第10話―6 火星宇宙軍
頭の中で響き渡る第二種戦闘配置の警戒。
オフラインモードでも艦隊内にいる限り何らかの通信手段によって通達されるそれによって、ダグラス首席参謀はようやくスリープモードから脱した。
そこは自室のメンテナンスベットだった。
デフラグと呼ばれる精神負担を軽減するための記憶処理の際に用いるものだが、ミラー大佐が死んで以来ダグラス大佐はずっとここで横になる日々を送っていた。
通常首席参謀が取れる行動では無いが、ダグラス大佐のショックの大きさを重く見た姉妹の参謀たちとサーレハ司令がしばしの休息を許してくれていたのだ。
「……ミラー……」
アンドロイドが通常あまりすることの無い独り言が口から出た。
愛おしい末妹。
ダグラス大佐はかつて、自身の偵察用の複眼を酷く貶されて以来人間と接することが苦手という、感情制御型アンドロイドにおいては致命的な精神構造を持ってしまっていた。
そんなダグラス大佐が強く執着することで精神安定を図ってきた、何よりも大切な存在。
それがミラー大佐だった。
感情制御型アンドロイドは通常人間に対して強い好意を持つことで過酷な業務へのモチベーションを保つのだが、ダグラス大佐やミラー大佐。あるいはマリオスとアイナの様にその感情が酷く歪んでしまう事がある。
そういった場合、そのアンドロイドは特定の行動や特定の個人に強く依存することで精神安定を図ろうとするのだが、まれにその依存対象を同じアンドロイドに求める事がある。
場合によっては危険な状況に陥る事もあるため、管理者の人間によっては記憶の全面的な初期化も検討される状態だが、幸か不幸かダグラス大佐の場合はミラー大佐への依存的好意と自身の任務をある程度分けて考える事が出来ていた。
つまり、可愛い妹を守るために地球連邦政府の益を求める、という思考形態で彼女は活動してきたのだ。
これと、他の姉妹との絆の強さによって、ダグラス大佐は異世界派遣軍でも屈指の艦隊参謀集団の首席として名をはせてきたのだ。
だが、そんな彼女を支えてきた末妹はいなくなってしまった。
ショックでこうして記憶と感情のデフラグ……問題のある記憶を分離、結合することでストレスの軽減を図る処置をしていたが、ダグラス大佐の記憶の大半にミラー大佐のそれがあったため、碌に効果を発揮しなかった。
「……けれども、ダメだ」
再びの独り言と共に、ダグラス大佐は身を起こした。
全身のメタルアクチュエータがズシリと重いように感じた。
まるで、人間の様に。
「ここで動かないで、艦隊が消えてしまったら……042艦隊は私たち姉妹の家なんだ」
そう呟くと、ダグラス大佐は勢いよく立ち上がり身支度を始めた。
その様子は、ミラー大佐がいた頃と寸分たがわない。
つい先ほどまでの落ち込んでいた彼女とは思えない動きだ。
他の姉妹への強い思いがそうさせるのだろうか?
だが、そうでは無い。
感情制御型アンドロイドという存在はある種残酷だ。
ダグラス大佐のコアユニットにインストールされた各種データは、彼女本人の感情や意思を通常は尊重するが、その根本はあくまでも地球連邦政府の利益のみを求めている。
だからこれは、今まで歪んだ依存心によって行動してきたダグラス大佐の感情制御システムが、第二種戦闘配置警報を契機にミラー大佐への依存に完全に見切りを付け、他の姉妹と居場所というものに依存先を切り替えたに過ぎないのだ。
こうしてダグラス大佐は、かつて火人連の幹部が「こんな哀れな生き物は見た事がない」と評した感情制御システムの導かれるまま艦隊指揮所へと足早に向かった。
※
「サーレハ司令。申し訳ございませんご迷惑をおかけしました。ダグラス大佐首席参謀参りました!」
ダグラス大佐が入室と同時に一息に言うと、驚いた表情でサーレハ司令とミユキ大佐が入り口のダグラス大佐の方を振り向いた。
二人はダグラス大佐の復帰は難しいと、すでに作戦の主要部分をミユキ大佐主導で詰めていたのだから当然だった。
だがダグラス大佐はそんな驚きには気がついていないかの様に二人に近づくと、ミユキ大佐の頭を軽く撫でた。
「ミユキもごめん……本当に、迷惑をかけたわ。でも、もう大丈夫」
「ダグ姉……」
感極まったようにミユキ大佐がダグラス大佐を軽くハグする。
それを見ていたサーレハ司令は、何か言おうと少しだけ口を開きかけ、直前でその野暮な行為を止めた。
そんなサーレハ司令の行動に気が付いていたのかいないのか……サーレハ司令の方を見もせずにダグラス大佐は訊ねた。
「申し訳ございませんが、先ほどまでオフラインモードでデフラグ中だったので艦隊ネットワークとの同期がまだです。つきましては状況説明をお願いします」
「いいだろう。ミユキ大佐、頼む」
サーレハ司令が命じると、ミユキ大佐はダグラス大佐から体を離し、メインスクリーンに現在の状況を表示した。
映画のスクリーンの様に巨大なメインモニターにワーヒド星系の簡易マップが表示される。
惑星ワーヒドを中心に、月の軌道が円となって表示される。
ワーヒドから真っすぐ右側の円周上には月を示す丸が表示され、現在異世界派遣軍の艦隊はそのワーヒド側に位置していた。
そして月のワーヒドから見て裏側には、異世界派遣軍が通ってきた空間湾曲ゲートが存在している。
「現状こちらの戦力配置はこうッス。艦隊主力……というかほぼすべてが月面基地の上空にいて、あとはワーヒド軌道に軌道空母ジブリールと衛星コントロール艦アズラエル。護衛戦隊が一個。それと帝都の上空にも同じく護衛戦隊が一個……それと……」
ミユキ大佐がメインモニターの図を操作すると、ワーヒドの左側にもう一つ艦隊を示すアイコンが表示された。
強襲戦隊を示すAの文字に+1と表示されている。
通常編成の強襲戦隊三隻に一隻プラスされているという事だ。
「パトロールに出していた増強強襲戦隊ッス。彼らが所属不明の艦隊を発見した事で、第二種戦闘配置が発令されたッス」
「所属不明……ね。でも、第二種戦闘配置を発令したってことは……サーレハ司令は相手が敵だ、と……確信しているんですよね?」
そのダグラス大佐の問いに、ミユキ大佐は目を丸くした。
ミユキ大佐としては、単純にルーリアト帝国に七惑星連合の幹部が乗り込んでくる状況下で艦隊が来たのだから戦闘配置は当然、と思っていたのだ。
だが、考えてみれば警戒配置を通り越して戦闘配置というのはいささか拙速にも感じる。
ミユキ大佐としては好ましい判断だったので疑問に思わなかったが、妙と言えば妙だった。
しばし訪れた沈黙のあと、サーレハ司令は軽くため息をついた。
そして、手元の端末を軽く操作すると、ミユキ大佐とダグラス大佐にとあるデータを送信した。
「なんすか、これ?」
「データ名……マリアンヌ計画……?」
妙なデータに首を傾げる二人に、サーレハ司令はゆっくりと顔を向けた。
「この状況下だ。そろそろ教えようじゃないか。私がこの星系で何をしようとしているのかを……」
サーレハ司令の言葉に、思わずダグラス大佐とミユキ大佐は顔を見合わせた。
次回更新予定は4月23日の予定です。




