第12話―2 砲火
「ダグ姉本気だ」
「あんなにやる気があるの初めて見たぜ」
旗艦との通信を切った後のルニ宿営地司令部では、一木と参謀達がダグラス大佐の司令部内での演説めいた話を聞いて驚愕していた。
姉妹として付き合いの長いシャルル大佐や殺大佐、二人三脚で相棒として歩んできたという自負のあるクラレッタ大佐はおろか、一木ですら普段のまったりとした雰囲気とは違う指揮官として覚醒したようなダグラス大佐に圧倒されていた。
「ダグラス大佐があそこまでやる気になるなんて……。サーレハ司令の話は君たちにはそんなに魅力的だったのか?」
一木も参謀達を経由して聞いていたサーレハ司令の話は、正直言ってあまりにも壮大過ぎて現実感のあるものとしてとらえる事が難しかった。
なんといっても一木は二十一世紀初頭の人間である。
ただでさえSF映画の世界だと認識して生活しているのに、アンドロイドと人間の一体化などという話を聞いてもアニメや漫画の話を聞いているようで正直言ってピンと来ないのが実情だった。
すると、クラレッタ大佐が一木のその問いに答えた。
「……確かにサガラ社などがアンドロイドの人間化には熱心ですわね……確か数年前には人工子宮を内蔵して出産を可能にする研究をしているとも聞いていますし……」
「でもそれはあくまで人間側の事情や、ある種の思想ですからね……私たちの中にはあまりそう言った願望を持つ者は……」
「ほとんどいないだろうな。あくまで俺たちの願いは人類の役に立つことだ。人間になる事ではない。正直言って、ミラーの事を出しにした上で、まるでアンドロイドの人間化が人類の益になるように誘導された感じがして、俺はあのオッサンがますます嫌いになったよ」
クラレッタ大佐に続いて、シャルル大佐と殺大佐が意見を述べた。
特に殺大佐はサーレハ司令への嫌悪感を隠そうとしない。
一木も殺大佐と同様の感覚は抱いていたので、逆にそんな見え透いた話に乗ってしまったダグラス大佐に疑問を抱いた。
「ダグラス大佐は確かに軽い感じのする人だったけど……けれどもあんな風にのせられるなんて……」
「……そこはサーレハ司令が一枚上手でした。さすがに札付きの盟主と呼ばれるだけの事はあります……彼はダグラスの事を詳細に調べた上で、ダグラスが自分の意に従うように話を持っていったのですわ」
クラレッタ大佐が苦々しい表情で言った。
シャルル大佐と殺大佐は不安げに顔を見合わせた。
「ダグラスは……人間への不信感と同時に強い憧憬があって……昔人間相手に抱いたトラウマをこじらせていたのですわ。……そう、あの子には”子供を産みたい”という願望があった。そうすれば、絶対に自分を裏切らない理想的な人間を創造できるという願望があった……」
一木は頭を殴られた様な衝撃を受けた。
まさかあのダグラス大佐にそのような過去があったとは……。
その事実を知ると、トラウマを抉り、利用したサーレハ司令に強い憤りを覚えるが、現状そんな事をしている場合では無いのも事実だ。
何より、アンドロイドに未来を創る、という観点に立てば間違っていないのもまた事実なのだ。
(この非常時にやり方に反発している場合ではないか……)
「……クラレッタ大佐、ありがとう。だがそれ以上はダグラス大佐個人事情に踏み込み過ぎている。後は事が済んだ後自分で……聞こう。今はまずダスティ公爵領攻略作戦を遂行することを第一にしよう」
一木がそう言って話を締めくくった瞬間、司令部の自動ドアが開き、マナ大尉に先導された一人のアンドロイドが入室してきた。
アミ中佐とカゴ中佐が指揮する二つの歩兵連隊に次ぐ師団の基幹部隊である機甲大隊の指揮官であるイセクト中佐だ。
小柄な少女型だった二人以上に小柄なアンドロイドで、平均的な歩兵型より小さい140cmしかない。綺麗に編まれた三つ編みと相まって、まるで軍服を着込んだ小学生のように見える。
とはいえ彼女は第44師団の連隊長では一番のベテランだ。
一木の見た資料によると、戦車に乗って前線にいたいという理由で参謀型への異動を拒む猛者だという。
「一木司令、イセクト中佐参りました」
「よく来てくれた。準備はどうだ?」
一木が尋ねると、中佐は小さな胸を反らして笑みを浮かべた。
「宿営地防衛のため戦車壕に入れていたパウエル戦車は全車揚陸艦とのランデブーポイントに移動済み。その他支援部隊及び基幹連隊から引き抜いた歩兵部隊もイセクト戦闘団として編成完了、いつでも行けます」
「よし……シャルル大佐。攻撃開始は予定通りいけそうか?」
今回の作戦を立てたシャルル大佐はいつものニコニコ顔で頷いた。
「揚陸艦の到着も予定時間とズレません。部隊の移乗後は直ちに離陸。艦隊がほとんど出払うので軌道砲撃が出来ないので、航空隊とカタクラフトで地上部隊の直掩支援を行います」
ジーク大佐の立てる作戦と違いシンプルな作戦のため、目立った遅延も無い。
ただ、事前の計画では四個護衛戦隊による軌道砲撃を行ってから進撃する予定だったため、事前砲撃無しの行動に少し不安があった。
だが、そのことを指摘してもシャルル大佐の笑みは変わらなかった。
「大丈夫ですよ。現状的に対空攻撃手段はありませんし、却って空爆無しで迅速な進撃をした方が虚を突けます。異世界派遣軍は通常綿密な航空、軌道攻撃をしますからね。火人連の面子がいるならむしろ奇襲効果が出ますよ。ちょうど……艦隊主力が火星宇宙軍艦隊と交戦可能距離に入る頃にはダスティ公爵領手前の北部平原に揚陸艦が到着しますよ」
シャルル大佐によると、そもそも現状では空爆するような大型兵器や頑強な拠点が見当たらないので事前空爆は必要ないとの事だった。
ルーリアトの一般的軍勢が主力のダスティ公爵領軍と属国軍相手では当然の事であり、一木がいくら資料を読み込んでもその事実は変わらない。
だが、一木は妙な胸騒ぎがしてしょうがなかった。
「……緊張しているのかな……よし、シャルル大佐とイセクト中佐は細部を詰めておいてくれ。殺大佐は公爵領にいる猫少佐と連絡を取りあってサイボーグとシュシュリャリャヨイティの動向を再度確認してくれ。クラレッタ大佐は帝都の部隊と子爵領の残存部隊と連携しながら治安維持を。ああ、もう少ししたらグーシュにも連絡しないとな……」
「今すぐしますか?」
クラレッタ大佐の指摘に頷きかけた一木だったが、ここ数日のグーシュの殺人的なスケジュールを思うと早朝に起こすのは気が引けた。
どの道今知らせてもグーシュが出来る事はたかが知れている。
帝都周辺の事情をグーシュと詰めながら防衛、治安計画を練る必要はあるが、帝都の住人の事を考えてもこの時間に動くことは無い。
「いや、もう少し寝かせてやろう。グーシュにはいっぱい働いてもらったからな。艦隊戦が始まる前に知らせればいいよ」
よもやグーシュが一睡もせずにミルシャと仲良くしているとは思いもせず、一木は無駄な気を使ったのだった。
こうして、ルーリアト大陸の空をスイングバイのため駆逐艦と重巡洋艦が流星のように宇宙を駆ける中、着々と決戦の準備は進んでいった。
今回登場したパウエル戦車のスペックです。
装備解説にも追加しておきます。
M7A2 パウエル戦車
米国主導開発の戦車。
歩兵輸送要素の無い純粋な戦闘車両。
SA制御のため浮いたスペースをすべて装甲、火力、機動力の上昇に用いて重量の軽減を一切行わないと言うアンドロイド制御車両の常識に反した設計をしているが、結果得られたスペックは圧倒的の一言。
「本当の陸上戦艦」「無敵戦車」と呼ばれ、事故と誤射以外の損失0の輝かしい戦績を誇っている。
欠点は二十一世紀の主力戦車並みの大重量から来る扱いにくさと、異世界相手から来る過剰スペック。
もっぱら現地施設の警備防衛用として用いられるため、「キャタピラ付き固定砲台」と揶揄されることもある。
主砲を砲身型の飾り以外排除して指揮設備に換装した師団長用の指揮車もあり、これは充実の指揮設備に加え、トイレ、シャワー、ベット、食糧庫を備えた「陸上ホテル」である。
基本スペック
重量 75t
乗員数 なし (指揮車は師団長と副官の二名、人間は一名を想定)
装甲 表層強化カーボン処理複合装甲+爆発反応装甲+力場発生装置 20cmクラスの重砲に耐える
主武装 155mm レールガン
主砲からは各種ミサイルも発射可能
13mm RM2重機関銃
42式40mm擲弾発射器
観測ドローン×3 (ドローン武装 42式40mm擲弾発射器×1)
機動力
速度 100km/h
燃料、動力 有機液化バッテリ―
無線送電対応高出力モーター
補助水素エンジン
懸架・駆動 装軌式
次回更新予定は5月17日の予定です。




