第16話―5 七惑星連合
だが、アウリン1には感傷に浸っている余裕は無かった。
カタパルトからは次々と妹達が発艦してきているのだ、早急に自分の中隊を集結させた上で隊列を組み、ハストゥールの管制に従って目標へと向かわなければならない。
『第一中隊は我に続け! アウリンの名を地球連邦軍に知らしめるぞ!!』
訓練通りに体を動かすと、機動甲冑は想定通りの動きを見せ、スムーズに加速してくれた。
周辺の観測データを中隊のアサシンであるアウリン10から受け取ってみると、どうやら第一中隊も他の中隊も、目立った混乱や事故は無いようだった。
『10ちゃんはそのまま観測データを共有し続けてちょうだい。ハストゥール、敵のデータは?』
アウリン1が尋ねるとハストゥールのブリッジオペレーターから即座に返信がやってきた。
ハストゥールに搭載された巨大な生体眼球と神経接続したアイアオ人オペレーター達の観測能力はアイアオ人本来の能力の数千倍に達するとされる高度なものだ。
そして今回も、その能力に違わぬ情報をアウリン達に送ってくれていた。
『敵旗艦は小型艦に接舷して何かを移乗させている……足止めのためピケット艦が集結して立ちはだかってて、数は護衛戦隊一個……』
『アウリン隊、どうしますか? 直接旗艦を叩きますか?』
指示を仰ごうとしたアウリン1に対し、クク中佐が先に行動を尋ねてきた。
大隊長らしからぬ態度に、アウリン1は一瞬返答に迷った。
すると案の定、別の人物が通信に割り込んできた。
『クク様。その判断はあなたが下されるべきです』
無感情なむっつりとしたその声は、カルナーク軍の軍師長のものだ。
クク・リュ8956・純カルナーク中佐のお目付け役の彼の言う通り、指揮官としていきなり部下に作戦行動を尋ねるのはあまりいいやり方とは言えない。
しかし、クク中佐の返答は力強い物だった。
『いいえ軍師長。私にはアウリン隊の運用に関する知識が薄く、また副官であるあなたや神官長も同様です。ですから現状で切り札であるアウリン隊を効率よく運用するには、まず彼女たちの判断を聞くのが最も適切です……と、思いました……』
途中まではっきりとした口調は、軍師長の視線に負けたのか腰砕けになってしまった。
しかし、軍師はちいさく「ふむ」と呟いたきり会話に入ってはこなかった。
(クク中佐……あの軍師長に負けないで頑張っているんだな……よし、私たちも!)
アウリン隊の面々にとってクク中佐とは七惑星連合の幹部であり上官でもあるが、同時に貴重なアウリンという存在を奇異の目で見ない友人同士でもあった。
『過分な評価を頂き光栄です、中佐。であるならば、私としましてはこのまま我々アウリン隊に敵護衛戦隊の撃破を任せていただき、その後”シャフリヤール”に対してはハストゥールと共同で当たりたいと思います』
アウリン1の答えが意外だったのか、クク中佐は小さく息を吐いた。
『いいのですか? 敵旗艦撃破の武勲を……』
「異世界派遣軍の戦艦クラスはハストゥールのような大型火器こそない物の、対空攻撃手段が豊富です。その上防御性能も高く、小型艦主体の護衛艦以上に厄介な艦です。武勲にこだわって我々が損耗すれば、この後のルーリアト大陸の地上部隊との交戦にも影響します」
作戦の大枠では、異世界派遣軍の航宙戦力を撃退ないし撃破した後もアウリン隊は引き続き地上と月の制圧に駆り出される事になっていた。
基本的に航宙艦が大気圏内で活動することを想定せず、また固有の大気圏内専用航空戦力を持たない七惑星連合にとっては、アウリン隊だけが地上で飛行できる唯一の存在なのだ。
つまり、シャフリヤール撃破であまりにも損耗してしまえば、地上部隊は航空戦力を備えたアンドロイド歩兵師団一個と航空支援なしで殴り合わなければならなくなるのだ。
無論制天権を艦隊が抑えていれば軌道上からある程度の支援は行えるが、それでも航空戦力を無しで地上戦というのはあまりにリスクが高い行為だ。
『わかりました。その意見を採用します。アウリン隊は”シャフリヤール”前方に立ちふさがっている護衛戦隊及びこちらの足止めに入ろうとする全ての敵部隊を撃滅してください。その後体制を立て直した本艦と共に”シャフリヤール”攻撃に参加してください』
『了解!』
勇ましく叫ぶと、アウリン1は右手に持ったブレードランチャーを高く掲げた。
『聞いたかみんな! 私たちの麗しい大隊長にして友であるクク中佐からご指示がくだったぞ! 総員我に続け、目標的護衛戦隊!』
言葉と共に両足のスラスターを目いっぱい吹かすと、アウリン達は一気に加速していった。
敵が対空攻撃力に優れた護衛戦隊の艦である以上、遠距離から加速して速度を稼がなければ回避軌道を取る事も出来ない。
結果として隊列が発艦順に細長くなってしまうが、現状でアウリン全員が整列するのを待っていては敵旗艦をみすみす惑星ルーリアト軌道まで逃がしてしまうことになる。
そうなれば惑星への被害を抑えるために武器……とりわけハストゥールの主砲のような大型兵器は扱いずらくなり、対して異世界派遣軍はあらかじめ設置した防衛設備が使用可能になってしまう。
(それだけは回避しないと……じゃないと、私たちを信じてくれたククの立場が……)
そう心の中でつぶやき、アウリン1はブレードランチャーの柄をギュッと握りしめた。
その時だった。
敵護衛戦隊から大量のミサイルが発射されたのは。
『総員警戒! 10ちゃん、中隊各員にデータ転送! 各員はアサシンからの情報に注視しつつ、ディフェンダーの背後に回れ!』
きびきびと指示を出すアウリン1だったが、程なくアウリン10から意外な通信が入った。
『違うよ!? アイン……敵の目標は部隊の中衛だ! あいつら、私たちと後続とを分断する気だよ!』
『だとしてら、逆に好機だ。 総員スラスター最大出力! 一気に敵艦隊に接近して航宙白兵戦等で仕留める!』
そう叫んで一気に加速するアウリン1率いる先方集団の第一から第三中隊は、程なくして肉眼で護衛戦隊の艦艇を視認した。
初めて見る異世界派遣軍の艦艇に目を見張るアウリン達。
そんな彼女に悲報が伝わったのは、まさにその時だった。
ピ――――――――――――……。
不快な電子音と共に、アウリン40の喪失が伝えられたのだ。
次回更新予定は8月9日の予定です。




