第18話―6 戦場の様子
ピッ。
ミルシャが携帯端末を操作して通話を切ると、帝城のグーシュのために用意された部屋には沈黙が訪れた。
ただ、グーシュが荒く息を突く音だけが響く。
「で、殿下……よろしかったのですか? 一木司令や参謀の方々……」
ミルシャは気が気では無かった。
敵の艦隊がやってきたと聞いてから慌ただしく拠点を帝城に移し、状況をガズル臨時皇帝に説明して……ようやく一息ついた所に来たのが、先ほどの一木からの通信だった。
内容は最悪で、信じがたいものだった。
というか、未だにミルシャには信じられなかった。
あの強大な……神話や説話の世界の様な宇宙艦隊が敗れ去り、今や地球連邦軍全てが敗走の最中なのだと言う。
しかし一番信じがたかったのは、それに対するグーシュの返事だった。
完全な拒絶からの、怒りを込めた怒涛の怒鳴り声と罵倒。
あまりにも本気の怒鳴りようだったので、ミルシャは完全に面食らってしまったのだ。
(内容はまるで一木司令達に助言しているようなのに……殿下の怒り方が本気っぽい……これは一体……)
ミルシャとしては、一木と同様に今の怒りはグーシュが帝城にいる人々にあえて聞こえるように避難を拒否し、その一方で怒声と見せつつ今後の方針を示したのだと、途中までは考えていた。
しかし、彼女の知るグーシュの怒りようとしては、どうにも本気っぽいのだ。
そのことがミルシャに深い疑念をもたらしていた。
「いいのか、だと? ミルシャ……お前までふざけているのか!? いくらわらわとて、故郷を捨ててまで生き長らえたいなどとは思わん!」
そう叫ぶと、グーシュは力を込めてミルシャの右乳房を思いっきり鷲掴みにした。
(うわあああ!!?? ほ、本気で怒ってるぅぅぅ!!!)
事ここに至りミルシャは悟った。
グーシュの怒りは本物だと。
この胸の掴み方は、本気で怒りを抱いた時特有のものだ。
「い、いえ殿下……ですが、ほ、本当にこのままここで敵と戦うおつもりですか? 敵は地球連邦軍を倒した相手ですよ? ここは一旦再起を図り……いてててててててて!」
ミルシャは右胸喪失の可能性を感じるに至り、グーシュの説得を断念した。
だが熱くなったグーシュは収まらず、状況を説明するためにお付き騎士達を招集するようにミルシャに命じて、部屋から追い出した。
「ま、まずい……怒りだか何だかで我を忘れておられる……殿下らしくないからてっきり怒っている振りだと思ったのに……」
ミルシャの脳裏に様々な光景が過ぎる。
帝都と同じくらい大きな巨大戦艦シャフリヤール。
そしてそれらを撃破した千五百隻の敵艦隊。
強大な歯車騎士の軍隊。
そしてそれ以上に強い、ジンライとかいう歯車人間………。
幻想説話から抜け出てきたような魔法使いの女。
グーシュ以上に恐ろしいシュシュリャリャヨイティ……。
艦隊で見た記録映像に乗っていた、一つ目の化け物のいる軍隊、カルナーク軍……。
「……対してこちらは……」
ミルシャは訓練場に移動して、グーシュから提供された自動小銃の訓練に勤しむお付き騎士達を見た。
今は射撃ではなく組み立てや構造把握の座学の最中だが、飛ばしたバネを探して床をはいずる姿を見ては、到底勝利などおぼつかないという事は痛いほどわかった。実際に右胸が痛い。
「どうしたミルシャ?」
そんなミルシャに気が付き、訓練の監督を行っていたエザージュが声を掛けてきた。
ミルシャはしばし、同僚の顔を見つめた。
「おいおい……本当にどうしたんだ? セミックみたいな面すんなよ……」
「先輩みたい……?」
ミルシャがオウム返しに尋ねると、エザージュは軽く頷いた。
「ああ。悩んでいる時のあいつそっくりだ。ルイガ皇太……じゃなかった、ルイガ様がなんかやらかした時はいっつもそう言う顔してたよ。眉間に皺寄せてな」
その言葉を聞いたグーシュは、不意にセミックが導いてくれているような感覚に襲われた。
そうだ。
お付き騎士達……ミルシャの同胞にして姉妹にして故郷。
今の状況で頼るならば、これ以上の存在は無い。
「エザージュ……大切な話があるの……」
「なんだよ急に。いや…………どうも、冗談じゃないみたいだな。なんだ?」
ミルシャのただならぬ気配に、エザージュも表情を引き締めた。
ミルシャは唾を飲み込むと、意を決して口を開いた。
「殿下を……グーシュ様を助けたい。このままでは、殿下も……帝国も終わってしまう」
ミルシャは現在のルーリアトと地球連邦軍の状況、そして先ほどの一木との通信の事をエザージュに伝えた。
すると、みるみるうちにエザージュの表情がどす黒くなっていった。
「おいおいおい……どうするんだよ……このままじゃ、帝国は……」
「だからこそ、殿下には何としても帝国を……いえ、この星から脱出していただけなければならない」
「だが、グーシュ殿下は強硬に自分も残ると言っているんだろ? どうするんだよ」
ミルシャは一回深呼吸すると、まだじんじんと痛む乳房に軽く手を当てた。
主のためならば、やらなければならない。
「拘束して、一木将軍に引き渡す……帝都灰燼に帰し臣民ことごとく灰になろうとも、殿下には生き延びていただく」
「……乗った。それでこそお付き騎士だ」
エザージュの表情に、微かに笑みが混じった。
次回更新予定は9月5日の予定です。




