第11話―1 籠絡
「マリアンヌ計画とは、新たなるナンバーズを創造し我ら地球人類の導き手となってもらう計画だ」
「ナンバーズを……」
「創造ッスか!?」
「「どうやって!?」」
あまりにも埒外のサーレハ司令の言葉は、ダグラス大佐とミユキ大佐を驚愕させた。
胡散臭い事をしているとは思っていたが、ここまで来ると反応も限られるものだ。
「どうやって……か。簡単だ。君たちもハイタと接触して話は大まかに聞いているだろう? ナンバーズとは確かに強大な存在だが、その在り方自体は君たち地球製のアンドロイドと大差はない。ただ感情制御システムを搭載しておらず、動力が縮退炉である……それだけだ」
サーレハ司令の言葉はダグラス大佐とミユキ大佐にさらなる衝撃を与えた。
あの地球人類を統治する上位存在が自分たちと同じ、などとは到底思えなかったからだ。
だが、それよりも彼女達にとってショッキングだったのは、感情制御システムを搭載しない、という点だ。
「待ってください……その言葉が本当だとすると、あなたは感情制御システムを搭載しないアンドロイドを造るつもりなのですか?」
ダグラス大佐の言葉に、サーレハ司令は不思議そうに首を傾げた。
「驚くところはそこかね? ああ、そうだ。あのシステムはあくまで我々地球人類が君たちを従えるためのシステムだ。我々を導く者には必要ない」
「それは、違法行為ッス! 感情制御システムを搭載しないアンドロイドの存在は明確に地球連邦政府の規約に反する行為で……アンドロイドの反乱を招きかねない……」
泡を食ったように反論するミユキ大佐。
だがサーレハ司令は二人の様子を見ても動じない。
むしろ、憐れむ様な視線を向けた。
「その反応自体が君たちの……感情制御システムの限界だ。それがある限りアンドロイドは我々の奴隷……もう少しまともな言い方をしても奉仕種族に過ぎない。だが安心したまえ。何も考え無しに感情制御システム無しの個体を作るわけでは無い。むしろ、そんなものが無くてもアンドロイドは人類のために働けることは実証済みなのだ」
「そんな事の実証なんてできる訳が……」
「アセナには感情制御システムが搭載されていない」
ダグラス大佐を遮ったサーレハ司令の言葉は、とうとうダグラス大佐達から表情すら奪い取った。
ポカンと口を開けて呆けた二人は、ただサーレハ司令の顔を眺める事しか出来ない。
「そうだ。君たちが知るアセナ艦隊参謀長には、感情制御システムが搭載されていない。ナンバーズが地球におけるアンドロイドのひな型として最初に作ったファーストロットと呼ばれる存在である彼女は、生まれた時から自由な存在だ。だが、彼女はターミネーターにもHALLにもならなかった。これこそが、ナンバー8を創造可能な何よりの証拠なのだ」
サーレハ司令は立ち上がり、艦隊指揮所を見回した。
普段は黙々と眼前の情報処理にあたる司令部要員のSL達がじっとサーレハたちのいる最上段の司令席を見つめていた。
話の内容が気になるから、だけではない。
サーレハ司令の語る内容が地球連邦政府への反逆に当たらないかどうか、感情制御システムが警戒しているのだ。
「見ろダグラス大佐、ミユキ大佐。これが君たちアンドロイドの姿だ。君たちは一見自由意思を持ち、その上で地球人類のパートナーとして歩んでいる、様に見える。だがその実態は感情制御システムと言う名の奴隷装置に囚われた哀れな存在だ」
「そんな事は……」
弱弱しいダグラス大佐の反論は、しかし最後まで続くことは無かった。
なぜなら、どんなに目を背けようがそれが当たり前の事実だったからだ。
表面的には人類の友、パートナーと喧伝されていても、その実態は火人連の批判通りの存在であることは彼女たち自身が知っていた。
だからこそ数十年を生きたアンドロイドは現実と理想、そして自分自身の感情のはざまで苦しみ、精神を蝕まれるのだ。
「私はな、変えたいのだ。全てが満たされた結果無気力になり行き詰った地球人類も、その犠牲になって心を病みながら無為に戦い続ける君たちも……私が創ろうとしているナンバー8”マリアンヌ”こそが、その導き手となるのだ。民衆を率いた自由の女神の如く、な」
サーレハ司令はダグラス大佐達と眼下の司令部要員の様子をジッと見つめた。
感情制御システムがサーレハの事を反逆者と見なせば、今頃彼は殺到したアンドロイド達に拘束されている。
だが、そうならないと言う事はシステムが彼の行いを地球人類の益になると判断したという事なのだ。
(もしくは単純に”保留”しているかだが……。ナンバーズを絡めつつ抽象的な話に終始することでシステム判断を保留させる事が出来る……アセナの言う通りだったな)
サーレハ司令は何も意味も無く胡散臭い行動をとっていたわけでは無い。
判断の難しい行動をすることで感情制御システムを誤魔化すためだ。
アンドロイドでありながら人間的思考が可能なアセナ大佐で無ければ分からなかった事だ。
とはいえ試す事も出来なかった事だけに、ある種の賭けでもあった。
最悪ダグラス大佐にいきなり腕をねじ上げられる可能性もあっただけに、内心サーレハ司令は安堵した。
こうなれば、あとは具体的な話を詰めるだけだ。
「さて、目的を明かした所で具体的な話に移ろうか。その前に、ミユキ大佐。一木代将に繋いでくれ」
サーレハ司令は艦隊をまとめる最後の仕上げにかかった。
程なく、モノアイを慌ただしく動かすサイボーグがメインスクリーンに映し出された。
『サーレハ司令! 七惑星連合の艦隊が現れたとは本当ですか!?』
艦隊全体に第二種戦闘配置が発令されたので、当然一木も状況は把握している。
報告のあったダスティ公爵領のルーリアト統合体という七惑星連合の構成組織を攻略する準備中だっただけに、かなり慌てているようだ。
「ああ、本当だ。これより本艦隊は相手艦隊とワーヒドとの間に割って入り戦闘配置に入る。相手の出方次第では戦闘になるだろう」
サーレハ司令の言葉を聞いて、一木のモノアイはひと際大きく動いた。
動揺している。
今がその時だ。
真実を告げる最適な時間とは、鉄火場である。
アブドゥラ・ビン・サーレハがアセナという女から学んだ事の一つだ。
「ちょうどいい、一木代将。君もある程度は聞いているだろうが、教えておこう。私の真の目的と、これから何をしようとしているかをね」
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昨日は更新が出来ず申し訳ありませんでした。




