第14話―2 戦艦ハストゥール
「サーレハ司令! ダイソン球とは別の無線送電を確認!」
シャフリヤールの司令部にオペレーターの声が響き渡った。
同時に、サーレハ司令は椅子を蹴とばさんばかりに勢いよく立ち上がり、叫んだ。
「発信源の特定急げ! それとアセナに通信を繋げ、急げ!!!」
普段の彼からするとありえないような怒声にオペレーター達ばかりかミユキ大佐までもが驚愕する中、命じられたオペレーター達はいそいそと端末を操作して情報確認に勤しんだ。
「……無線送電の発信源は敵艦隊が出てきた空間湾曲ゲートの向こう側です。さらに送電強度強くなっています……これは……すでに本星系のダイソン球出力の105%に達しています! 出力なおも上昇中!」
ワーヒド星系の恒星に設置されたダイソン球の規模はエデン星系のそれとほぼ同等である。
つまり『風の杖』と呼ばれるエドゥディア帝国製の縮退炉の出力は、地球文明を支えるエデンのダイソン球以上の出力を持つのだ。
(それが風の杖以外にも六つ……エドゥディア帝国、やはり恐るべき文明だ)
サーレハ司令が内心で冷や汗を掻く中も、さらに報告は続く。
「アセナ大佐との通信……通常回線繋がりません。シャフリヤールの量子通信システムを使用します……以後通信担当をシャフリヤールの端末に移行します」
そのオペレーターが連絡すると同時に司令部の端で待機していたシャフリヤールの人間型端末がサーレハの元にやってきた。
金髪の優男がゆっくりと歩いてくる。
普段は艦橋に控えているためこうして艦隊司令部で活動するのは稀だ。
「サーレハ司令、ご命令に従いアセナ大佐との通信を接続いたしました。ただ、現地とは通信状態が悪く、私の量子通信でも万全とは言えませんのでご了承ください」
そう言って一礼するシャフリヤールに、ミユキ大佐が驚いたように問いかけた。
「量子通信が不調? そんな馬鹿な事があるっスか!? ここから地球にだって通信可能な量子通信が……目と鼻の先のルーリアトとの通信で不調を起こすなんて……」
「だが事実です……信じがたいことですが、何らかの妨害要素がアセナ大佐の近くにあると思われます」
「ああ、ああ! 間違いない。量子通信が不調を起こす原因など一つしかない。縮退炉だ! 間違いなく縮退炉が活性化しているのだ!」
シャフリヤールの言葉に、サーレハは興奮した様子で喋り出した。
「あまり興奮するのは止めなさいな、みっともない」
そんなサーレハ司令を窘める声が聞こえたのはその時だった。
シャフリヤールが中継したアセナ大佐からの通信だった。
「おお、アセナ! どうだ、縮退炉は?」
「期待通り、先ほどロックが解除されたわ。今オールド・ロウがチェックしてくれている所。あと一時間ほどで取り出せるそうよ」
「オールド・ロウが?」
アセナ大佐からの喜ばしい報告にも関わらず、サーレハ司令は眉をひそめた。
彼が知っているオールド・ロウは、わざわざ人間に手を貸すような存在では無いからだ。
普段なら頼んだとしても長話の末断るのが常だろう。
「なんでも、懐かしい友人がこの星系に来ているから機嫌がいいんですって。まあ、私としては半日はかかるつもりだった事前調整がすぐ終わるなら喜ばしいんだけど」
縮退炉程の高エネルギー体ともなれば、扱いには細心の注意を要求される。
当然ながら、設置個所から移動させるためにはそれ相応の作業が要求されるのだ。
「まあいい。君はそのまま縮退炉確保と地上への移動に全力を尽くせ。予定時刻にダグラス大佐の乗ったカタクラフトが迎えに行くから、縮退炉を入手次第向かってくれ」
「わかったわ。あなたはそれまでに火星艦隊を片付けておいて」
簡潔に返事をするとアセナ大佐との通信は終わった。
同時にサーレハ司令は、はしゃぎ過ぎた体をいたわるようにゆっくりと椅子に腰かける。
「ああ、肩の荷が下りたよ。これで後はあいつらを撃滅するだけだ」
しみじみと言うサーレハ司令に、ミユキ大佐もホッとして様に応じた。
「そうっすね。あのハストゥールとかいう戦艦も、今空間湾曲ゲートから出て来るならこの星系に居ないも同然っス。情報提供通りのスペックなら、重巡洋艦部隊で足を止めつつ戦列艦でなぶり殺しにすれば完勝っッスね」
リラックスした様子で語り合う参謀と司令官。
そんなゆったりとしたムードは司令部全体に広がり、オペレーター達も心なしかのんびりとした空気になっていた。
そのためこれから起こる一連の悪夢のきっかけとなるその報告も、柔らかい声色で告げられた。
「空間湾曲ゲートに反応あります……データ照合……該当率……52%!? 戦艦ハストゥールと思われますが……データと異なります。映像出します!」
その報告と共にメインモニターに映し出されたのは、白銀の剣の様な美しい戦艦だった。
銀色の鏡面からゆっくりと出て来るその美しい船体は、さながら伝説の聖剣が台座から抜かれるような神秘的な光景に見えた。
「……なんだ、あれは……」
その聖剣に、無数の血走った眼球の様な物体が無ければの話だが。
サーレハのやや怯えを含んだ呟きと同時に、オペレーター達が多数の報告を上げた。
「……ハストゥール確認……ですが……提供データとの相違が40%を越えます! 既存の艦船とも合致しません!」
「眼球状の物体……詳細不明! データベースに該当無し! 未知の装備です」
「司令! ハストゥールと思しき艦の中央部、ひと際大きい眼球型物体に高出力反応を検知……粒子加速反応……これは、高出力の荷電粒子砲と思われます!」
「そんな……この距離でビームを放つつもりっスか!?」
「全艦回避だ! 想定射線上から退避!」
一瞬にして緊張感に包まれた司令部内に怒号が飛び交う。
サーレハ司令の命令によって慌てるようにハストゥールからの直線状にいる艦が移動を開始した。
(……ケイン議員……まさか、裏切ったのか? 馬鹿な……今私を殺すために、火人連を倒す千載一遇の機会を逃す気か!?)
サーレハ司令は一瞬情報提供者であるコリンズ・ケイン議員を疑った。
しかし、それはあり得ないと思いなおす。
(いや……そうだ。彼は理性的な人間だ。私という地球人を処すことよりも、火人連と七惑星連合という外敵の処分を優先するはずだ……だとすれば……)
サーレハの脳裏にはある人物の姿が浮かんできた。
今回のマリアンヌ計画の遂行にあたり、様々な勢力や派閥に対して事前根回しをする際、仲介役として骨を折った存在……。
(スルトーマ……!)
ナンバーズのリーダー格。
表向き海兵隊大佐として活動するあの大男が、コリンズ・ケイン議員との仲介も請け負ったのだ。
何より、ハストゥールやアウリン隊のデータを持ってきたのも彼だったのだ。
「手の平の上、か……」
冷や汗を掻きつつ、サーレハ司令は呟いた。
※
「ゲート通過完了、ルーリアト星系に到着しました」
「本隊及び地球軍艦隊確認。敵重巡洋艦部隊も確認しました。まもなく敵艦隊主力を追い抜きます」
鏡面を抜け出したハストゥール艦橋にアイアオ人観測手からの報告が響いた。
彼女たちはその巨大な単眼によって空間にある様々な波長や粒子などの物質を黙視することが出来る。
さらにハストゥールの船体各所にある生体眼球と神経接続することによって、持ち前の感覚を数千倍に拡張することが出来るのだ。
つまり、かつて十キロ近い超長距離狙撃でアンドロイド部隊を苦しめたその能力を、宇宙空間においてもいかんなく発揮できるのだ。
「よ、よーし……予定通り主砲発射準備……えと、あと……」
「もっと大きな声で。自信を持って」
クク艦長がおっかなびっくり命令を下す。
しかし少々声が小さかった。
そのためか、隣にいた軍師長が耳元で小さく注意を促した。
クク艦長は慌てたように息を吸い込み、精一杯大きな声で命令を繰り返した。
「予定通り主砲発射準備!! ……それとミュウ神官長は騎士長の転移作業に移行してください。転移の完了と、重巡洋艦部隊が敵主力を追い越したのを確認次第バイアクヘーシステムを起動!」
バイアクヘーシステムとは七惑星連合の切り札の一つである空間湾曲ゲート生成システムの事だ。
彼らはこれまで地球に対して存在を秘匿してきたが、今回初めて実戦において使用を決意した。
即ち……。
「風よ……穴を穿て、時と精神と狭間に穴を穿て……」
ブリッジにミュウ神官長の呪文が響き渡る。
詩の朗読の様な優美なその呪文と共に、クク艦長は決定的な命令を下した。
「敵艦隊を撃滅します。総員合戦用意!!」
決意の言葉と共に、魔導炉と呼ばれる風の杖とリンクしたハストゥールの主機関が唸りを上げた。
次回更新予定は6月29日の予定です。




