第17話―1 架空の王と神
『よくも40を!!』
『1、支援射撃後突入しろ! 敵を討て、GO GO GO!!』
最低限の暗号化も無しに一般回線で叫びながらアウリンという名のロボット……いや、人型兵器部隊が護衛戦隊をほぼ一方的にせん滅する様子を、シャフリヤールの艦橋でミユキ大佐とシャフリヤールはジッと観察していた。
「……推進はこれ……核融合みたいっスね。両足の平べったいパーツと背中のデカい筒とタンクが推進剤の水素タンクで……ん? でもそうなると背中とか各部の独立した小さいスラスターは何っスかね?」
白兵型がシールドで護衛艦のレーザー砲を防ぎつつ、手にしたサブマシンガンの様な形状の機関砲で砲塔を破壊する様子を見ながらミユキ大佐が呟いた。
すでにオペレーター達もサーレハ司令も退去したため、現在ミユキ大佐とシャフリヤールの二人は艦隊司令部から艦の操艦だけを担当するこじんまりとした艦橋に移動していた。
肩を寄せ合うような小さな部屋で、椅子に座りながら非常用に設置されたモニターにわざわざ映像を映し出し二人で見つめていた。
「おそらくEMドライブでしょうね。マイクロ波を密閉した円錐形の容器内で反射させて推力を得る機関です。電力のみで推進剤を使用しないので地球連邦軍でも研究されていましたが、電力使用量の割に推進力が低いので不採用になったものです」
「ああ、向こうは縮退炉を使える上に民生用に電力使わないから、電力を軍用に使い放題だから……ちょっと羨ましいっスね」
シャフリヤールの言葉に、ミユキ大佐は指を鳴らした。
データリンクしていれば全ての情報や意思を共有できるため別段必要ない動作だが、ミユキ大佐とシャフリヤールはこういった現実空間での行為や接触を好むアンドロイドだった。
面倒くさい性格の姉妹(特に末妹)を持つミユキ大佐と、元パートナーアンドロイドという経歴のシャフリヤールならではの性格だ。
そうこうしている内に、映像内では先ほどアインと呼ばれていた重装型が、砲塔を破壊されて迎撃能力が低下した護衛艦に一気に肉薄した。
両足と肩の核融合スラスターを短時間噴射して一気に加速しつつ、背中や身体各所のEMドライブを高出力かつ長時間噴射して姿勢制御や方向転換を行っている。
その結果得られた機動性は異世界派遣軍の航宙戦力が想定していた仮想敵を遥かに超える凄まじい物だった。
唯一残っていた主砲の75mm砲で迎撃を試みる護衛艦を翻弄するように肉薄したアインは、すれ違いざまに手にした巨大なブレードで護衛艦を切り裂いた。
しかもそれだけではない。
斬撃の際の抵抗を利用してある程度方向転換をしたアインは、護衛艦が真っ二つになりブレードが解放されたと同時に慣性とスラスターを用いて瞬時に再加速を行ったのだ。
護衛艦達は互いの死角を補うようにフォーメーションを組んでいた。
それはさながら第二次世界大戦中に爆撃機が組んでいたコンバットボックスの様な濃密な対空攻撃陣形であったが、アウリンの様な相手に対しては悪手だった。
一度懐に飛び込まれた護衛艦達は本来仲間がいた死角から次々に突っ込んでくるアウリンに翻弄され、その上後続のアウリン達が遠距離攻撃や再突撃で支援を始めると瞬く間に撃沈されてしまったのだ。
当然護衛戦隊の旗艦である軽巡リマもこれを座して見ていたわけでは無い。
こういった事態のために温存していた自身の対空ミサイルを出し惜しみすることなくアインと呼ばれたアウリンや他のアウリンに対して放った。
だが、当のアインは手にしていたブレードを上段に構えると、振り下ろしながらブレードの先端から大型の粒子ビーム砲を放ちあっという間にミサイルを迎撃してしまった。
「今の粒子ビーム……拡散してた……ショットガンみたいに拡散してたっスね」
ミユキ大佐の指摘通り、今の一撃はいわば迎撃用と言ったところだった。
まるでシャワーのように拡散して、ミサイルの雨で包囲しようとしていたリマの思惑を一瞬で砕いてしまった。
「どうやら、空間湾曲ゲートや粒子ビームと言った分野に関しては向こうが先を言っているようですね」
シャフリヤールの言葉に、ミユキ大佐はため息をついた。
地球にいるナンバーズ嫌いのエライ人間達が、もっとああいった分野にお金と人員をつぎ込んでくれればよかったのだ。
「そう考えると力場や反物質関連も同様っスね……まあ、無い物ねだりしてもしょうがないっス」
「ええ。幸いデータは取れました……リマと護衛艦達に……あっ」
シャフリヤールが声を上げた。
ミユキ大佐が映像に目を向けると、軽巡リマが四方八方から粒子ビーム砲で滅多打ちにされて爆散したところだった。
二人はモニターに対して軽く敬礼する。
「すぐに行くから許して欲しいっス」
「とはいえ目的は果たしたいところです……ミユキ大佐、物資の移譲は?」
シャフリヤールの問いに、ミユキ大佐は格納庫で突貫作業中の作業員に通信を繋いだ。
「ほぼ終了……ええ、格納庫の軍需品はほっといていいっすよ。機密品やデータ類、人間や参謀の私物がOKならいいっス。特にシャルルの部屋の漬物類とか発酵食品は絶対……あ、そうッスか? なら総員退艦するっス、お疲れ様」
さらりと格納庫と別れと告げると、ミユキ大佐はシャフリヤールの方を向いてニンマリと笑みを浮かべた。対するシャフリヤールも、その表情に笑みを浮かべる。
「……不謹慎っスが……稼働中に一回でいいからこの戦艦を自由に動かしてみたかったんッスよ」
「私もです。というか、航宙艦SAの夢ですよ。少々残念な状況ではありますが、少しだけ嬉しくもあります」
互いに本音を言い合い、小さく笑い合う。
データリンクした身だ。
その内心の本音は痛いほど伝わっているが、現実でこうして演技していれば、アンドロイドでも気が晴れるものだ。
人間のいない艦内で、親しい仲間を残して死地へ旅立つ。
感情制御システムによる高揚感ですら拭いきれない恐怖を、二人はギュッと握り合う手と軽口だけでひた隠しにした。
「……ミユキ大佐、格納庫内のSL部隊全員撤収しました。軽巡ヨドも離れます」
「了解。シャフリヤール全艦第一種戦闘配置、オールウェポンズフリー」
と、ここに来てミユキ大佐の口から飛び出した衝撃的な発言にシャフリヤールは思わず目を見開いた。
「……あれ、大佐……語尾……」
「……」
眼鏡越しの凄まじい視線に、シャフリヤールは屈した。
なるほど、人間に印象を持ってもらうのも大変なわけだ。
「い、いえ失礼。それでミユキ大佐、敵に対してどう出ますか? 特にあの……アウリン相手に?」
すでに軽巡リマ達を撃破したアウリン隊は、一路シャフリヤールに向かっている。
あと数分もすればおよそ百機のアウリン隊はシャフリヤールに殺到するだろう。
「そりゃあ当然……あんなのは無視するっスよ」
ミユキ大佐は元々の口調でいたずらっ子のように言うと、データリンクしたシャフリヤールにある標的を示した。
「なるほど……まあ、それしかありませんね。しかしアウリン隊がもし私を無視したらどうしますか?」
シャフリヤールが納得し、しかし疑問を呈した標的。
それは敵旗艦ハストゥールだった。
ミユキ大佐の作戦案とは、殺到する敵艦載機を振り切ってハストゥールに一騎打ちを挑む事だったのだ。
「今確認したら、メフメト二世が突撃部隊のうち水雷戦隊を戻してくれてるっッス。万が一の際はそいつらをアウリン隊と本隊の壁にして、ハストゥール撃破後の私たちと挟み撃ちにするッス」
シャフリヤールの疑問はミユキ大佐に瞬時に伝わった。
護衛艦を瞬殺した相手に対艦攻撃専門の水雷戦隊が足止めになるのか?
挟み撃ちというが、ハストゥールに勝てる保証は?
だが、同時にシャフリヤールにもミユキ大佐の気持ちが理解出来ていた。
「その通りっス。賭け……アウリン隊の連中がハストゥールを守るために引き返すっていう……賭けっす」
再び増してきた悲壮感を振り払うように、シャフリヤールは笑みを浮かべた。
データリンク等出来なければ、こんな思いなどしなかったのに。
シャフリヤールとミユキ大佐は互いに筒抜けの愚痴を心中でぶちまけながら、意を決した。
「分の悪い賭けは大好きです……さあ、行きますか。反物質タンク解放、後部スラスター周辺の磁場出力180%……ミユキ大佐、いつでも行けます!」
「シャフリヤール、発進! 反物質推進出力最大!!!」
ミユキ大佐の叫びと共に、シャフリヤールの後ろ半分が吹き飛んだかの様な大爆発が起きた。
およそ1キロの反物質を水と反応させた強大な推力は、全長4キロの巨艦を一気に加速させ、意気揚々と進むアウリン1達と一瞬ですれ違った。
次回更新予定は7月15日の予定です。




