第14話―1 戦艦ハストゥール
「ハストゥールとの通信成功!」
クーリトルリトルの通信士が叫ぶ。
その報告に提督は安堵した。
これで実質的な勝利が確定したからだ。
「だが、まだまだのんびりするわけにはいかんな……艦長! 本艦の演算能力の全てを以って陣形をまとめよ!」
「わ、分かっています……あと三十秒……」
先ほどまでとは打って変わって艦長は真っ当に艦長職を勤めていた。
操舵手に敵の砲撃の射線に入らないように指示を出しつつ、艦隊制御官に指示を出して砲撃によってバラバラになった艦隊陣形を瞬く間に正していく。
(なるほど……目先に仕事が無いと駄目なタイプか)
そんな事を考えながら提督は、自身の端末を用いて状況を確認していく。
艦長は三十秒と言ったが、状況はすでに十分だ。
これから行う攻撃は敵の撃滅や牽制が目的ではない。
あくまでも、こちらの艦隊が停止する事の言い訳が立てばいいのだ。
「艦長十分だ! 敵艦隊の諸元を傘下の統制艦に伝達! 直接統制の後に砲撃開始、急げ!」
敵の重巡洋艦部隊が突撃前の最終加速を掛けるまでが勝負だ。
提督は遥か彼方の光の点に過ぎない異世界派遣軍艦隊を睨みつけた。
「報いは受けてもらうぞ……」
呟きと共に、千を越える光が火星艦隊から発せられた。
※
宇宙を流れる幾百幾千の320mmレールガンの砲弾は圧巻だった。
だが、それも数千キロを飛翔するまでの間だった。
地球に比べ劣るコンピューター関連技術しか持たない火星艦隊の放った砲弾はそもそもの照準や射撃タイミングがズレていた。
たとえほんのわずかなズレであろうと、広大な宇宙空間を秒速数千キロで動く砲弾にとっては膨大なずれとなりうる。
密集していた砲弾の進路は瞬く間に明後日の方向にズレはじめ、異世界派遣軍の艦隊主力に到達する頃には人間が数えられる程になっていた。
そしてその数少ない有効弾もある物は前衛の護衛艦に迎撃され、あるものは回避されて無力化されていった。
二発の砲弾のみが見事戦列艦を捉えたが、あえなく展開された粒子シールドに命中して防がれた。
「粒子シールドに命中弾。第一力場破損率1.1%。重金属粒子消耗率2%。至急力場補修開始します」
そしてその損失も即座に埋められていく。
結局火星艦隊に出来た事は、宇宙を美しく照らし、粒子シールドの作動試験を行っただけだった。
「……火星人め無駄な事を……。弾種を散弾に変更。せいぜい慌てるがいい」
戦列艦マヤや退屈と言っても過言では無い状況に嗜虐的な笑みを浮かべると、さらなる一手を艦達に命じた。
散弾は敵艦隊の眼前で爆ぜ、小型の重金属弾をばら撒く命中率を重視した弾種だ。
当然威力は低く、しかも反物質クラスター爆弾と違い大きな爆発も起こさないため、こけおどしの効果も低い。
しかし、それだけに投射艦の様な小型艦にとっては一番厄介な兵器となりうるのだ。
「重巡洋艦部隊の突撃前に奴らの精神をさらに揺さぶる! 主力の投射艦に命中弾を多発させてゆさぶりをかけるぞ」
僅か六発づつ。
雨の様な火星艦隊に比べると貧相な砲撃が行われていく。
だが見た目に反して、この光は確実に命を刈り取っていくのだ。
事実この十秒ほど後に火星艦隊の陣形内部で炸裂した散弾は十数隻の投射艦を損傷させた。
そしてこの損傷によって、対人地雷の如く救助の手が増した火星艦隊は加速度的にその戦闘能力を失っていくのだった。
このあまりにも不平等な光のやり取りはまだまだ止む気配が無かった。
※
火星艦隊がレーザー通信を送った空間湾曲ゲートの向こう側。
小さな死にかけた恒星とみすぼらしい小惑星が数個しかない恒星系、しかも中心部から外れた暗い宇宙空間。
そこにハストゥールはいた。
剣のように尖ったシルエットに、装甲の表面は光の乏しいこの星系にあって白銀のように輝く美しい艦だ。
その中枢部に位置するブリッジでは、今まさに最終的な決断が成されようとしていた。
「来ました! クーリトルリトルよりレーザー通信、 『英雄の名はドン・キホーテ』繰り返します 『英雄の名はドン・キホーテ』です」
オペレーターの報告にブリッジの中心に立っていたニュウ神官長は目を見開き、手にしていた縮退炉たる『風の杖』の柄で床を軽く叩いた。
「……皆々様、準備はよろしいでしょうか?」
「地上部隊は準備が整っております。RONINの1から3番隊までがすでにルーリアトで活動を開始。輸送艦内の火星陸軍完全機械化連隊、カルナーク陸軍第12師団、カルナーク超長距離狙撃大隊はいつもで戦闘可能でございます」
カルナーク軍の軍師長が慇懃無礼な礼をしつつ答えた。
「ハストゥールの意識はすでに準覚醒状態を維持。装甲拘束具の一部開放展開も準備完了です」
カルナーク軍の代表であり、ハストゥール艦長を兼務するクク・リュ8956・純カルナーク中佐が緊張した面持ちで答えた。
「アウリン隊はすでに解凍処置を完了し、覚醒状態に移行。機動甲冑の装備も完了しておる。そしてワシ自身の準備も大丈夫じゃ。ルーリアトの異世界派遣軍地上部隊は任せろ」
ニュウ神官長の隣で革鎧に身を包んだジロード・ルモン騎士長が言った。
一通りの報告を聞き終えたニュウ神官長は深呼吸をすると、杖を頭上に掲げた。
「皆々様、ならば行きましょう。機械人形によって宇宙を乱す地球連邦軍を、我々七惑星連合の力を以って討ちます。さあ、参れ参れ参れ……風よ参れ。吹け吹け吹けよ……風の加護よ吹けよ。風の杖よ、加護よ来たれ……」
ニュウ神官長が言葉を紡ぐと同時に、彼女の周囲に半透明の魔法陣の様な図形や無数の文字列が浮かび上がった。
それらは彼女を取り巻くように回転し、徐々にその速度を上げていく。
やがて、速度が一定に達した瞬間、青白い光が杖から発せられ、ブリッジ全体が照らし出された。
「風の杖の起動及び、ハストゥールの魔導炉への接続を確認。アイアオ人観測員との生体眼球同期、開始します」
ブリッジ前方に座るアイアオ人オペレーターが顔面の大半を占める巨大な眼球でニュウ神官長達首脳を見返しながら報告した。
「……クク艦長、急ぎましょう。本隊の方々の犠牲が、少しでも少ないうちに……」
「わかりました。操舵手、ハストゥールの目を開け! 魔導炉最大出力で魔力放出を開始! 生体疑似神格戦艦ハストゥール、発進!」
クク・リュ8956・純カルナーク艦長が命じると同時に、ハストゥールの美しい白銀の船体の各部が震えるように鳴動し始め、やがて振動と共に無数の巨大な眼球が開かれた。
血走ったおぞましいその眼球はブリッジにいる観測員たちの視覚と連動し、アイアオ人の高い索敵能力と相まってアンドロイド制御艦を凌駕する能力を発揮する。
おぞましく、異質な本性をあらわにしたハストゥールは慣性を半ば無視した機敏な動きで空間湾曲ゲートへと動き出した。
次回更新予定は6月24日の予定です。




