第15話―4 殿
号令と共に八隻の護衛艦が、船体にX時に取り付けられたミサイル発射管兼外付けスラスターから一斉に対空ミサイル”スペースアロー”を発射した。
このミサイルは大気圏内を含む全領域使用可能な万能対空ミサイルで各種光波、電波誘導を補助としつつ搭載AIと発射艦のSAによる統合誘導を行う高性能ミサイルだ。
これにより発射後に各種妨害を受けようとも、誘導を損なうことなく発射時に命じた対象を最後まで狙い続ける事ができ、その上状況に急変があろうとも搭載AIによる思考により最悪の事態に(ある程度)対応することが出来る。
無論その分高価なミサイルではある。
しかし剣や旧式戦車を相手にする事の多い地上部隊とは違い、宇宙空間での仮想敵は高度な技術を有するか、もしくは未知の生体を持つ異種生命である事が想定されている。
この状況で最もコストパフォーマンスが高い兵器とは即ち、最も高性能な兵器であると言うのが国防省の出した結論だった。
だからこそ、今発射された各艦32発。
合計128発のスペックアローは、想定される能力からすれば敵艦載機部隊を殲滅するに十分な性能を有しているのだ。
「全弾誘導成功。着弾までの管制は本艦が引き継ぐ! 護衛艦各艦は散会しつつシャフリヤールに対する防御陣形を取れ! オールウェポンズフリー、全力を以って敵先鋒部隊を迎撃せよ」
軽巡リマは演算能力を取られる誘導を自身が引き継ぐと、傘下の護衛艦に防御陣形を命じた。
これが彼女の策だ。
敵艦載機の一列になった隊列の中衛に対して過剰なまでのミサイル攻撃を叩き込み、先鋒はミサイル発射により爆発物が無くなり身軽かつ耐久力の増した護衛艦部隊による泥臭い対空防御に持ち込む。
さらに護衛艦が苦戦した場合や、シャフリヤールの戦闘参加前に敵後衛が来た場合は軽巡リマ自身がミサイル迎撃を行う。
(演習でやった基本戦術とは違うが……ミユキ大佐の望む敵の能力看破と時間稼ぎにはこれがちょうどいい……さて、どう出る?)
『リマ、敵艦載機を補足。進路クリアー』
『了解。突入パターンAを維持、命中を優先せよ』
スペースアローのAI達と会話しながら、軽巡リマは緊張した面持ちで全センサーに神経を集中させた。
このペースで行くとミサイルの到達の方が敵先鋒と護衛艦部隊の交戦開始より早いようだ。
(第一撃は……あの動きの鈍そうな重装備の機に……)
軽巡リマはミサイルのAI達に目星をつけた機体を指示した。
敵の機体の中には概ね三つの機種がある。
一つは手元に大きな銃と剣を合わせたような武装を持った機体……仮称”重装型”だ。
この機体は所持する武器の特性が地球では見られない機体であり、最も警戒している機体だった。
もう一つが左手に盾のような板状の装備を持ち、右手に小型の剣や銃を持った機体……仮称”白兵型”だ。
この機体の持っている装備はその用途が想像しやすいため、重装型に比べると比較的性能の予測がつけやすかった。むしろ、あからさまに強襲猟兵の武装のコピーと思しき装備だったため、見ていて安心感を覚える程だ。
そして三つめが、最も数が少ない異質な機体。
盾と剣という白兵型と同じ装備を身に付けながら、両肩のコンテナ上の装備を持たず、東部に巨大なレンズ上の部品を持った不可思議な機体……”モノアイ型”だ。
(軽装だが……他のロボットアニメみたいなカッコつけた造形の機体と違ってあいつだけ異質だ……一体何なんだ?)
軽巡リマはモノアイ型への評価を決めかねていた。
異質な造形とそれに反して軽装なその姿。
数も少なく、隊列を見るところおおよそ10機あたり1機という配分でいるようだ。
見た目や特性からはおおよそ偵察ないし索敵……もしくは管制機のような役割を果たすと思われたが、それにしては妙なのだ。
(レーダー波も何も発していない……あるのは味方機との最低限の通信だけ……索敵も、指揮もしているようには見られない……一体何なんだ? あの一つ目……)
軽巡リマがそこまで考えた時、感情制御システムが震えるような感触を軽巡リマは覚えた。
感情制御アンドロイド特有の、AIには無い特有の機能。
生物的ひらめきの発言した時の感覚だった。
(モノアイ……奇妙なほど電波を照射しない……そんな、まさか……)
この二つの特徴を、軽巡リマは聞いたことがあった。
かつて異世界派遣軍に対し牙をむいた、恐ろしい存在。
「アイオイ人……カルナークのサイクロプス」
カルナーク戦において猛威を振るった、一つ目の亜人達。
極度に発達した脳の一部が眼球のように変質しつつ顔面の中心部に露出し、そこから世界の全てを視覚として認識、受容して理解する事が可能な生きた観測機械。
ミサイルの誘導も、アンドロイドの照準も、機械の僅かなモーター音や電気の流れすら数キロ先から見取り、まるで予知のような制度で狙い撃ってくる、アンドロイドの死神。
軽巡リマはあの機械の巨人たちの中に居るモノアイ型に、それと同じ空気を感じ取った。
しかし、そんな訳はないと即座に理性は否定した。
アイオイ人のその脅威の認識能力は、その巨大な肉眼に依存しているのだ。
実際、アイオイ人を艦載機や戦車の乗員として利用する試みには、カルナーク軍もついぞ成功しなかった。
あの恐ろしいサイクロプスたちは、生身の歩兵としてのみその力を発揮することが可能な存在だったのだ。
だから……。
(しょうもない妄想を……させるんじゃない!)
軽巡リマは半ば恐怖に心を支配されながらスペースアローミサイルに最終突入の指示を出した。
瞬間、その身に称えた乏しい推進剤を無駄にしないよう最短ルートで推進していたミサイル達は、目標への命中という最大の使命を果たすに最もふさわしい進路を進むため、持てる推進剤を以って進路変更を図った。
図ろうと、した。
一閃だった。
ミサイルの第一陣32発が推進剤を吹かす刹那、モノアイ型から一機の重装型へと通信が飛んだ。
飛んだと軽巡リマが認識した時には、その重装型は手にした巨大な武装から巨大な光の束を射出してミサイル第一陣をすべて消し飛ばしていた。
「粒子砲だと!?」
軽巡リマは思わず声を上げた。
今のビーム砲はそうせずにはいられない程高度なものだった。
(粒子加速の兆候が全く認識できなかった……その上あの威力……速射力は航宙艦の主砲以上メビウス戦闘機以下……けれども威力は航宙艦並みだ……)
異世界派遣軍のビーム砲より明らかに優れた兵器なのは間違いない。
しかし軽巡リマが最も驚愕したのは重装型に通信を入れて指示を出したと思しきモノアイ型の方だった。
あのモノアイ型は、終始自身から軽巡リマが認識可能なレーダー波もレーザーも赤外線も発していなかったのだ。
それでいてミサイルを進路変更前に一撃で撃破するルートを算出し、味方に伝えた。
(クソ……どうか、私の判断……最悪の愚行であってくれよ)
軽巡リマは矛盾した願いをすると同時に、残りのミサイルすべてに命令を発した。
それは、先ほど通信を発したモノアイ型一機に残りのミサイルすべてによる飽和攻撃を掛ける事だった。
飽和攻撃を命じたミサイル達はシャワーのような軌道を取り拡散し、そして一気に目標のモノアイ型一機に集中して向かっていった。
当然のようにそのモノアイ型は感づいた。
慌てたように周囲の機体に通信を入れると、中衛の艦載機のほぼすべてがミサイルの迎撃を行う。
(重装型はやはりあのビーム砲が主兵器か……白兵型はサブマシンガン型の……50~60mm程度の機関砲が主武器か)
軽巡リマはその攻撃を冷静に観察し、全ての情報をシャフリヤールとミユキ大佐へと送った。
そのデータは艦務参謀のミユキの取って重要なものだったが、軽巡リマの考えでは最も重要な情報はこの後得られるはずだった。
(杞憂であってほしいけれど……も……)
残弾96発のスペースアローミサイルのうち、見事な迎撃網によって91発が迎撃された。
しかし、それまでだった。
搭載AIと軽巡リマによって微修正された回避軌道はモノアイ型と周囲にいた三十機程の艦載機の限界を超えていた。
中衛全体を狙えば恐らく大半が撃墜されただろうが、単機狙いが想定に反した事もあったのだろう、全ての迎撃は叶わなかったのだ。
目標のモノアイ型の周囲で炸裂した5発のスペースアローミサイルは、爆発の直前までの情報を基に内部弾頭に搭載されていた数千発の自己鍛造弾を標的に命中するように最適な形状に変形させ、爆風にのってミサイルの破片と共に一気に突き進んだ。
軽巡リマは全てのセンサー類を総動員して見ていた。
人間が怯える動作そっくりに盾を抱き寄せるように構え、意味もなく空いた右手で顔を覆うそのモノアイ型の様子を。
その人間型の機械に、針や指先のような形状に変化した金属片が命中する様子を。
(防御性能はそこまでではない……のか? 初弾のいくつかがまるで力場に命中したようにはじけたようにも見えたけど……艦載機の癖に戦車並みの力場防御が可能なのか?)
とはいえそこまでだった。
全周囲から降り注いだ弾頭は力場のような防御兵器も盾も装甲も突破して、数瞬の間にモノアイ型をズタズタに引き裂いだ。
そして、何らかの可燃物に引火したのか爆発した。
残骸と、肉片をまき散らして。
「ああ、ああああ! くっそっ……が! 最悪だ……七惑星連合……あいつら、やりやがった……ミユキ大佐、全データ送信します。しかと見てください……あの艦載機の正体を」
軽巡リマはアンドロイドにも関わらず青ざめた端末の顔を思わず両手で覆った。
中衛へのミサイル攻撃がデータと引き換えに失敗に終わり、すでに目の前に敵先鋒が迫っていた。
「第4530護衛戦隊総員に告ぐ。敵艦載機の正体は巨人だ……デカいヒューマノイドがヨロイを着込んでいる……しかもモノアイ型はカルナークのアイオイ人同様の能力を持っている……さあ、来るぞ! 近距離対空迎撃戦闘用意!」
軽巡リマは部下の護衛艦達を鼓舞するが、すでに心に希望は無かった。
感情制御システムがもたらす高揚感だけが心をしめていた。
迎撃戦闘の開始五秒で護衛艦が二隻爆散する様子を見ながら、せめてデータを収集するため、リマは自身の全ての発射艦を開放した。
次回更新予定は7月21日の予定です。




