第13話―1 新世界より
ワーヒドの軌道から見える戦場はさながらプラネタリウムのようだった。
異世界派遣軍の百ほどの光点、その前衛部分からは数分おきに美しい流れ星が滑るように飛んでいく。
その美しい光が向かう先には、漆黒の宇宙を無数の蛍たちが飛び交うような光の群れがひしめいていた。
だが当然、それらは美しい星々や昆虫などでは無い。
戦列艦という人類史上最も破壊に長けた機械によって無慈悲に砲撃を受ける無数の有人宇宙艦の群れが逃げまどっているのだ。
先ごろ使用された反物質クラスター爆弾の威力は絶大で、対消滅爆発に晒された火星艦隊は統制艦による制御を半ば失い混乱し逃げまどう烏合の集となっていた。
貧弱な機動しか出来ない防護艦と投射艦がおたおたと逃げまどい、それらを統制しようと統制艦が乏しい演算能力を駆使しているのだが、統制艦が制御を取り戻した空域だけは目に見えて光点の動きが収まり、てんでばらばらだった光点が整列を始める。
そうして制御を取り戻した優秀な統制艦をめがけて戦列艦達は主砲によるピンポイント攻撃を行うのだ。
いわば火星艦隊の統制艦は優秀な艦から順番に死んでいく死の行列に並んでいるも同然の状態であり、すでに前衛部の統制艦はほぼ壊滅の憂き目にあっていた。
そんな一方的な撃ちあいをワーヒド軌道を周回しながら眺めていたのは重巡洋艦メフメト二世だ。
彼は自身の艦首に仁王立ちしていたメイン端末の人間型ボディに意識を移していた。
こうすることに意味はない。
人間型の端末はあくまで端末であり、艦中枢で制御に専念していればなんの問題も無いのだ。
だが彼も、そして重巡洋艦という艦のSA達もこうして艦首に立つことを好んでいた。
彼らはこうすることこそが自分たちの艦名の由来となった英雄たちにふさわしいと考えていたのだ。
「アウンサン! 全強襲戦隊揃っているか?」
メフメト二世は第049艦隊の重巡洋艦達をまとめる立場のSAであり、セテワヨとノブナガの属する2605強襲戦隊以外の戦隊も指揮下に置いている。
重巡洋艦アウンサンは2612強襲戦隊の旗艦であり、同時にメフメト二世の副官を勤める艦だった。
「メフメト二世、強襲戦隊総員ワーヒド軌道においてスイングバイ機動の最中です。命令があればいつでも行けます」
重巡メフメト二世から目視可能な位置を航行するボリバル級重巡洋艦の艦首で、褐色の美男子の姿をした重巡アウンサンが答えた。
異世界派遣軍の主力重巡であるボリバル級の後期型である彼は、重巡の中では若手だが冷静沈着で、癖の強い重巡洋艦のSAには珍しく補佐や統率力に優れた艦だった。
スイングバイのためワーヒド軌道を周回していた重巡洋艦達は案の定というべきか好き勝手に艦をかっとばしていたのだが、アウンサンは丁寧な仕事で各戦隊旗艦と通信を取り合い位置情報を正確に把握、統率していた。
実際にメフメト二世が艦首から周囲を見渡すと、青い惑星の上を14隻の英雄の名を冠した重巡洋艦が飛翔しているのが見て取れた。
メフメト二世は端末の目をつむり、意識を強襲戦隊のオンライン上に向けた。
そこにはすでに、指揮下の重巡洋艦が揃っていた。
第2605強襲戦隊
準項羽級重巡洋艦 セテワヨ
項羽級重巡洋艦 オダ・ノブナガ
第2612強襲戦隊
ボリバル級重巡洋艦 アウンサン
ボリバル級重巡洋艦 ペク・ソンヨプ
ボリバル級重巡洋艦 ヴォー・グエン・ザップ
第2598強襲戦隊
ボリバル級重巡洋艦 クリス・カイル
ボリバル級重巡洋艦 ローザ・シャーニナ
ボリバル級重巡洋艦 クレイグ・ハリソン
第2548強襲戦隊
ボリバル級重巡洋艦 バーナード・モントゴメリー
ボリバル級重巡洋艦 張良
ボリバル級重巡洋艦 タタンカ・イヨタケ
第2549強襲戦隊
ボリバル級重巡洋艦 ジョアシャン・ミュラ
ボリバル級重巡洋艦 スパルタクス
ボリバル級重巡洋艦 アドルフ・ガーランド
「傾注!」
重巡洋艦のネットワーク上で思い思いに過ごしていた重巡たちは、アウンサンの声を聞くと一斉にメフメト二世の方を向いて敬礼した。
普段なら敬礼一つにもひと悶着あるのだが、今日の高揚感は彼らにとっても特別のものらしかった。
「さて、皆喜べ! 先ほど我らがミユキ嬢から命令が下った」
メフメト二世の言葉に、重巡たちの顔色が変わった。
誰もが嬉しそうに笑みを浮かべ、高揚した気持ちを隠そうともしない。
「結構! 我が第049艦隊の重巡洋艦に怯えるような者がいない事は実に喜ばしい!」
そう叫ぶと、メフメト二世は腰に差していたトルコ刀を抜き放ち頭上に掲げた。
「嬉しいな諸君! 偉そうなボナパルトでも怖いハンニバルでも強いシーザーでもなく、我らが最強の049艦隊に属する精鋭たちが地球史上初の艦隊戦闘に参加する重巡洋艦の栄誉を得たのだ! 命令は一つ! あの十五万キロ彼方にいる火星人どものボロ船をせん滅する事だ! アウンサン!」
「総員抜刀!」
副官のアウンサンの声とともに、重巡たちは各々の命名元の英雄にふさわしい得物を掲げた。
短槍、刀、サーベル、ナタ、ライフル銃、ナイフ……。
様々な武器が掲げられる。
「全艦、英雄の名に恥じぬ活躍を期待する! 時代も場所も超えた英雄ども……行くぞ!」
「オンライン空間より実空間へ移行、同時に全艦単縦陣に移行せよ」
メフメト二世の号令の後、アウンサンが命令を伝える。
瞬間。
メフメト二世の意識は現実空間へと戻っていた。
ワーヒドの軌道上を高速で機動する重巡洋艦の艦首。
背後を見れば、先ほどまで好き勝手に飛びまわっていた重巡洋艦達が見事な操艦で次々とメフメト二世の後続に付いていた。
「最後尾はアウンサンが務めろ。全艦反物質をメインスラスターに充填。水雷戦隊が先発次第軌道を離脱する!」
水雷戦隊を構成する駆逐艦は小型で機動力の高い艦だが、船体剛性が低いためどうしても重巡洋艦程の加速が得られない。
そのため、水雷戦隊と突入タイミングを同一にするためには水雷戦隊を先発させる必要があった。
『こちら89水雷戦隊。旗艦ベオグラード以下ビーグル、ダックス両駆逐隊と共に先発する!』
通信と共にワーヒドの軌道を離脱していく水雷戦隊をメフメト二世は見上げた。
旗艦の軽巡洋艦ベオグラード以下駆逐艦たちはメインスラスターから緊急加速用の反物質を用いた対消滅推進によって次々と加速し、一路火星艦隊へと突撃していく。
メフメト二世がうらやましそうに見上げている間にも、さらに報告が入った後もう一つの突入艦隊である99水雷戦隊が軌道を離脱していった。
『メフメト二世、水雷戦隊の離脱を確認。軌道離脱までのカウントダウンを開始します』
アウンサンの声を聞いたメフメト二世は、メインスラスターの通常推進剤をさらにふかし、加速していった。
無論、後続の重巡洋艦も乱れる事無く続いていく。
わずかに軋む自身の船体が、メフメト二世には肉食獣の唸り声のように聞こえていた。
次回更新予定は6月14日の予定です。




