第10話―2 火星宇宙軍
「おい、こいつ本当に最新鋭の項羽級なのか? どっかのパートナーアンドロイドのデータが紛れ込んだんじゃないのか?」
当然の疑問をクリス・カイルは僚艦に問いかけた。
だが、返答は期待外れだった。
「…………」
無口なクレイグ・ハリソンは静かに首を振るのみ。
一方のローザ・シャーニナは……。
「おー、ノッブどうしたんデスカー? ヨーシヨシ♪」
わざわざオダ・ノブナガの艦内ネットワークにアクセスしてノブナガをあやしていた。
クリス・カイルは大袈裟にため息をつく動作をしながら、努めて声を荒げないように口を開いた。
「おい、シャーニナ……質問してるんだが意見はあるか?」
改めて聞き直すと、ノブナガの愚痴を聞いていたシャーニナは不機嫌そうにクリス・カイルに通信をもう一回線開いた。
「うーん……私としてはそんなに気にはならないデスネー。第一プトレマイオス工廠製造なんデスヨ? そんな初歩的なミスが発生するとは思えまセンネー」
「むぅ……」
最もな意見にクリス・カイルは黙り込んでしまった。
プトレマイオス工廠は地球連邦軍最大の航宙艦製造施設であり、規模だけではなく管理や精度と言った質の面でも最高峰の施設だ。
よもやそんな場所がSAの取り違いなど起こすとは思えない。
となると……。
「こいつは素でこんな性格なのか……」
「こんなとか言わないでくだサーイ! ノッブ可愛いじゃないデスカー!」
そう言ってオンラインでノブナガを撫でまわすシャーニナに頭を抱えるクリス・カイル。
だが、オダ・ノブナガという重巡洋艦の不審な点は性格だけではない。
今回の罰パトロールの原因となった行動にしても妙なのだ。
(現地人……現地司令部のオブザーバーとやらの言う事を聞いての無断行動という事だが、そんな事あり得るのか? 感情制御型アンドロイドは、地球連邦の不利益になる行動は出来ないんだ……それをやったという事は……)
感情制御型アンドロイドの行動規範において、地球連邦の不利益になる行動は厳重に制限されている。
そのプロテクトは頑強で、たとえそのアンドロイドの人格がどんなに望もうとも、その行動が反連邦的であれば即座に行動、言動がブロックされるようになっている。
現地人と恋愛関係になったとあるアンドロイドが、互いに愛を囁き合った直後、連邦を裏切るように話を持ち掛けられた瞬間泣きながら現地人を捕縛した、などと言う話は有名だ。
(だが、それにもかかわらずオダ・ノブナガは現地人の言う事を聞いた……その現地人の提案が連邦の国益に沿っていた、のか?)
それならば筋は通る。通るのだが、クリス・カイルの疑念は晴れない。
(オダ・ノブナガの性格はサーレハ司令が建造過程で希望してこうしたと言う噂があったな……そして、オダ・ノブナガはその現地人……グーシュリャリャポスティに依存性レベルで懐いている。オダ・ノブナガの記憶を参照すると、向こうも強い親しみを感じているようだ)
クリス・カイルの思考は、そこである仮説に至った。
つまり……。
(オダ・ノブナガはサーレハ司令が、グーシュリャリャポスティに最初から譲るために建造された?)
馬鹿馬鹿しい、とも言いきれない話ではあった。
現に、現地人が地球連邦への加入への対価にアンドロイドを望むことが度々あるのだ。
大抵は皇帝とか国王、教主等の絶対権力者が交渉中に見初めた個体を望む事が多い。
大抵そう言った時見初める対象というのは参謀クラスの高級アンドロイドなので、そのまま該当個体を譲るわけにはいかない。
そのため、見た目そっくりな現地譲渡用のアンドロイドが製造される事があるのだ。
(だが、重巡洋艦だぞ? 総合的な空間戦闘能力で連邦最強の航宙艦を、異世界人に譲るなど……)
クリス・カイルの思考がいよいよ危険な想定に至ったその時だった。
戦隊の前衛を勤めていたハリソンから緊急通信が入った。
「カイル! 空間湾曲反応検知。座標、フロント、グリーンD! 反応強度A、ゲート開く!」
「ノブナガいい加減に黙れ! 全艦第2種警戒しつつミユキ大佐と量子通信オンライン!」
空間湾曲反応の検知というのは、先ごろ帝都で発生した際艦隊規模の通信異常を起こしたように大変な異常事態なのだが、今回の反応はさらにその上を行っていた。
反応強度がAクラス。
つまり空間湾曲ゲートが実際に開ききり、物理的に別の空間と繋がる事を意味している。
現状確認されている物理現象においては、この事は三つのパターンを表している。
(未知の宇宙空間適応生物群……現場通称宇宙怪獣が現れる可能性)
新規のゲート解放時や、ダイソン球の探査時に幾度か異世界派遣軍が遭遇したのが通称宇宙怪獣。
宇宙空間に適応した未知の巨大生命体だ。
数えるほどの遭遇記録しかないものの、最初の接触時に遭遇した個体は全長10kmを超える巨体を誇り、当時の総旗艦ワシントンを破壊した。
当時の宇宙戦闘艦艇不要論を払しょくした恐るべき敵。
(だが、奴らは自力でゲートを開かない……少なくとも現状ではそう言われている……そうなるともう一つの可能性……異世界派遣軍の別艦隊がゲートを解放し、ここに通じた可能性)
この可能性が現状では一番望ましく、高かった。
空間湾曲ゲートとは、どこに繋がるか分からない代物である。
それ故に、既知の星系に繋がる場合もあるのだ。
だが、今回はそのどちらも違っていた。
宇宙怪獣がゲートを開いてやってくると言う最低最悪の事態では無く、友軍がひょっこり現れると言う日常でも無く、想定されながらも政治的に否定され続けていた、ある種望まれていた事態……。
「……あー! クリス、クリス―!!! ワシのセンサーに反応が引っかかった!」
素っ頓狂なノブナガの声に一瞬怪訝な表情を浮かべたクリス・カイルだったが、即座に思い直した。
項羽級のセンサーやレーダー類はボリバル級を遥かに凌駕している。
人格が間抜けなわがままでも、その性能は信頼できる。
「感嘆はいい! 報告しろ!」
クリス・カイルの叫びにオダ・ノブナガがあからさまにムッとしたのが雰囲気で分かったが、シャーニナが小さく何かを呟くとすぐに威勢のいい声が響いた。
「これは航宙艦だ……データベース照合。火星宇宙軍のショゴス級防護艦……数は30。続いてハイドラ級統制艦……数は……」
その後もノブナガの声は無数の火星宇宙軍の艦を口にしていく。
その数は止まることを知らず、クリス・カイルの胸中は驚愕に包まれていった。
「まさか……」
「クリス! ミユキ大佐とデータリンク完了したわ!」
クリス同様に驚いた声でシャーニナが通信を入れてきた。
ミユキ大佐と量子通信で同期した事により、042艦隊中枢と全感覚が共有される安心感がクリス・カイルに冷静さを取り戻させた。
「浮足立つな! 速度そのまま進路微調整! 相手艦隊の想定射線を避ける軌道に移動だ、急げ!」
指示を出すと、ノブナガが若干もたついたものの戦隊全艦が相手艦隊から距離を取る事に成功した。
「ノブナガ、艦隊の様子は?」
「ちょっと待て……現在は艦列を正している最中の様だな……だが、随分と数が多い。今なら一方的に叩けるぞ!」
ノブナガの無鉄砲な、それでいて魅力的な提案にクリス・カイルは一瞬揺れた。
空間湾曲ゲートは大きい物でも直系数キロに過ぎない。
大規模な艦隊が通過すれば、通過後に時間をかけて艦列を整える必要がある。
いま重巡洋艦四隻で攻撃すれば、一方的に打撃を与える事が可能だ。
「馬鹿な事を言うな、司令部からの命令あるまで現状軌道を維持。周辺警戒怠るな。隊列を複縦陣に移行。シャーニナはノブナガと組め」
だが、命令も無しに当然そんな事は出来ない。
なぜなら、火人連はそもそも”敵”では無いのだ。
そういうことになっている。
少しづつ遠ざかっていく火星宇宙軍の艦隊と完全勝利の可能性。
人類史上初の宇宙艦隊同士の本格的戦闘と、それの勝利。
目の前にちらつく甘美な誘惑に、流石のクリス・カイルもデータリンク後十秒も指示が無いまま沈黙する司令部への怒りを感じずにはいられなかった。
次回更新予定は4月6日の予定です。




