第10話―5 火星宇宙軍
「敵艦隊後退します!」
火星宇宙軍の防護艦のブリッジ……とは名ばかりの狭苦しい空間に、オペレーターの少女の悲鳴に似た甲高い声が響いた。
普段はこの前世紀の戦車と同等の広さしかないブリッジで甲高い声を出すなと怒鳴るところではあるが、目の前から恐ろしい機械人形がいなくなった安堵感は抑えようがなく、オペレーターの少女に負けない程若い艦長の青年は深く息を吐いた。
火星宇宙軍第一艦隊所属の防護艦334号。
それがこの狭苦しい空間で操る物の名前だった。
火星宇宙軍は旧来の海軍の艦艇に近い構成を取る地球の宇宙軍とは違い、独自開発した全く異なる編成を取っていた。
まず最前衛で艦隊の壁となる防護艦。
これは直径120m程の球形をした艦で、前面に分厚い装甲を備え、前面中央部にメインであり唯一の武装であるガトリング式200mmレーザー砲を装備している。
後部には緊急時にパージ可能な大型可動式スラスターとプロペラントタンクを備え、固定式のレーザー砲を艦自体の姿勢制御で稼働させ対象物に照準を合わせる構造になっている。
この艦の構造はシンプルで、装甲とレーザー砲と移動用のユニット部しかない。
そのため乗員はたったの四人。
艦長兼操舵手と通信手兼砲手。
そしてレーザー砲整備員と機関整備員だけだ。
火星宇宙軍はこの防護艦の様な単一任務をこなすだけのシンプルな艦艇と、それらを指揮する統制艦と呼ばれる艦艇によって構成されている。
そのため、この第一艦隊も小さな艦艇……いや、地球基準で言えば戦闘艇と言えるかも怪しいような小ユニットで構成されており、主力かつ最小の艦艇である投射艦に至っては乗員はたったの一名しかいない。
だが、そんな実情と緊張感の中においても、防護艦334号の艦長には自信があった。
「マリア伍長、幸先はいいぞ。敵のロボット野郎どもは我が艦隊の陣容を見て逃げ出した! あの苦しい訓練の成果を見せると気が、ついに来たぞ!」
火星宇宙軍は異世界派遣軍及び連邦宇宙軍を仮想的にしていた。
そうなれば当然ながら、相手取るのはSAが操艦する無人艦だ。
砲撃の精度や機動性において、相手にならない。
その結果できたのが、無数の小型艦によって古代のファランクスの様に重厚な艦列を以って対抗すると言うこの艦隊だった。
人口の少なさをカバーしつつ、被害を抑えるために統制艦以外の各艦は最低限の装備と人員で操作可能に設計され、細かな回避以外の行動は全て統制艦にゆだねると言う限界まで割り切ったものだ。
加えて電子装備の技術的不利をも補うため、対抗するために選ばれたのが人間を鍛えるという古式ゆかしい手段だった。
「聞こえるかジョン、サトー! 毎日十五時間以上の対空迎撃訓練……あの苦しさを思い出せ! 演習の迎撃率は敵のロボットにも負けない80%越え! 相手の攻撃は絶対に俺たちが防ぐ、そしてあの小さな敵艦隊を全滅させる……さあ行くぞ、総員奮起しろ!」
艦長は有線通信を使ってレーザー砲の根元と後部の機関部にいる二人の部下にも檄を飛ばす。
彼らの士気は高い。
彼らは疑っていないのだ。
苦しい連日の猛訓練が、地球のアンドロイドに負けない戦果を出せると、信じているのだ。
逆に、彼らはその自信ゆえ別の心配をしていた。
艦長は有線通信を切ると、艦長席の隣に座るオペレーターの耳元に顔を寄せた。
「おい、本隊のゲート通過はあとどれくらいだ?」
「あと……30分ほどです……どうしましたか?」
不安と、これから上げる大戦果に興奮を隠しきれず、少し赤みを帯びた顔でオペレーターは聞き返した。
対する艦長は少し焦ったように口を開いた。
「……いや、噂なんだがな……どうも別行動する旗艦ハストゥール……アウリン隊を解凍するらしいんだ」
艦長の言葉はオペレーターの少女に衝撃を与えた。
少しだけ怒ったように艦長の方を向き、額をぶつけんばかりに近づけた。
「そんな!? あんな連中を用意するなんて……司令部は私たちが勝てないと思ってるんですか!?」
「分からない……そもそも、今回俺たちは演習だと言われて来たんだ。それがいきなり異世界に侵入して連邦軍と対峙すると言われ、それが気が付けばとうとう初実戦……」
艦長は戦意とは裏腹に、現在の司令部の動きには不信を抱いていた。
正確に言うと、軍に入隊してから知った七惑星連合という宇宙人との同盟組織の存在を知って以来、不信は大きくなる一方だ。
(カルナーク人はまだいい……彼らも地球の被害者だ。だが、人間ですらない連中や妙な魔法使いの言う事を聞いてたら俺たちはお終いだ……だから、こんな現状を変えるためにも、奴らの力なんか借りずに俺たち火星人の手で地球の機械どもを倒すんだ)
五里霧中の現状の中、艦長は艦隊が目指す場所。
モニターに小さく映る青い惑星、ワーヒドを睨みつけた。
次回更新予定は4月19日の予定です。




