第18話―5 戦場の様子
「い、いやグーシュ……話を、聞いていたか? 異世界派遣軍の主力艦隊は既にこの惑星の軌道まで撤退中で、シャフリヤールと重巡洋艦部隊が足止めをして何とか戦線を持たせている状態なんだ。その上月方面まで敵の別動隊が攻めてきていて、ポリーナ大佐が単機で食い止めているんだ。一刻も早く……」
「一木」
予想外の反応に一木は再度現状を語り始めた。
今度はグーシュ側の端末に戦況図まで送ってだ。
だが、そんな事にはお構いなしと言った様子でグーシュは説明を遮った。
「敵艦隊が強力な事は既にアミ中佐から聞いていた。だからこそわらわも覚悟を決め、越権行為ながら帝都の防衛体制構築をアミ中佐に提言し、司令部機能を帝城に移していたのだ。これもすべて、ルーリアトを守るためにな……それを、なんだ? 事もあろうに”さも当然のように”わらわに国を捨てろなどと……ふざけているのか! ルーリアト帝国第三皇女が、簡単に国を捨てるなどと本当に思っていたのか!」
怒りの声を……腹の底から叫ぶように言うグーシュに、ようやく一木や参謀たちの頭に冷静さが戻ってきた。
グーシュが叫ぶ姿が、まるで他者に聞かせるかのようだったからだ。
「……すまなかった、グーシュ……配慮が足りなかったようだ」
そう言って一木は頭を下げた。
あまりにも自分本位だったのだと、ようやく気が付いたからだ。
確かにグーシュ自身は状況を理解できているだろう。
一木達の配慮にも思い至り、揚陸艦一隻の存在と地球への避難者枠を有効に活用できるだろう。
しかし、当然それだけでは足りないのだ。
なぜならルーリアト帝国の苦難は今日今進行する七惑星連合とルーリアト統合体の侵攻で終わりではないのだ。
当たり前の話だが、一木達が去ってからも……いや、去ってからが本番なのだ。
そのことを当然のように見越しているグーシュにとって、たとえ状況への理解度があったとしてもおいそれと逃げる事に同意など出来るはずがない。
むしろ、撤退後と帰還した際の状況を見越した策を講じる必要があるはずなのだ。
そのことに思い至ったからこそ一木は頭を下げたのだが、グーシュは尚もヒートアップしたかのように声を荒げた。
「頭を下げて済むと思うのか!? そう言う所だぞ!? きちんと両手を差し出して詫びをいれろ! そして、本当にすまないと思うのなら攻撃されやすい宿営地なんぞに籠ってないで帝都に援軍をよこせ! だいたいお前たちがそんなところにいるせいでルニ子爵領の民が傷ついたらどうするつもりなんだ!! 今ルーリアトで一番避難する必要があるのは彼らなんだぞ!? 分かっているのか!!!」
ここに至り、グーシュの怒鳴りが的確なアドバイスだと気が付いた一木は申し訳ない気持ちでいっぱいになり、モノアイが輪に見える程回りだした。
「それに戦況に対する考えも甘い! だいたい専門家のミユキ大佐が悲観的な見方をしているのに、うまい所敵を撃破出来るなどとよくも言えたな! お前たちは自分の身内が死ぬのが嫌で逃避しているのだ!! 敵が強硬策に出たのなら、それは相手が勝ち目があると判断したのだと考え、最悪の事態に備えるべきだろう!!!」
その後も一通りグーシュは怒鳴り続けると、携帯端末を持っていたミルシャに映像を切るように命じて一方的に通信を切ってしまった。
その間頭を下げ続けていた一木と、途中から頭を抱えながら聞いていた参謀たちはしばらく無言で佇んでいた。
「……どうも、俺たちは少々、物事を甘く考えていたようだな。どこかで慢心していた……俺たちは敵なしで、なんだかんだ言ってミユキ大佐とシャフリヤールが本気を出せば敵の新型艦載機と新型艦もなんとかしてくれる、ってな」
一木がポツリと呟き、参謀達とマナ大尉がどんよりとした空気で頷いた。
「ミユキちゃんは航宙戦闘に限っては優秀だから……あの子が勝ち目が薄いっていうなら、薄いんだって……分かっていたつもりだったけれど……」
「新型の人型兵器と触手と目の生えた新型艦……」
「悔しくて悲しいですが、あの子は敗北する……そう考えて行動しなくてはなりませんね」
慢心。
そうとしか言いようが無かった。
この宿営地で防衛しようなどと言う考え自体が甘いのだ。
惑星の軌道上を抑えられてしまえば、永久築城要塞等ただの標的だ。
その標的に時間を費やして兵器を展開している事態で、一木達の認識は甘かった。
「シャルル大佐。イセクト戦闘団はそのまま作戦続行、指揮を執ってくれ」
「了解しましたー」
「殺大佐。揚陸艦ムーンにルニ子爵領の領民を乗せて、軌道上の輸送艦に搭乗する手配をしてくれ。難民認定とかの面倒な処置は全て後回しだ。責任は俺が取る」
「了解!」
「クラレッタ大佐は……航空兵力による哨戒活動を行いつつ宿営地の放棄及び残存部隊の帝都への移動準備を行ってくれ。ああ、勿論殺大佐と連携して、適宜人員を相互に融通し合ってくれ」
「わかりましたわ」
「マナはニャル中佐と一緒に子爵の所に避難の説明に行ってくれ。多分……いや、絶対納得しないから、少し問答した後にグーシュに通信を繋いでくれ。説得は彼女に任せる」
「分かりました!」
テキパキと指示を出すと、一木は再び戦況図に目をやった。
ポリーナ大佐が一隻、また一隻と標準艦……もしくは汎用艦を撃破していき、重巡洋艦部隊が敵主力部隊をハチャメチャに蹂躙する一方で、シャフリヤールと敵の旗艦は激しいドックファイトを続けていた。
だが、拮抗して見える一方で背後を突く形で艦載機部隊が迫っており、冷めた頭で目にしてみれば優位な点等全くないのが分かる。
サーレハ司令がいない今、自分がこの全てを指揮しなければならない。
単純なその考えに至ると、一木は脳が軋むような不安を感じた。
「ああ、せめて……縮退炉の確保に行ってるダグラス大佐とアセナ大佐が来てくれれば……」
「あの二人にあまり期待しない方が……」
殺大佐の冷たいツッコミを受けながら、一木は重い腰を上げて業務に没頭し出した。
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次回更新予定は9月2日から3日の予定です。




