第10話―3 火星宇宙軍
「パトロール戦隊からの通信により空間湾曲ゲートより火人連の艦隊の出現を確認! 統制艦を含むかなりの規模ッス! サーレハ司令!!」
重巡クリス・カイルからの報告を受けたミユキ大佐は、現場からの要請に基づき即座にクリス・カイル達とデータリンクし、船体の主要センサー類から得られる全ての情報を共有した。
火人連艦隊の出現自体はある程度予想の範疇ではあった。
だからこそ打撃艦隊のいない戦力の乏しい現状であっても、貴重な打撃戦力の主力足る重巡洋艦主体のパトロールを定期的に行っていたのだ(機動艦隊のみの編成の場合、哨戒任務は通常護衛艦と駆逐艦をペア編成した小規模な任務部隊を多数編成して行う)。
こうすることで、こちらより数の多い艦隊が出現した場合でも早期に敵を叩き、初手で打撃を与えることを目論んでいたのだ。
だが、サーレハ司令の見せた動きはミユキ大佐の想像とは全く違うものだった。
「ミユキ大佐、現場とのデータリンクは維持しつつ至急アセナ大佐に量子通信を繋げ」
「……はっ? え? アセナ大佐……ッスか? ですがクリス・カイル達の目前には所属不明艦隊が……」
ミユキ大佐は思わず一瞬絶句してしまった。
まさか、所属不明の艦隊……それも十中八九敵対勢力の物が現れたにも関わらず、現場よりの指示そっちのけで居所も分からない艦隊参謀への連絡を命じられるとは思っていなかったのだ。
「どうした、早くしろ!」
だが、そんな困惑はサーレハ司令らしからぬ怒声によりかき消えた。
(いや、違うッス。アセナ大佐は、司令の命令で、理由は分からないけど今この状況下で何かをするために姿を消していたんッスね)
艦隊を危険に晒すいけ好かない行為ではあるが、一回の艦務参謀に同行できるものでは無い。
ダグラス首席参謀が精神的に参っている状況下で、ミユキ大佐がこの艦隊を支えねばならないのだ。
「了解しましたッス。……量子通信……接続。応答確認……」
「よおしつながったな? ミユキ大佐は一旦体をアセナ大佐に貸すんだ。その後は全艦隊に第二種戦闘配置を命令。月面基地のポリーナ大佐にも防衛体制を通達だ」
サーレハ司令の命令に、ミユキ大佐は一瞬嫌そうに口を歪めた。
姉妹姉弟ではないアンドロイドに自分の体を貸すのは、あまり好ましい行為とは言い難かったからだ。
「了解しましたッス。クリス・カイル達はどうしますか? 一旦下げるッスか?」
だが、流石にそんなわがままを言うほど製造年齢は若くない。
ミユキ大佐はアセナ大佐とのデータリンクを一段階進化させるべくアセナ大佐に対して自身のボディのポートを開き、ボディ明け渡しの準備を進めた。
そうしつつ、先ほどから命令を待ちながら微妙な速度で火人連艦隊付近を航行するクリス・カイル達への指示を訪ねた。
正直、現状のままでは危険だった。
相手を敵とするならば体制が整う前に突撃させて重巡洋艦得意の近距離の乱戦に持ち込むべきだが、相手が相手だけにいきなり殴りかかるわけにもいかない。
事は政治的な問題も含むのだ。
こういった地球連邦の益が複雑に絡む問題に関して正確な判断を下すときには、士気や精神衛生上のためにも人間の指揮官の指示が欲しかったのだ。
「現場艦隊はそのまま相手艦隊との距離保ちつつ偵察行動を継続……特にゲートから出て来る艦種の特定を行う様に指示するんだ」
「です!……が……いえ、了解しましたッス……」
またもやミユキ大佐としては望まぬ危険かつ中途半端な指示に一瞬反論の言葉が出かかった。
しかし、これ以上の問答はかえって時間の浪費になる。
そう判断したミユキ大佐は粛々とサーレハ司令の指示を実行することに決めた。
「サーレハ司令、アセナ大佐の人格データダウンロード完了。自分はこれより全艦隊の第二種戦闘配置の実行作業に移りますッス」
「ああ、急げ」
素っ気ないサーレハ司令の返事を聞きながら、ミユキ大佐は慌ただしい艦隊指揮所から艦隊ネットワーク上へと意識を移動させた。
体から抜け出す際、珍しく焦った様子のアセナ大佐の意識を感じ取ったのが、やけに気になった。
※
「サーレハ。現状では縮退炉反応は検知していないわ。ここにいるオルドロも同様よ。そっちではどうなの?」
ミユキ大佐の少しやぼったい見た目のまま、実の母親より見知った女が珍しい程慌てて話すさまを、どこか他人事の様な気持ちでサーレハは眺めていた。
気持ちは無論アセナ大佐同様焦っていて、先程などミユキ大佐に怒鳴ってしまった程だ。
だが、普段冷静なアセナ大佐までもが慌ててているのを見ると、かえって心が冷静になっていった。
「ふぅー……。こちらでも同様だ。現在星系内でダイソン球から以外の無線送電は確認されていない……情報にあった縮退炉搭載艦”ハストゥール”はいない……我々はハストゥールの釣りだしに失敗したらしい」
サーレハが告げると、ミユキ大佐の体に入ったアセナ大佐は頭を抱えた。
無理もない、とまた他人事の様にサーレハは心の中で呟いた。
今回の作戦は、サーレハの持てる全ての力を用いて実行したものだ。
地球人類をさらなる高みへと上げるための決定打にして最後の手段。
地球人類を見限りつつあるスルトーマに対抗しうる、唯一の方法。
新たなるナンバーズ、No8の創造。
そのために絶対に必要な、地球人類が唯一入手可能な縮退炉。
封印されたNo1”ハイタ”の縮退炉。
それを入手するためだけに、打撃艦隊も満足な地上戦力も人間の指揮官も不足した艦隊でこの星系にやってきたのだ。
ハイタの意識を目覚めさせたいと言うNo4”ラフ”の依頼を受けて一木弘和という奇妙な人間を師団長にしたのだ。
グーシュリャリャポスティとかいう現地人を確保したいと言うNo6”コミュニス”の依頼を受けて様々な手を回し、重巡洋艦まで与えたのだ。
用済みになった七惑星連合の実働部隊と幹部を処分したいと言うコリンズ・ケイン議員の依頼を受け、わざわざ手薄に見える戦力でありながら敵を撃退可能なギリギリの戦力を集めたのだ。
だが、事ここに至ってはこう判断するしかなかった。
(ハイタの縮退炉入手のために必要な七惑星連合の縮退炉……それをワーヒド星系に持ち込ませるために最善を尽くしたつもりだった。だが、結果がこれだ。一木弘和が存在した事で七惑星連合の動向に妙な影響を与え、グーシュリャリャポスティの行動が七惑星連合の幹部にして彼女の姉に影響を及ぼし、コリンズ・ケインの意向を聞いて戦力を半端に増やしたがために肝心の縮退炉搭載艦をこの星系に釣りだすことに失敗した……)
そう、失敗である。
一木弘和……グーシュリャリャポスティ……最新鋭の項羽級重巡洋艦。
実際の七惑星連合の行動原因はともかく、これら想定外の異物が影響を及ぼした可能性は高い。
アブドゥラ・ビン・サーレハの悲願は脆くも……。
「……いや違うな」
「? サーレハ……」
サーレハの呟きに、アセナ大佐が顔を上げた。
人類の悲願を、これくらいで諦める。
「そんな訳にはいかない……いかないな、アセナ……」
「サーレハ……」
謀略に慣れ過ぎて、逆境や想定外に弱くなっていたのかもしれない。
サーレハは自嘲気味に笑った。
つい先ごろのコミュニスとの会話を思い出す。
『誰もが誰かを手の平に載せていると思い、その実誰かの手の平にいる』
実に滑稽な言葉だった。
あの言葉は結局、サーレハ自身も手の平の上にいる可能性を考慮しない傲慢なものだった。
「だがなアセナ。手の平の上だからと言って諦める事は出来ない。足掻けば手の平の上から飛び出すことくらい出来る」
「だがどうするんだ? 縮退炉搭載艦がいなければここにある縮退炉を手に入れる事は……」
サーレハは弱気なアセナを励ますように、ニヤリと笑って見せた。
「釣りだすのに失敗したなら、方法は一つだ。引きずり出す」
サーレハの強気な言葉に、励まされたからかアセナは頬を赤らめた。
赤ん坊の頃から見知ったアセナのそんな表情を見て、サーレハは少しだけ複雑な感情を抱いた。
次回更新予定は4月12日の予定です。




