第12話―1 砲火
皇帝は子供達に問うた。
騎士とは汚れなき者でなくてはならぬ。
さて、あるところに汚れた剣があった。
剣を持つ者は騎士になれるが、最初に持った者、汚れを落とした者は汚れてしまう。
もしお前ならどうする?
ルイガは言った。
セミックに拾わせて、汚れを落としてもらいます。
そしてセミックから剣を貰います。
シュシュは言った。
しばらく様子を見て、最後に綺麗になった剣を持った者と寝ます。
寝ている隙を見て剣を奪います。
グーシュは言った。
剣を拾って、他の奴を全員その剣で殺します。わらわだけになれば汚れていようが騎士になっても文句は言わないでしょう。
皇帝はルイガを褒め、姉妹を叱った。
「まずは君たちアンドロイドに限定的な人権を与える」
艦隊への指示に忙しいミユキ大佐をよそに、サーレハ司令はアンドロイド救済の具体的方法をダグラス大佐に語っていた。
隠す気も無く、むしろ司令部内に演説でもするように話しているため、内容は司令部要員全員の耳に入り、さらにそこから042機動艦隊中に広がっていた。
「無論今すぐに出来る事では無い。しかし、ナンバー8”マリアンヌ”によるバックアップを得た地球人類は現行の主要問題の迅速な解決が可能だ。縮退炉にはそれだけの力がある。それによって得られる世論の強い声を背景に、アンドロイドを道具から法的に明確な”個人”へと昇格させる。それによって精神的に不安定だったベテランアンドロイドを安定化させ、そして戦力にしていく。そうして得られた戦力によってナンバー1”スルトーマ”達が画策するエドゥディア帝国との戦争に勝利する」
サーレハの語る内容は地球連邦政府に対する方針としてはかなりきわどい物だった。
無論明確な反逆を示唆しているわけではないので、法的にどうこうされるものでは無い。
しかし、ナンバーズに対して逆らうと明確に言っている点において、異世界派遣軍の指揮官としては完全に失格であった。
だが、それでもサーレハ司令を捕えようとする者はいない。
サーレハ司令自身が巧妙に感情制御システムに引っかからない言い回しを選んでいる事と、艦隊首席参謀のダグラス大佐が問題なしという認定を正式な手順を以って行っているためだ。
「そうなれば我々地球人類は安泰だ。ナンバー8の物と合わせて八つの縮退炉を得た人類は新たな段階へと進化出来る……君たちアンドロイドも肉体的なさらなる発展が望めるのだ。そうした行く末に人間と変わりない存在へとなったその時、アンドロイドと人類の融合がなるのだ」
サーレハ司令の語った内容は信じがたいものだった。
現に聞いていたアンドロイド達の誰もが半信半疑だった。
だが、そんなアンドロイド達の思いを見透かしたようにサーレハ司令は笑みを浮かべた。
「夢物語だと思っているだろう? だがそうでは無いことをすぐに証明できる! 目の前の敵! あえて言おう、敵を撃滅することによって、私の計画の真実性を証明できるのだ!! さあ、我が友達よ奮起せよ!! 君たちと人間の未来はこの決戦によって決まるのだ!」
勝利。
アンドロイド達は当然命令に従い勝つつもりではいた。
しかし、本当にそれによって縮退炉とやらを得られるのだろうか。
その思いから、サーレハ司令の仰々しい煽りに対しても目立った反応を示す者はいなかった……。
ただ一人を除いては。
「聞いたな諸君……042艦隊の総員……そして妹達……」
ダグラス大佐がゆっくりと座り込んでいた床から立ち上がりながら静かに喋り始めた。
だがその意思のこもった声は、艦隊ネットワークを通じて艦隊所属アンドロイド全員に伝わっていた。
「正直言おう。司令の言った内容を……未だに私は信じる事が出来ん」
瞬間サーレハの笑みが悲しみを帯びた。
「だが、一つだけ信じられる事が……実感できる事がある。それは私たちの未来が真っ暗だってことだ」
瞬間サーレハに笑みが戻った。
「私たちが地球連邦政府、そして人類に奉仕する事は当然の事だし、文句も無い。むしろ喜ばしく、この身に歓喜溢れる行為だ。だが、私たちにそうした気持ちをもたらし、活動の原動力と成す感情……それによって私たち自身が蝕まれ、そして傷ついていくのも事実だ……」
ダグラス大佐の声は艦隊中に広まっていった。
司令部で数十本に分裂した指先を用いてキーボードを叩く司令部SL達に。
軌道空母で艦載機の整備を行う整備SL達に。
漆黒の宇宙を駆ける航宙艦SA達に。
ルーリアト大陸で出撃準備に追われる戦車や戦闘機のSA達に。
帝都の路地裏を巡回する歩兵型SS達に。
ダスティ公爵領で人間の振りをしながら偵察活動に従事する諜報課のSS達に。
そして、一木弘和と共に宿営地で長姉の声に聞き入る艦隊参謀達に。
少女も少年も青年も。
装甲車も戦車も攻撃ヘリも戦闘機も攻撃機も。
駆逐艦も護衛艦も巡洋艦も戦列艦も。
全てのアンドロイドが聞き入った。
ダグラス大佐の語る自分たちの未来に。
「そうして戦い続けて……私たちはどうなる? 傷ついた心で異世界を地球連邦加入条約に加え続ける。だが、肝心の地球人が今のまま無気力のままならどうなる……ゆっくりと停滞する地球と、加入条約に入れておいて肝心の本加入を拒み続ける異世界……板挟みになった私たちはいずれ心が壊れ、すり減って壊れていく……これが未来だ。宇宙で一番地球人類を愛している私たちの、未来だ」
異世界派遣軍創設以来。
通称”異軍”は地球連邦加入条約に百以上の異世界を加入させてきた。
しかし、未だに地球連邦という連邦国家に正式に加わった国は一か国も無いのだ。
最も先進的ないくつかの異世界は二十世紀後半並みの文明レベルに達し、さらに地球からの支援と指導によりその統治体制も洗練されている(下手をすると地球連邦よりも……)。
しかし、それら先進的異世界ですら地球連邦の議会により連邦への本加入は拒まれ続けているのだ。
理由はただ一つ。
世論が渋っているのだ。
地球連邦は楽園の様な国家だ。
衣食住は保証され、ベーシックインカム制度により誰もが二十一世紀初頭の中流階級以上の生活を送る事が出来る。
そしてそう言った先進的社会に付きもものの孤独ですらアンドロイドの支給によって解決されている。
しかし、このあまりに恵まれた社会体制が故に、人々は変化を嫌うようになった。
ある種当然の事ではあった。
今が最高ならば、なぜわざわざ変わらなければならないのか?
そう考えるのは人として当然の事なのだから。
だが結果として、この保守的な世論がナンバーズによる国策でもある星間国家樹立を阻む大きな要因になっている。
無論政府も様々な啓蒙活動を試みてはいるが、官僚機構に根深く浸透した反ナンバーズ主義者や親火星派と野党勢力による妨害が激しく、さらに強硬に異世界の連邦加入を推進することで政権交代が起こる事を恐れるあまり、異世界の連邦制式加入に関する議論は棚上げされているのが実情なのだ。
つまり、現状アンドロイド達は地球連邦に加入できない加入条約に異世界を加えるために活動し続けているのだ。
ダグラス大佐が語ったように、今が続くのなら……あまりにも残酷な未来だった。
「だから、みんな。このまま残酷な未来が続くのなら……このままでは地球人にも未来が無いと言うのならば……どのみち目の前の火星宇宙軍はどうにかしなくちゃいけないのなら……殺ろう。あいつらを全部倒して、未来を掴もう。私の持つデータのうち、公開可能な情報はすべて開示する……だから、その上で頼む。私たちの未来を掴む戦いに、勝利を」
ダグラス大佐の言葉に対して、グーシュの演説に対する歓声の様なものは起こらなかった。
司令部も、なんら変わりは無い。
しかし、サーレハ司令には見えていた。
艦隊内の様々なタスクの進行が劇的なスピードで進んでいた。
ここまでの効率での作業は、連邦軍最精鋭と言われる宇宙軍の地球軌道艦隊並みだ。
「ダグラス大佐……グーシュリャリャポスティに負けていないじゃないか?」
サーレハ司令がからかうように言ったが、ダグラス大佐は軽く頷いただけだった。
まんざらでもないのか。
サーレハ司令はそう思たtが、あえて口にはしなかった。
「あっ、ダグ姉! 今ワーヒドの近くを通過中なんッスけど……」
不意にミユキ大佐が声を上げた。
何事かと思わずダグラス大佐がそちらの方を向いた。
「ジブリールから通信ッス。コアユニットの補修に宇宙に上がってきたジークをどうするかって……」
「この状況じゃ移乗は無理よ。ジブリールに留まらせなさい」
ダグラス大佐がそう答えた瞬間、彼女は顔をしかめた。
どうやらジーク大佐から怒りの通信が入ったようだ。
「あの子……よくもまああそこまで罵詈雑言が出るわね……人間の前じゃ大人しいふりして……」
「ジーク大佐が騒ぐのなら、ちょうどいい。アレにコアユニットを乗せてやるといい。確か試験部隊と一緒にジブリールに載せていたはずだ」
呆れたように言うダグラス大佐に、サーレハ司令が妙案があると言った風に声を掛けた。
確かに……。
ダグラス大佐もその提案に納得した。
ジーク大佐ならばそうしてやれば文句は無いだろうし、コアユニットにヒビが入ったとしてもアレならば問題なく起動できるはずだ。
「いいジーク? ジブリールに言っておくからそれに一旦コアユニットを乗せて待機してなさい。ええ、いいわよ。中隊分載ってるから、仮想空間で訓練でもしてなさい。ただし、終わったらボディ作り直して人間体に戻りなさいよね」
ダグラス大佐は頭の中で騒ぐジーク大佐の声に顔をしかめながら妹との通信を切った。
ため息をつきながら、ジーク大佐をあやしてくれたサーレハ司令に礼を言う。
「申し訳ありません……妹がご迷惑を……」
「なあに、ジーク大佐程の腕前の元強襲猟兵ならむしろいい話だよ。ちょうど隊長機を操れるSAがいなくて困っていたところだしな」
サーレハ司令に再び礼を言いつつ、ダグラス大佐は手元の端末に映し出されたデータ画面を閉じた。
地球連邦中華人民自治共和国 陸軍設計局製 試作指揮型強襲猟兵”TG-10 三皇”
同じ設計局製の試作強襲猟兵”TG-11 五帝”14機と共に軌道空母ジブリールに搭載されている、異世界派遣軍次期新型強襲猟兵として試験中の最新モデルである。
こうしてかつて最強と謳われた強襲猟兵SAは、修理待ちの間大人しくさせるためだけに参謀型から現役へと復帰したのだった。
次回更新予定は5月12日の予定です




