第12話―5 砲火
漆黒の宇宙空間を千を越える艦艇が突き進む光景は素晴らしく雄大だった。
……そう。
だったのだ。
「防護艦330から336轟沈! その他数隻大破の模様……詳細不明!」
「提督……統制艦ダゴン012通信途絶……指揮下の投射艦にも被害が出ている模様です!」
「敵艦隊は現在停止中……有効射程圏内まで約30!」
火星宇宙軍第一艦隊旗艦”クーリトルリトル”のブリッジ内はオペレーター達の悲鳴の様な報告で溢れかえっていた。
時速四万キロで高速機動していれば、異世界派遣軍の艦砲は十万キロ以上の距離ではほぼ命中しない。
この事前想定があっさりと破られたからだ。
(敵の弾は当たらず、こちらの弾は当たる……抑止力のためと言いながらついてきた嘘を、いつしか本当に信じていた……私自身な……我ながら馬鹿な事だ)
艦隊司令のイワノフ提督は心中で毒づいた。
彼は火星宇宙軍の最古参だ。
だからこそ、火星宇宙軍がどういう組織なのか誰よりもよく知っていた。
(これは張りぼての狼だ、相手を脅すためのものだと……最初は皆知っていたはずなのに……いつしか自分たちも自分が狼を飼っているつもりになっていた。だが、そろそろ終わりにせねば)
今回の作戦の主眼は”対話のための圧力”だった。
だからこそイワノフ提督も恐喝材料に過ぎない火星宇宙軍を実戦に投入する事に同意したのだ。
そして万が一の際には次世代の宇宙戦力であるハストゥール級と標準艦、そしてアウリンが最前線に立つ。
そう言う事になっていた。
だがそんなものは所詮願望に過ぎなかったのだ。
七惑星連合の特使達は話し合いに失敗。
特使であるルーリアト統合体議長のシュシュ皇女と護衛のジンライ少佐は現地で逃亡潜伏中。
すでに異世界派遣軍はルーリアト統合体に対して軍の派遣に動いていると言う。
ルーリアトの現地には七惑星連合の戦力はほぼ存在せず、対抗はほぼ不可能。
七惑星連合の一画であるルーリアト統合体を失いかねない事態へと陥った。
こうなってしまえば取れる手段も、取るべき手段も限られる。
もはや穏便な手段はとる事が出来ない。
火星本国とカルナーク軍の軍師集というがん細胞に現実を知らしめた上で……。
つまり張りぼての狼を張りぼてだと知らしめた上で、異世界派遣軍の艦隊をこの星域から排除しなければならないのだ。
「……参謀長。このペースで有効射程まで接近して……我が艦隊は持つか?」
提督は隣に座っている参謀長に小声で尋ねた。
他の司令部要員に聞かれないように言ったつもりだったが、すぐ前に座っているクーリトルリトル艦長の耳には入ってしまったようで、ピクリと体を震わせるのが提督の目に入った。
評議会議員の娘で、火星軍のエリート……確かまだ三十代だったはずだ。
高飛車で、コネで後方にいるいけ好かない女だったが、こうなってしまうと憐れだ。
(だが、気を遣う余裕はない)
提督は艦長へのフォローをせず、参謀長の方へ意識を集中した。
とうとう泣き声まで聞こえてきたが、無視をする。
見た目だけは凛々しい女だったが、この状況下になるとカタログスペックだけの張りぼて艦隊を象徴するように思えてきて、提督は一層暗澹たる気持ちになった。
「提督、報告通り我が艦隊が有効射程圏内に到達するまで、あと三十分はかかります……先ほどの砲撃の到達時間から考えて……あれは敵戦列艦の最大出力での砲撃と思われますので……今の規模の砲撃であればあと数射……十分余裕を以って敵艦隊に攻撃態勢を取れます」
参謀長の言葉は一見希望を感じさせるものだった。
だが残念ながら現実は違う。
先の言葉は、射程圏内に到達さえすればこちらが互角以上の撃ち合いに持ち込めるという前提で発せられている。
しかし三十分後に到達する相対距離七~八万キロの距離では、艦隊全体での統制射撃で命中弾は一射当たりせいぜい数発に過ぎない。
統制射撃一射当たり千発以上発射して、有効な弾が数発。
しかもこの成績は一定の動きをする訓練標的に対してのものだ。
迎撃や回避、防御行動をとる異世界派遣軍のアンドロイド制御艦艇に対して果たしてどこまで通用するのか、誰も分からないのだ。
「……今まで抑止力だけを優先して、空虚な数字だけを求めて軍備を整えてきたツケが回ってきたな」
「提督……やはり標準艦もこちらに回すべきだったのでは?」
参謀長が先ほど決着した話題を蒸し返してきた。
標準艦。
地球相手に現実に対抗可能な、火星宇宙軍の希望。
「駄目だ。あの艦はいわば、この張りぼての狼の中に合って唯一の希望。本物の子狼だ。こんな所でむざむざ沈める訳にはいかない」
もっとも、月基地への襲撃が安全とも限らないのだが。
提督は再び心中で毒づいた。
七惑星連合などと言うが、その実態は熾烈な主導権争いの渦中にある敵対組織同士の集合体だ。
特にカルナーク軍と火人連の勢力争いは凄まじい物があり、しばしば暗殺と思しき不審死まで発生する始末だ。
そこに人外の宇宙人が混じったのだから、その内部抗争は悲惨の一言に尽きる。
唯一の希望は、今現在旗艦ハストゥールにいる七惑星連合の幹部たちだ。
彼らには明確な仲間意識があり、まとまりを持って地球解放へと突き進んでくれる。
だからこそ、提督はこの自殺同然の任務を受けたのだ。
「参謀長、全艦艇さらに増速。被害に構わず前進せよ」
「了解しました」
参謀長が返答した瞬間、オペレーターが再び悲鳴じみた報告を上げた。
「敵艦隊再び砲撃! ちゃく、ちゃ、着弾まで」
焦燥から口の回らないオペレーターの口が回るよりも先に、戦列艦の砲弾が再び火星宇宙軍を襲った。
だがそれは先ほどの直接的な衝撃という形ではなかった。
前衛の防護艦の遥か手前で数百の子爆弾に分散した戦列艦の反物質クラスター爆弾は、各々の子爆弾に搭載された反物質による対消滅反応によって百数十隻の艦艇をまばゆい閃光と共に消し飛ばした。
※
「おお……」
宇宙の一画をまばゆい閃光で染める反物質クラスター爆弾の爆発を目にして、思わずサーレハ司令は感嘆の声を漏らした。
千五百隻の艦艇が展開する広大な範囲を焼き尽くすために開発された恐るべき破壊の一撃は、ある種の芸術的なまでの美しさを以って火星艦隊を包み込んだ。
「対消滅爆発を想定位置で確認」
「敵艦隊前衛部の86%を効力範囲内に収めました。戦果不明」
「敵艦隊壊乱の模様。艦列が乱れています」
しかし、見た目の派手さに反して実際の効果は今一つだ。
宇宙空間においては大気圏内程爆発による威力は効果を発揮しづらい。
爆風という最も威力を拡散する要素が無い上に、地上ではありえないほど広域に戦力が分散しているためだ。
反物質クラスター爆弾はその点に配慮して広域に展開した敵宇宙艦隊を爆発班に内に収めるように設計された兵器だが、そもそもが敵艦隊の撃滅用の兵器ではない。
よって今の攻撃によって爆発に呑まれたように見える艦艇も、実際の被害は装甲表面の融解程度で大した損傷は生じていないはずだ。
「だが砲撃は成功だな……そうだなミユキ大佐?」
「…………はいっス。艦列の乱れ具合……まさに絶好の機会っス」
サーレハ司令に問われたミユキ大佐は一瞬考え込んだ後、サーレハ司令に肯定の意思を伝えた。
遠距離攻撃後に行われる、中世さながらの雄大な戦法。
「よし……強襲戦隊及び水雷戦隊による突撃を敢行する。戦列艦部隊は突撃部隊が本体を追い抜くまで徹甲弾による砲撃を続行せよ」
強襲戦隊の重巡洋艦達を主力とした艦隊強襲をサーレハ司令は命じた。
更新が遅れに遅れて大変申し訳ございませんでした。
ちょっとプライベートや本業でいろいろあり、スランプになっておりました。
何とか負けずに更新続けてきますので、よろしくお願い致します。
次回更新予定は6月8日の予定です。




