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第2話 流れ星の落ちた場所で

 帝都から馬車で五日程西に行くとたどりつくのが、ルニ子爵領だ。

 帝都に近いものの、取り立てて産物も無い。

 海岸も崖ばかりの上、大型の海獣が出没するため海からも碌な恩恵が得られず、寂れる一方の小さな領地だ。


 帝都の西方には、このような小領主がひしめいていた。

 彼らはかつて、ボスロ帝の護衛兵や近衛兵だった者の子孫だった。


 つまり、帝都に何かあればすぐに駆けつける事が可能な場所にいる事とされたのだ。


 そんな帝都の守りを担う地を治めているのは、今年五十になるカラン・ルニ子爵。

 でっぷりと太った大男だが、家柄からか武勇に優れた男だった。


 夜も更けた頃、カランは妻とともに床に付きながら、領地から上がってきた報告書を読んでいた。


 貴族といっても子爵、それも貧しいと言っても過言でないような領地だ。

 こじんまりとした部屋に幅こそ広いものの質素な寝台が一つ。

 その両脇にある燭台の炎が静かに子爵の手元の紙を照らしていた。


 そんな静かな夜、突如馬の嘶きが聞こえ、にわかに屋敷の正面が騒がしくなった。

 カランはすぐにそれに気がつくと、妻に先に寝ているように言付けて部屋を出た。

 するとすぐに慌てた様子の家宰がやってきた。


「カラン様、大変でございます! 」


「どうした、何事だ? 」


「軍勢です! 門の直ぐ側に見たこともない国の軍が現れ、この領地の責任者を出すようにと……」


 家宰の言うことがカランには信じられなかった。

 この領地の東にあるのは帝都のある皇帝直轄地、南北にあるのは別の領地。

 そして西にあるのは崖ばかりの海岸と、凶暴な海獣がうろつく災厄の海だけだ。


 異国の軍勢が来るような場所などあるはずもない。


「すぐに騎士団を招集しろ、民兵連中も声をかけて屋敷に武具を取りに来るよう触れを出せ! ああ、そうだ。カシュ!! 」


 矢継ぎ早に指示を出すと、カランは寝室にいる妻を呼んだ。

 聞き耳でも立てていたのだろう、扉がすぐに開き、三十歳程のまだ若い妻が姿を現した。


「はい、はい、あなた」


 軍勢がいると聞いて顔は青ざめているが、さすが貴族の妻。

 気丈に対応していた。


「ワシの鎧を出してくれ、すぐ出陣する」


 そうして半刻ほどでカランは胸甲に兜を身に着け、屋敷の警護兵から馬に乗れるものを選んで伴とすると、角の見事な馬に乗って出陣した。


 すでに夜も遅いと言うのに、住人達が不安からか起き出していた。

 カランが馬を急がせると程なく、街の入口の門が見えてきた。


 とはいえ人の背丈の倍ほどの壁とそれにつけられた木の門だ。どのような軍かによるだろうが、最低限の攻城戦の備えが相手にあれば、この街は容易く陥ちる。


「どうにか交渉で……うまくいくか……」


 カランはひとりごちると門に近づき、守備兵への声かけもそこそこに門脇の櫓へと登った。

 そしてカランは謎の軍勢を見た。


 騎兵は一人もおらず、代わりに家ほどの大きさの鉄の箱のような物が三つ、街道上に一列に並んでいる。


 箱からは甲高い、聞いたことの無い音が鳴り響き続けており、その前方には箱ごとに二つ、松明とも蝋燭ともつかない見たことのない白い光が灯っていた。


 そして光のついた箱の上には一回り小さな箱が乗っており、その箱からは後ろの二台には細い、一番前の箱には太い棒が伸びていて、まっすぐ門の方を向いていた。

 見ると穴が空いている。

 薬式鉄弓を大きくした物にも見える。

 もしかすると何らかの投射兵器なのかもしれない。


(攻城兵器のたぐいか?)


 心がざわつくが、表に出すわけにはいかない。

 カランは大声で問いかけた。


「来たぞ!! わしがこの子爵領の領主、カラン・ルニである!!」


 近くにいた兵が思わず耳を塞ぐほどの大音声で叫ぶと、三つの箱の後ろからぞろぞろと人間が降りてきた。

 その顔を見てカランは驚いた。


 女だ。

 妙な格好をした女達が後ろの二台から八人づつ、一番前の一台から四人おりてきた。

 その全員が恐ろしく美しい女だった。


 薄暗くてハッキリとしないが、大半が緑色のまだら模様の服を着ており、その上から袖の無い分厚い上着を重ね着している。

 上着の前の部分には箱の様な物がごちゃごちゃとついており、その上肩や頭には革鎧と鉄兜を装備していた。


 しかしそんな上半身の重装っぷりに反し、下半身は膝上までの長さの筒状の布を腰に巻いているだけだ。

 足には長靴と黒い長靴下を履いているようだが、腰の布と長靴下の隙間の白い肌がこの様な場所になんとも不釣り合いな色気を醸し出していた。


 カランは、そんなあまりに現実離れした光景に戸惑った。


 だがそんなカランに構うこと無く、前の一台から降りた女の内、頭と思しき一人が答えた。

 その頭の女だけが、肩と太腿を含む全身をまだら模様の服で覆っていた。

 どうやら、指揮官のようだ。


「いきなりの失礼な訪問に応えていただき、感謝する」


 澄んだ、美しい声だった。

 その一方で、酷く無機質な印象を感じさせる声でもあったが……。


「私は当地に派遣された部隊の先遣隊指揮官、アミと申します」


 女の言葉には一切のよどみがなく、堂々とした態度だった。

 さらに言葉の内容を考えると、どうもかなりの軍勢が後方に控えているようだ。


「お前たちは何なのだ……どこから来た!」


 カランがそう問うと、アミという女はしばらく目線を泳がせる。小さく何か呟いているようだがよく聞こえなかった。


「……Yes,sir」


「答えんか!」


「私達は……海の向こうから来ました」


 その言葉にカランは衝撃を受けた。

おとぎ話だと思っていた。

まさか、いや本当に……。

嘘ではないのか、担がれているのではないか……だが、どこの誰がこんなことをするのか。


 カランがここまで衝撃を受けるのも無理はない。


 古代の創世神話から庶民の昔話、近代の無謀な冒険家の記録に至るまで、その全てが”この世界には陸地はこの大陸しか無い”という事実で統一されているのだ。


 一応おとぎ話や与太話として、古の魔王、オルドロが海の彼方に去った。

 そこには大陸以外でたった一つの島がある、というものがある。

 ただこれはあくまで神話から派生したおとぎ話。

 子供への脅し文句で用いられるような話に過ぎない。


 衝撃を受けるカランだが、今は現実に存在する、自称海向こうの女達に対応しなければならない。


「子爵閣下、私達は先触れです。どうか交渉のため、帝国との交渉使節である我々を街に入れてもらえないでしょうか?」


 呆然とするカラン子爵の目に、土煙を上げてこちらにやってくる蛇のように長い列を作る、鉄の箱の群れが見えてきた。

 一台に四人から八人乗っているとすれば、数は数千。下手をすれば万を超える。


(とんでもないことになった。先祖よ……大陸をまとめし先祖よ、我にご加護を……)


「アミどの、詳細を話し合うためもまずは詳しい話を聞きたい。今からワシがそちらの代表者のところに行こう。案内してほしい」


 するとアミは再び一人でブツブツと話し始めた。


「……roger out.それでは我々の指揮官の元に案内しましょう、閣下、降りてきてください」


 カランが頷いて、櫓を降りると周りには兵士が集まっていた。皆、不安に飲まれたような顔をしている。


「狼狽えるな! 住民を家に入れて外出を禁止しろ! それと早馬の用意だ、ルニ子爵領に海向こうからの使節あり。軍勢を連れて訪問中、とな。まずは第一報だ。続報を送る後続の馬の準備も急がせろ!」


 バタバタと動き始める兵士たちを見ながら、カランは覚悟を決め門を開け放つように命じた。


「さあ、アミ殿。行こうか」

誤字・脱字等ありましたら、よろしくお願い致します。

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