第9話―4 掌握、そして告白
まだぐずるマナ大尉と手をつなぎ、一木は帝城の廊下を歩いていた。
石造りの床を甲高い金属音を立てながら、ゆっくりと歩く。
長い廊下には一木の足音だけが響いていた。
一木はその間ずっと考える。
グーシュが皇帝を殺す前に言った言葉。
『恥ずかしくないのか』
あの言葉がずっと心の中を渦巻いていた。
一木はシキが死んだ瞬間に激しい憎悪を抱いた。
あの瞬間の一木は、下手な復讐物の主人公以上に殺した相手とその仲間を憎んでいた。
そう自覚していた。
しかし、思い返してみるとその感情はすぐにしぼんでいたのだ。
あのジーク大佐をバラバラにした、ミラー大佐を殺した女サイボーグが「先輩」と呼んだ男のサイボーグの頭を真っ二つにして、それを嘆き悲しむ女サイボーグの慟哭を聞いた時。
一木は納得してしまったのだ。
「自分の復讐は終わり、復讐される側になった」と。
だから一木は決意した。
あの女サイボーグがもう一度目の前に現れたのなら、その時はおとなしく殺されようと。
そうする事で復讐の連鎖は終わる。
女サイボーグは復讐を終え、一木はシキの元へ行ける。
マナ大尉の事が心配だったが、賽野目博士やグーシュやミルシャがいれば大丈夫だと思っていた。
恥ずべき考えだった。
結局、一木は全てを無責任に投げ出していたのだ。
いつかあの女サイボーグに会ったら殺されよう。
マナ大尉の事は大丈夫だろう。
全てが無責任な考えだった。
グーシュの言う通りだ。
そんな無責任な恥ずべき考えでいたから、ミラー大佐は死にジーク大佐は死にかけたのだ。
あの女サイボーグの復讐心は、一木がなんとしても終わらせる義務があったのだ。
大切なアンドロイド達の命。
グーシュの夢。
マナ大尉の将来。
全てを何とかする義務が一木にはあったのだ。
それを放棄して、”いつか”という安易な逃避をしていた自分は恥ずべき存在だ。
「そうだ。俺がやらないと」
「? 弘和君……どうしました?」
思わず音声になっていた心の声に、マナ大尉が不安そうに一木を見上げた。
一木は足を止め、ジッとマナ大尉の顔を見つめた。
「なんでもない……何でもないんだ……」
不安そうな幼い存在に対し、一木は決意と共に言った。
(……ジンライ……少佐と言ったな、あのサイボーグ。あいつは俺が殺す……いや、俺が差し違える)
一木は決意した。
自分が生んだ復讐の連鎖を、自分が生んだ全ての因縁を終わらせる。
復讐に囚われたジンライ少佐を、自分の命と共に終わらせることを。
一木はマナ大尉の頭を軽く撫でてやると、宿営地に向かうため再び歩き出した。
(ああ、マナの身のふりを考えないとな……津志田はたしか、まだパートナーアンドロイドいなかったよな……後で連絡しないと)
※
「だからこそ、皆にはこれからの帝国のために、民と皇族との架け橋になってもらいたいのだ! これからは皆が平等に生きる時代が来るだろう。しかし、その時代を平和にもたらすためにはお前たちお付き騎士が必要なのだ! 確かに剣の価値はこれから低くなるだろう……だが、お前たちの忠誠心の価値は変わる事はない……むしろ増していくのだ! どうかわらわを……帝国の未来を守ってほしい!!」
帝城を後にしたグーシュは、相変わらず不安げなお付き騎士達を近衛騎士団本部の中庭に集めると再び演説を行った。
内容としては先の皇帝殺害事件の表向きのあらましと、ダスティ公爵領への軍派遣の説明。
そしてこれからの新体制におけるお付き騎士の扱いについてだった。
グーシュとしては当初特に配慮の必要なく、彼女たちの忠誠心は続くと安直に考えていた。
しかし、ミルシャと共に近衛騎士団本部を解放した後の彼女たちの士気は予想外に低かった。
セミックという指導者の喪失と、地球連邦軍という外から来た未知で強大な存在を支持基盤とするグーシュの存在が彼女たちの忠誠心に想定上のヒビを入れたのだ。
そのため、グーシュは彼女達お付き騎士を身近で信頼できる仲間から、飴と鞭と扇動によって従える対象へと扱いを変えた。
(……不思議なものだ。考え方を変えるだけで、あの者達の不安や欲しい物が手に取るようにわかる)
グーシュには元来、立場の遠い存在程思考が読め、近い者ほど読みがたい傾向があった。
つまり、もうかつて一緒に笑いあったお付き騎士達は遠い存在になってしまったのだ。
そんな事実にどことなく寂しさを感じながらグーシュが演説を終えると、感極まったカナバ、エザージュ、ルライがグーシュの元に駆け寄ってきた。
彼女たちは口々に「殿下」「殿下」と口にしてグーシュを称える。
そんな彼女達に、不満を抱くでもなく迷わずに”尊敬に足る皇太子”を演じるられる自分がグーシュは悲しかった。
(だが、な。今更後戻りはできない)
若い女たちの歓声の中、グーシュは剣を掲げ、帝国とお付き騎士の栄光を表面だけ誓った。
新体制での立ち位置という最大の不安さえ解消すれば、彼女たちの忠誠心は固い。
あとは情勢が落ち着いたあたりで地球の武器を支給し、訓練を行う。
その上でグーシュ体制の元クーロニ率いる親衛隊と相互に監視、牽制しあう体制を作れれば、当分は安定した政治体制を築けるはずだ。
そうなれば帝国の官吏や騎士の残りは大半が日和見と無能が占める。
反抗勢力と無能を民衆への生贄にしながら、手厚い支援を行い生活レベルを劇的に向上させる事で連邦との協力関係への支持を増やしていく。
グーシュはそんな計算をしながら、お付き騎士達の手を握り、抱き締めていった……。
※
「ふぅー。さて、最後の仕事と行くか」
お付き騎士達への演説を終えたグーシュは、護衛のSSが運転する送迎用の車両に乗り臨時司令部のあるガズル邸へとようやく戻ってきた。
アイムコとの会談、皇帝との謁見、シュシュの襲撃後に一木達と対応を徹夜で協議し、明けた翌日には皇族会議と新体制下の執務開始。そして先ほどのお付き騎士達との会合。
あまりにも濃密なスケジュールを終え、二日ぶりに戻ってきたグーシュは流石に疲弊しきっていた。
だが、グーシュにはこれまでで一番困難で重要な仕事が残っていた。
「お前たち、護衛ご苦労だったな。明日一番でわらわの部屋に来るようにアミ中佐達に言っておいてくれ。後は屋敷の警備に戻っていいぞ」
送迎車両から降りたグーシュは、護衛していた八人のアンドロイド達を一人一人抱き締めてやった。
一木から、地球製のアンドロイドはこれが一番うれしいのだと聞いていたからだ。
それまでの鉄面皮が嘘のようにはにかむ彼女達に微笑んでから、グーシュはガズル邸に足を踏み入れた。
発電機から供給される電気により煌々と照らされ、空調によって快適に保たれた屋敷の中をゆっくりとグーシュは歩んでいく。
時折司令部要員として働いているSLの事務員がグーシュを見つけると、頭を下げて敬礼した。
グーシュは拳をみぞおちにあてて答礼しながら、目的の場所である自室……。
ミルシャが待つ場所へと向かう。
「……ついてしまったか」
そして当然ながら、程なく自室の扉の前へとたどり着いた。
ここまで来てしまえば、気配と物音でミルシャはすでに気が付いているはずだ。
今更さらに迷う時間はもう、無い。
「……ままよ。わらわに出来るのは進み続ける事だけだ」
グーシュは一瞬だけ迷った後、扉を開け放った。
グーシュが今日行う最後の仕事。
ミルシャに皇帝の死の真相を告白するために。
次回更新予定は23日の予定です。




