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地球連邦軍様、異世界へようこそ 〜破天荒皇女は殺そうとしてきた兄への復讐のため、来訪者である地球連邦軍と手を結び、さらに帝国を手に入れるべく暗躍する! 〜  作者: ライラック豪砲
第五章 ワーヒド星域会戦

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第19話―1 ハストゥールの顔

「領地を捨てて逃げろなどと、バカな事を言うな! 一体どんな理由があって、そのような無礼な事を言うのだ!!」


 ニャル中佐とマナ大尉から子爵領総退去の話を聞いた家宰は大声で怒鳴った。

 だが、反論の声はそれだけだった。


 勿論、このような急な話に皆言いたいことが無いわけはない。

 武人肌で、初代皇帝から賜ったこの領地への深い思いを抱くルニ子爵当人も、当然ながら本音では怒鳴り声を上げたい所だった。


 しかし、子爵領の主要人物は既に地球側へと取り込まれており、意図的に反地球派として取り残され、冷遇されている家宰以外の者は口をつぐんでいたのだ。


 彼らは既に知ってしまったのだ。


 塩辛く、獣臭の強い脂身の切れ端をありがたがる食生活の辛さに対する、月で製造された地球料理の美味さを。


 夏厚く冬寒い湿気だらけの石造りの住居の辛さに対する、断熱材と防湿材によって囲まれた住居の快適さを。


 祈りと効果の薄い薬草に対する、地球の先進医療の絶対的な効果を。


 日々もたらされたこれらは、騎士や誇りと言ったものでは覆せない思いを子爵領の人間に植え付けたのだ。

 だからこそ、彼らはこの恐ろしい言葉にも黙っていた。

 ただ、ニャル中佐達からの言葉だけを待っていた。


「……家宰様のお言葉ごもっとも……ですが、これは紛れもない事実なのです。空をご覧ください」


 家宰だけが反発することを見越していたニャル中佐は、軽く下げていた頭を上げて静かに言った。

 そして、つい先刻から見えるようになったある光景を皆に見せるべく、窓から見える少し薄暗くなった午後のルーリアトの空を手で示した。


「なんだアレは!?」


 訝し気に示されるまま空を見た子爵領の一同は驚愕した。

 昼の薄青い空には、見た事もない程の光の線と白い小さな円の点滅が見て取れたからだ。

 それはさながら方向の乱雑な流れ星……一瞬で浮かんでは消える小さな丸い無数の雲……。


 騎士や官吏達は、皆一様に息を呑んでそれを見つめていた。


 そして、それは子爵領の幹部たちだけではない。

 徐々にだが、街の方角からも人々のざわめきが聞こえてきた。


 誰ともなしに見えた未知の現象は、人々の心に波風を立てるには十分だった。


「ニャル殿……あれは一体……」


 ルニ子爵が空から視線を下ろし、ニャル中佐に問う。

 横にいたマナ大尉は一瞬言いにくそうに表情を歪めるが、ニャル中佐は涼しい顔で言葉を紡いだ。


「あれは戦場の炎でございます……我々異世界派遣軍の空飛ぶ城が、攻めてきた敵の空飛ぶ城と戦っているのです」


「!? いくさ……あれが……」


 どよめきは室内の子爵領の人間全員に伝播していった。

 子爵の横で息子を抱いて立っていた奥方も、心細そうに子爵に身を寄せた。


 ニャル中佐は、一瞬赤ん坊の方へと目をやり、すぐに視線を子爵へと戻した。


「敵は我が方の十倍です。今は防いでいますが、どうにも旗色が悪い……今は主力を帝国の空まで逃がすために精鋭部隊が殿を勤めています」


「なるほど……ちなみに、敵が帝国の真上に来るとどうなるのです?」


「我々に匹敵する地上部隊がやってきます。そして、シュシュリャリャヨイティ率いるルーリアト統合体と共同でこの地を占領するでしょう。そうなれば……」


「……グーシュリャリャポスティ殿下のご帰還と帝国掌握にもっとも貢献したこの子爵領は……ということですな? なるほど……となると確かにありがたいご申し出だ」


 子爵の言葉に、家宰だけが顔色を変えた。

 たった一人、年老いた妻と共に来訪前と変わらない生活を送るこの老人の顔色は血色のいい他のものに比べて悪かったが、この時においては生活環境のせいだけではない。


 なぜ、他のものが異常に物分かりがいいのかという疑問からだ。

 彼だけは、なぜ他に者が古き良き生活を捨てるのかが分からなかった。

 彼だけが、なぜ他のものが帝国貴族の誇りを軽く扱うのかが分からなかった。


 しかし、実の所他の者の見方は違った。

 他のものは、なぜ彼だけが新しい生活を送らず、頑なに古い価値観と不便で不味い生活にしがみ付くのかが理解できないのだ。

 だからこそ彼は孤立し、反地球派の愚かさを示す象徴となっていた。

 いや。


 異世界派遣軍がそう仕向けたのだ。


 だから、今回も家宰が最初に反発することである流れが発生していた。

 

 それは、「家宰が騒いでいるのだから、地球側の言う事が正しいのだ」という思考だ。

 この刷り込みにも似た思考を作るために悪役を作るやり方は、異世界派遣軍の現地人懐柔の常とう手段だが、このルニ子爵領においては特にうまく行っていた。


 だからこそ、今回のような急な無茶ぶりにも何とか対応できているのだ。


「子爵様……なぜ、なぜなのです!?」


 流れが出来ればもはや悪役は必要ない。

 家宰を誰もが無視して、話は進んでいく。


「……状況はわかりましたが、我らはグーシュリャリャポスティ様の臣下です」


「お立場は理解しております。今通信を繋ぎますので、少々お待ちを」


 ニャル中佐がそう言うと、マナ大尉が手にしていた大型端末(タブレット)を操作し、子爵達の方へ画面を向けた。


 数秒程待つと、顔を伏せたグーシュの姿が映し出された。

 瞬間、グーシュの様子に疑念を抱きながらも家宰以外の者達がルーリアト式の敬礼をした。


 気配に気が付いたグーシュが、地球式の答礼をする。

 だが、そのグーシュの表情を見た子爵達は思わず驚いた。

 グーシュの顔が、見た事のない疲労の濃いものだったからだ。


 とはいえ、状況が状況だけに誰もがそのことを指摘はしなかった。

 超人じみた体力の持ち主のグーシュでも、流石に疲れることくらいあるだろう。

 そう考えたのだ。


 結局、グーシュは疲れた声ながらも子爵達に事情を説明し、子爵達はそれを聞いて避難を受け入れた。

 

 地球では今以上の生活が保障され、さらに帝国亡命政府の一員の立場が保障され、さらに帝国への帰還後の財産の回復までもが保障されたのだから、無理もなかった。


 だから。


 スムーズに進む会話の中で、グーシュの足元に横たわるミルシャの事に、当然ながら誰も気が付かなかった。


 グーシュと子爵との会話が終わると同時に、空を一層強い光が覆い、帝国の地をあまねく照らした。

次回更新予定は9月14日の予定です。


総合ポイント4500突破しました。

これも皆さんの応援のお陰です。

これからも地球連邦軍様(以下略)をよろしくお願いいたします。

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