第15話―1 殿
ハストゥールから放たれたビーム砲の威力は地球連邦軍の常識を超えたものだった。
ハストゥール自体の全幅を超える直系400mの光はほぼ未警戒だった側面から異世界派遣軍艦隊を襲い、火星艦隊にとって最大の脅威かつ最も機動力の無い戦列艦部隊を一瞬で飲み込んだ。
「戦列艦部隊消滅! 敵ビーム砲まだ収まりません! ほ、本艦にも!!」
だが悲劇はそれでも止まる事は無かった。
メインモニターを白一色に染める程の光の中、サーレハ司令が反応すら出来ない間にハストゥールはその船体を異様なほど俊敏に動かし、戦列艦部隊のいた前衛部からシャフリヤールのいる主力の方へと恐るべき光を向けてきたのだ。
「いけない!」
瞬きにも満たないその瞬間、シャフリヤールがとっさの判断で反物質推進による急速回避を行わなければシャフリヤールも戦列艦部隊の後を追っていただろう。
ビーム砲を割けるように下方に移動したシャフリヤールは、集中防空区画の一部を喪失しただけで無事だった。
しかしその代償は大きかった。
シャフリヤールの船体上部の姿勢制御スラスターで行われた急速な対消滅反応は確かにシャフリヤールをハストゥールのビーム砲から救う事には成功したが、同時に生じた膨大なGは凄まじく、サーレハ司令の体を9Gの力で椅子に押さえ付けた。
無論シャフリヤールにも重力制御によるG軽減装備は搭載されていたが、何分急すぎた。
全長4kmの宇宙戦艦を一瞬で下方に垂直移動させる推力は、あらゆる対人防御機構を突破してサーレハ司令の肉体を破壊してしまったのだ。
「がはっ……!」
「さ、サーレハ司令!!」
「シャフリヤールはそのまま回避継続! 司令は私が何とかするっス!」
動揺するシャフリヤールをミユキ大佐がなだめ、どうにかサーレハ司令の元に駆け寄る。
最悪の事態が過ぎったが、幸いな事に命に別状は無いようだった。
(とはいえ指揮の継続は困難……全身の骨折……最悪臓器に損傷が……)
目の前のサーレハ司令の様子を見つつ、ミユキ大佐は艦隊ネットワークに接続し必死に現状を把握していく。
結果は無論最悪だ。
旗艦シャフリヤールこそどうにか回避したものの、戦列艦部隊を葬ったビーム砲はシャフリヤール周辺にいた直掩艦隊を根こそぎ撃沈していた。
損害は軽巡洋艦二隻に護衛戦隊一個の合計十一隻。
(やられたっス……まさか敵がこんな短距離を空間湾曲ゲートで移動できるなんて……)
「ミユキ大佐、敵ビーム砲沈黙……しかし……直掩の軽巡と護衛戦隊が……」
シャフリヤールが震える声で報告してくる。
普段冷静なあのSAですら焦っている事実に、ミユキ大佐は思わず全てを投げ出したいような感情に支配された。
(駄目だ……私が……私が何とかしないと……みんなが……)
「み、ミユキ大佐……敵は……敵の動きは?」
考えをまとめようとするミユキ大佐に、かろうじで意識を保っていたサーレハ司令が吐血しがら尋ねた。
ミユキ大佐は一瞬制止しようか迷ったが、ハストゥールの新たな動きを認めるとそれを諦めた。
事態はこの状態のサーレハ司令に安息をもたらすには早すぎた。
「敵艦に新たな動きがあるっス……カタパルト状の構造物が船体の左右に展開中。情報が正しければ……正しければ、恐らくアウリン隊の発艦だと思われますっス……」
ミユキ大佐がゆっくりと体を起こしたサーレハ司令にその映像を見せると、今まさにハストゥールのカタパルトから青を基調とした機体が次々と発艦してくる様子が映し出されていた。
次々とハストゥールから発艦するその機影に、思わずサーレハ司令とミユキ大佐は息を呑んだ。
「これは……強襲猟兵っスか!?」
ミユキ大佐の言葉通り、発艦してきた機影はコリンズ・ケインのデータにあった大型航宙戦闘機ではなく、地球連邦軍の全高八メートルの人型兵器に近い形状をしていた。
ハストゥールどころではないデータとの相違に、ミユキ大佐は開いた口がふさがらず、サーレハ司令は思わず笑いだした。
「ふふ……ぐう……あばら骨が、折れているな……しかし、ここまで情報と違うと、もはや笑うしかないな……」
「そんな事を言ってる場合っすか!? あれはどう見ても単なる強襲猟兵のコピー品じゃあないっス! 空間戦闘に特化した新兵器っスよ!!」
ミユキ大佐の指摘通り、発艦してきた人型兵器はスマートな体系をした異世界派遣軍の強襲猟兵とは違い、両脚部が巨大なスラスターとプロペラントタンクと思しき分厚い板状のパーツになり、両肩に同じくスラスターや武装コンテナの様な構造物を背負った非常に重装備な機体だった。
もはやここまで異世界派遣軍の兵器体系と異なる存在が登場してしまえば、コリンズ・ケインのデータどころの話ではない。
しかし、この状況下にあってもサーレハ司令は嫌に冷静だった。
「そうだな……だが、人間追い詰められると以外にも落ち着くものだ……ミユキ大佐……残念だが私にはこれ以上の指揮は不可能だ……よって最低限の命令を下したのち、君たち参謀に指揮権を委譲する……」
「敵艦載機尚も発艦継続! 総数は百を超える模様……あと十分ほどで交戦距離に入ります!」
オペレーターの報告を聞きながら、ミユキ大佐は先ほどまでささくれ立っていた感情が落ち着いてくるのを感じていた。
理由はただ一つ。
現状が人間……いや、地球連邦政府の危機だと感情制御システムが判断したからだ。
大きな存在に自信が押しつぶされるようなこういった感情制御システムによる強制制御状態がミユキ大佐は好きでは無かったが、その一方で楽だとも感じていた。
(そっか……悩む必要がないっスからね……)
だから、ミユキ大佐は自分自身を捨てる事に決めた。
人として悩む時間は終わりを告げたのだ。
ここからは、戦闘機械としての自分の時間が始まるのだ。
そんな決意を知ってか知らずか、サーレハ司令が苦しそうに喘ぎながら最後の命令を口にした。
「最優先は縮退炉とグーシュリャリャポスティの確保、及びワーヒド星系からの脱出だ。いいかミユキ大佐……あらゆる犠牲を払ってでもこの二つを確保するのだ……分かったか?」
サーレハ司令の命令は意外なものだった。
当然ミユキ大佐も縮退炉の確保は想定していた。
しかし、まさかグーシュリャリャポスティの名がここで上がった上に、一木弘和や44師団の名が救出対象として上がらないとは予想していなかった。
「了解しましたっス。ミユキ艦務参謀及び全艦隊参謀、必ずや任務を達成しますっス」
だがミユキ大佐はあえてそれら疑問を封殺すると、命令を受諾して敬礼して見せた。
その様子を見るとサーレハ司令は意識を失った。
それを見て取ると、ミユキ大佐は呼び出した医療班にサーレハ司令を引き渡し、同時に全艦隊に命令を下した。
「艦隊司令負傷による指揮権移譲によりこれより艦隊指揮は私が取るっス!! 敵艦及び艦載機の動きは?」
「敵艦動きなし、熱反応を見るに主砲発射後の冷却及び整備をしていると想定されます。艦載機部隊は現在こちらに進行中」
オペレーターの報告を聞いたミユキ大佐は、数秒だけ思考したのちに命令を下した。
「医療班及びSAシャフリヤール以外の全アンドロイドは至急退艦せよっス。なお、退艦に際して指定物資を一緒に搬出する事。移譲先は……4戦隊の軽巡ヨドがいいっスね。ヨドは要員移乗後月方面に脱出。そのままゲートを通ってワーヒド星系を脱出。近場の友軍艦隊と合流せよっス」
矢継ぎ早に告げられる命令に、司令部全体は聞き入った。
痛いほどの沈黙と、オペレーターの状況報告だけが響き渡る。
「突撃部隊の行動はメフメトに委任するっス。他の残存艦はワーヒド軌道まで撤退。軌道艦隊及び地上部隊の撤収作業に全力で当たるっス。月基地や地上部隊への通達は……ああ、電波妨害が酷いっスね。そっちは私がやっておくっス」
「艦務参謀殿」
不意に、シャフリヤールが声を掛けた。
「戦艦シャフリヤール、どうしたっスか?」
「どうしたもこうしたも……命令の順番が逆でしょう。一番大切な命令が抜けておりますよ?」
シャフリヤールの言葉に、ミユキ大佐は笑みを返した。
どうやら、シャフリヤールも同様だとミユキ大佐は気がついた。
彼もまた、感情制御システムによってこの状況下をある種肯定的にとらえているのだ。
「すまなかったっスね。なお、SAシャフリヤール及び艦務参謀は戦艦シャフリヤールの操艦を担当。本艦を以って敵艦……仮称ハストゥール及び艦載機アウリンの足止めを行うっス!」
司令部にざわめきが起こった。
旗艦と艦務参謀が殿を勤めると言うのだから無理もない。
だが逆に、ミユキ大佐とシャフリヤールの心中は最高潮に昂っていた。
戦闘機械としての……人類の奉仕種族としての本能がそうさせていた。
次回更新予定は7月8日の予定です。




