第18話―1 戦場の様子
シャフリヤールとハストゥールによる一騎打ちの開始は火星宇宙軍主力に対して突撃を続けるメフメト二世達からも確認することが出来た。
十万キロの彼方からは光の点がじゃれ合うように飛び回っているようにしか見えないが、むしろこの距離からでも素早く飛び交って見える事が二隻の恐るべき速度を物語っていた。
「……始まったか」
メフメト二世はその様子を見て思わず呟いた。
すでに眼前に火星宇宙軍の主力艦隊を望む現状ではよそ見をするような余裕などないのだが、それでも視線をやらずにはいられなかったのだ。
「ミユキ大佐とシャフリヤール……勝てるかの?」
不安げにオダ・ノブナガが重巡洋艦達に問いかける。
やはり精神的に未熟な艦だ。
親しいSAの……いや、艦隊の危機に際してはどうしても不安が勝るらしい。
だが、それではダメなのだ。
そしてそれを示すように、対する反応は豪快な大笑だった。
「な、なんで笑う!?」
オダ・ノブナガが顔を赤くして怒ると、彼女の世話役を勝手に辞任しているローザ・シャーニナが艦を寄せて笑いかけた。
「ごめんごめん。けれどもね、ノブナガ。重巡洋艦ならこんな時、不安げに心配なんかしちゃだめよ」
シャーニナの言葉にオダ・ノブナガは驚いたように絶句した。
そんなオダ・ノブナガに他の艦も、こんな時の重巡洋艦の心構えを語り始める。
「こういう時はな、羨ましい、素晴らしい空間戦闘が羨ましい……我らも続け! そう歓喜するんだ」
「おおおおおおおおお! 戦だー!」
ジョアシャン・ミュラが、名前の元になった人物のように笑顔で言うと、彼の部下であるスパルタクス
が雄たけびを上げた。
「その通りですノブナガ殿……戦友の命は惜しまず。命の輝きこそ尊ぶべきです。我ら重巡洋艦ならばなおさら」
「張遼の言う通りだ。我ら重巡洋艦は地球人の英雄の名を頂いだ身。死を恐れず、勇気と戦果を願い、望むものだ」
張梁とタタンカ・イヨタケも勇ましい発言に同調する。
ノブナガは少し涙目になりながらもそんな発言に感化されて「シャフリヤールがんばれー」などとはしゃいでいるのを見て、再び重巡洋艦達に笑いが広まった。
(オダ・ノブナガ……重巡洋艦らしからぬ性格でどうなるかと思ったが、ムードメーカーとしては中々どうして……)
メフメト二世はそんな部下たちの様子を見て笑みを浮かべた。
メフメト二世やミュラの様な古い時代の英雄と、クリス・カイルやアウンサンのような近代の英雄が混在する042艦隊の重巡洋艦はどうしても価値観の違いが生じやすいのだが、オダ・ノブナガという少々型破りな存在はそう言った確執を和らげるいい緩衝材になってくれる。
「メフメト、敵艦隊まで距離五千を切りました」
そんな考えはアウンサンの冷静な声によって中断された。
視線を正面に戻すと、打撃戦隊によるダメージからある程度立ち直った火星宇宙軍の主力艦隊がまじかに迫っていた。
この距離までろくな攻撃が無かったのは艦隊の再編に力を入れていたからか……もしくはシャフリヤール達本隊が攻撃を受けているのだから突撃を注視するとタカをくくっていたからか……。
「いや、その両方か……やはり敵の油断以上の幸いは無いな」
「そうですね……メフメト、陣形は単縦陣で?」
アウンサンの問いに、しばしメフメト二世は迷いを持った。
単縦陣による突撃は大型のビーム砲と多数の強力な火器を持つ重巡洋艦にとって最も効果の高い突入陣形だが、一列になって進む関係上被害の出やすい陣形でもあった。
シャフリヤールの足止めが上手くいき、よしんば敵旗艦ハストゥールを撃沈出来れば問題はないだろうが、全てが最悪の想定で進めばメフメト二世達重巡洋艦の重要性はさらに増すだろう。
敵主力とハストゥールに対する牽制というこの突撃の目的を考えれば、ここで被害を出しすぎる訳にはいかないのだ。
そこで、メフメト二世は艦隊の知恵役に案を求めた。
「張梁! 何か策はあるか? 項羽を倒した英雄の知恵を貸してくれ」
「ふむ……ノブナガ殿の兄上を倒した、などと言うと少々悪いですが……ここは賞賛と受け取りましょう」
項羽級三番艦であるオダ・ノブナガが複雑かつ悲しそうな表情を浮かべるのを一瞥しつつ、張遼は一秒ほどの思考の後に口を開いた。
「横一文字体型を取りつつ、初激に反物質魚雷を用いましょう。敵艦隊の人員は反物質クラスター弾によるトラウマがあるはずです。あれほどとはいきませんが、薄く広い陣形を取りつつ魚雷を斉射、壊乱した隙に素早く陣形を複縦陣に移行。一気に敵艦隊を内側から崩しつつ反対側に抜けるのです」
「採用! アウンサン、艦隊に号令! 全艦俺を中心に横一文字体型を取りつつ魚雷を装填。敵艦隊まで三千を切った段階で一斉射。その後に複縦陣に移行しつつ敵艦隊中枢を一気に突っ切るぞ」
「了解。先頭はどうしますか?」
「俺とミュラが務める。配分はアウンサンに一任する。さて、英雄ども……騎兵突撃としゃれこむぞ!」
メフメト二世は重巡洋艦の先端でトルコ刀を抜き、眼前の火星宇宙軍艦隊に向ける。
その様子はさながら槍衾に突撃する重騎兵を思わせた。
(さあて……ミユキ嬢とシャフリヤールの勇気に恥じない戦いをするつもりだが……)
ここでメフメト二世はチラリと横目で未だに高速先頭を続けるシャフリヤールとハストゥールを一瞥し、その後月を見た。
(……敵の別動隊が月面の施設とゲートを抑えてしまえば元もこうもない……ポリーナ嬢……要塞歩兵構想の生き残りは本当に単機で退路を確保できるのか?)
おっとりした大女の事を、メフメト二世はアウンサンに声を掛けられるまで考えていた。
実のところシャフリヤールとハストゥールの戦い以上に興味があったからだ。
重巡洋艦より強い。
単機においては地球連邦軍で最強。
そう呼ばれるポリーナ大佐について……。
「メフメト、あと四秒で距離三千です!」
「お、おう! 反物質魚雷一斉射! てぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
再び火星宇宙軍艦隊の眼前で対消滅の爆炎の花が咲いた。
その光に照らされた十五隻の重巡洋艦は、見事な動きで二列の陣形を組みようやく砲撃を開始した火星艦隊に切り込んでいった。
次回更新予定は8月26日の予定です。




