まれたミユキ大佐はそのまま触手によってハストゥール本体の方へと運ばれていった。


 こうなると、ミユキ大佐にはとある危惧が生じて来る。


「不味い……量子通信装置が……」


 量子通信装置。

 異世界派遣軍……いや、地球連邦軍が火人連より明確に勝っている、今や貴重な装備だ

 主に参謀型や大型艦船に搭載されているこの装置を、異世界派遣軍は火人連の様々な入手活動から守り、そして火人連はなりふり構わぬ手段で入手を試みてきた。


 だからこそ、ミユキ大佐は心臓が凍るような思いだった。

 自分がこのまま鹵獲されれば、異世界派遣軍はさらに技術的優位を失うことになるのだ。


「そんな……勝利どころか、私が……みんなの足を引っ張っちゃう……」


 ミユキ大佐はどうにか量子通信装置諸共自決する手段を探すが、両腕を失い下半身を触手につかまれている状態ではなすすべが無かった。


「ああ、こんな事ならロシア連邦軍特殊部隊(スペツナズ)みたいに自爆装置でも積んでおくんだった……」


 地球本国の最も厳しいと言われる部隊の……これまでは蔑んでいた仕様に思いをはせる中、ミユキ大佐はとうとうハストゥールの本体、その眼前へと連れて来られた。


 連れて来られて……そして、その”顔”を見た瞬間。

 

 ミユキ大佐は壊れた。


「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ…………顔が、顔……ああ、顔……酷い……あんまりだ……あああ、ああああああああああ………………」


 感情制御型アンドロイドの精神構造は、ほぼ人間と同等のものであると言われている。


 だからこそ、ミユキ大佐は耐えられなかった。


 古の古代種族のおぞましき技術が生み出した、肉艦と呼ばれる存在。


 そのあまりにも恐ろしい、その姿に……。


 結局、ハストゥールは触手の先端で騒ぎ続けるミユキ大佐をしばらく眺めると、艦首だった場所に生じた巨大な割れ目の様な部位へとミユキ大佐を放り投げた。


 割れ目に飲み込まれたミユキ大佐は、それでもまだ叫び続けていた。

 真空下で、たとえ誰に聞こえなくとも……。

 自分が感じた恐怖と絶望を、誰かに伝えんと、ひたすらに……。


 結局この恐ろしい捕食行為は、シャフリヤールの船体が無くなるまで続いた。

 

 ミユキ大佐にとって幸運だったのは、最後に危惧した量子通信装置が火人連に渡ることなくハストゥールの胃袋(あればの話だが……)送りになった事だった。


 こうして、人類史上初の航宙艦による一騎打ちは終わりを告げた。

次回更新予定は9月28日の予定です。

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