第11話―2 籠絡
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「つまり、サーレハ司令は大陸の中央山脈の地下にある縮退炉を手に入れるために……」
一通りの説明の後響いた無感情な一木の声に対して、サーレハ司令はゆっくりと、そして深く頷いた。
「そうだ。ラフに聞いただろうが、ハイタの縮退炉には別の縮退炉を検知しなければ開かない鍵が掛けられている。そうなると最も早く簡単な縮退炉の入手方法は火星宇宙軍が保持している唯一の縮退炉、通称”風の杖”を搭載したハストゥール級宇宙戦艦をこの星系に連れて来ることだけなのだ」
全てを明かされても、意外な事に一木のモノアイは動かず、ジッとサーレハ司令を見つめていた。
取り乱したなら上手い事言いくるめようとしていたサーレハ司令だが、覚悟を決めたならそれはそれで好都合だ。
スルターナ少佐を送り込んで一木を傀儡状態にして、現地司令部を直接指揮する事も考えていただけに、自力でやってくれるのならば丁度いい。
そんな事を考えているサーレハ司令の視線を、一木は真っすぐに見据えていた。
「いいですよ。やってやりましょう。ハイタの意思を次ぐためにも、アンドロイドにみんなのためにも、縮退炉を手に入れましょう。そしてそのついでに、グーシュの奴を大統領にしてやる……きっかけを作る……」
一瞬、サーレハ司令は一木の気配に気圧された。
先ほど好ましいとは言ったが、どこか知っている一木弘和らしからぬアグレッシブさが感じられたからだ。
アセナ仕込みの勘が、”危うい”と警鐘を鳴らした。
(だが、今更後戻りは出来ん)
「そう、その意気だ。ではそのためにもまず、君には予定通りルーリアト統合体とかいう七惑星連合の一画を倒してもらいたい」
サーレハ司令の言葉に、一木はモノアイを回した。
一瞬感情を読み損ねたサーレハ司令だったが、数瞬の後にそれが困惑を表している事に気が付いた。
「どうした一木代将? そんなに変な事を私は言ったかね?」
「い、いえ……てっきり地上部隊は撤収するか、対軌道戦の準備に移行するのかと……」
対軌道戦とは文字通り、地上から宇宙空間(主に惑星軌道上)を攻撃する作戦行動の事を言う。
とはいえ、あまり効果的な……正直に言ってしまって、気休め以上の意味のない作戦行動だった。
故に、異世界派遣軍では対軌道戦というのは遠回しな自殺か、敵に鼻くそを飛ばす程度の嫌がらせに過ぎないと言われていた。
「心外だな。私がそんな無謀な命令を出すと思っているのかい?」
その言葉に、一木は慌てたように両手を軽く振った。
「いえ、いえ……しかしシャルル大佐の作戦案では、揚陸艦と護衛戦隊の支援を要請することになっていましたし……艦隊戦と地上戦を同時に行えるのですか?」
「そんなことを気にしていたのか……安心したまえ。どの道ワーヒドの軌道上には護衛戦隊を二個おいておく予定だったし、揚陸艦はそもそも艦隊戦には不用の存在だ。むしろ、地上の不穏勢力を完全に沈黙させてくれた方が、相手のからめ手を封じ込める。シャルル大佐の作戦案は許可するので、そのまま投入可能な全戦力を以ってダスティ公爵領にいると思われるルーリアト統合体を撃滅せよ」
サーレハ司令が命じると、質問も無く一木は敬礼した。
サーレハも答礼すると、一木は通信を切った。
(よし、ハストゥール級の不在以外は予定通りだ。このままシュシュリャリャヨイティを捕らえるか殺害すれば、直系の皇族はグーシュリャリャポスティのみ。残りは皇族とは名ばかりの公爵家系の傍流ばかり……)
ルーリアト帝国の皇族とは、グーシュ達直系の家系以外の大半は四公爵家出身の人間が占めている。
四公爵家は届け出た跡継ぎ以外を”皇族”として帝都に住まわせるよう定められているのだ。
四公爵家には長い歴史の中で皇族が幾度も嫁いでいるため、血筋の面から言ってもおかしいことではない。むしろ皇帝を輩出できる可能性があるので、悪い話ではない……という事に表向きはなっている。
しかしその実、リュリュ帝によって定められたこの制度は四公爵家の弱体化を狙った制度だった。
まず、長男長女以外を皇族とすると言う事は、四公爵家は他の貴族や皇族に子息を嫁がせたり婿入りさせることが出来ないと言う事になる。
この結果、この五十年で四公爵家はその規模や特権にも関わらず、貴族や豪商とのつながりが薄れてゆっくりと衰退の道を辿っている。
血のつながりを保つことこそが、貴族の力の源泉である事はルーリアトにおいても地球と変わりは無い。そのつながりを持つ最大の手段である婚姻を行う材料が無いのだ。無理もない。
さらにその上、届け出た跡継ぎが万が一急死して、再度の届け出の前に当主までもが死んでしまえばその家は取り潰しになると定められている。
養子を迎える事も可能だが、その場合一度皇族として帝都に出した者を迎える事は禁止されており、その結果格下の貴族や属国から跡継ぎを迎える必要がある。
つまりこの制度は、四公爵家をゆっくりと真綿で首を締める様に殺すための制度なのだ。
当然直系以外の皇族たちは一代皇族で、その子供には何も相続されることは無い。
庶民の生活費程度の年金が支給されるのみだ(皇族本人にはある程度の資金とお付き騎士が支給される)。
サーレハはシャルル大佐から聞きかじった知識を頭の中で思い返しながら手元の端末に皇族の家系図を映し出す。
直系と呼べるのは確かにグーシュとシュシュのみだが、ガズルとその子供たちも血筋で言えば正統皇族に近いと言えた。
(……思ったよりもまだまだいる、か。だが、オールド・ロウの話ではエドゥディア帝国の連中はプライドが高いそうだし……非皇族ならば無視して構わんか? 派手に地上戦でもしてくれれば消せるんだがな……)
「サーレハ司令」
そんな不穏な思考は、ミユキ大佐の声によって中断された。
少し不機嫌そうにサーレハ司令は背後の二人の参謀の方を向いた。
「……事ここに至ってはあなたの事を……本気で信じる事は出来ませんが、それでも地球連邦政府の益になる存在と認めましょう。艦隊参謀としてあなたのご命令に従います」
振り向いたのと同時に、やはり不機嫌そうな口調でダグラス大佐が言い、姿勢を正した。
それを見ると、ミユキ大佐もこちらはあからさまに不機嫌な表情で姿勢を正した、
顔はサーレハ司令の顔を見もしない。
内心苦笑しながらも、サーレハ司令は立ち上がって二人の肩を軽く叩いた。
「そんなにかしこまる事は無い。今まで通りやってくれればいいのだ。優秀な二人の事は信用しているよ……さて、ミユキ大佐そろそろじゃないのか?」
サーレハ司令が水を向けると、ミユキ大佐がしばし沈黙する。
艦隊内のデータを精査しているのだ。
すると程なくメインスクリーンの情報が更新された。
火人連の艦隊を示すアイコンのデータが大きくなり、さらに月軌道に沿う形で別動隊と思しきアイコンが動き出している。
「ええ、その通りです。敵艦隊ゲート通過及び編成を終えたようッス。総数約1800隻。そのうち中型の……恐らく先日発表のあった最新鋭艦の”標準艦”を中心とした300隻が月軌道に沿って移動を開始。恐らく主力の目的はワーヒドですが、別動隊の目的は月面及び空間湾曲ゲートッス」
ミユキ大佐の報告を聞いて、サーレハ司令は思わず笑みを浮かべた。
コリンズ・ケインから提供された通りの動きだったからだ。
つまり、彼の情報精度は正確という事だ。
「ミユキ大佐、月軌道の艦隊を予定ポイントに発進させろ。輸送艦などの非武装艦はゲート周辺まで退避。同時に相手艦隊に最後通牒だ。展開予定ポイントが敵艦隊の想定射程に入るギリギリの位置に最終ラインを設定。そこを越えたら攻撃するとな」
サーレハ司令の命令を受けて、ミユキ大佐が全艦に指示を下す。
艦隊指揮所がにわかに騒がしくなった。
次回更新予定は4月27日の予定です。




