第9話―3 掌握、そして告白
「ねと……ああ、寝とられの事か。いやあ、地球の創作物はいろいろ見たが、あれ本当に意味わからんかったな。わらわ的には寝とるのはアリだけど寝取られて何がいいんだか……」
「そう言う事じゃなくて!」
グーシュの的外れな物言いに、マナ大尉は駄々っ子の様に地団太を踏んだ。
「ひ、弘和君と……こ、こ、婚約だなんて! 弘和君にはもう私っていう奥さんがいるんですよ!?」
「もちろん知っている」
グーシュが頷くと、マナ大尉はまた地団太を踏んだ。
「それなのに、それなのに! 殿下にだってミルシャがいるのに……略奪婚だ! 浮気だ! 不倫だ! 文化だ!! わああああああ!!!」
マナ大尉はとうとう足だけではなく両手をぶんぶん振り回して泣き出した。
グーシュはそれを見ると、声を出してカラカラと笑った。
一木もそんなマナ大尉の姿が無性に可愛くてしばらく眺めていたが、いつまでもそうしているわけにもいかない。
名残惜しそうに一木はグーシュに切り出した。
「グーシュ……あまりマナをからかわないでくれ……何か真面目な意図があるんだろ?」
「ほぇ?」
一木の言葉を聞いて、マナ大尉はようやく年齢相応の表情に戻った。
グーシュは少しむせながら、ようやく笑いを止めた。
「いやあ、すまんすまん。悪かったマナ大尉。別にわらわが急に一木に惚れたとかそう言う事では無いのだ」
「はっきり言われるとなんか嫌だな……」
一木の小さなボヤキは幸いにもマナ大尉の耳には入らなかった。
「じゃあ何なんですか?」
「いや、な。どうも民衆の間で噂になっているようなのだ。一木がわらわを助け、ルーリアトに援助するのはわらわに惚れているからだ、とな」
この噂の事自体は一木も聞いてはいた。
が、まさかグーシュがこの噂の事を気にしていたのは意外だった。
どうせ無視すると思っていたのだ。
「……いや、わらわだって民のゴシップネタを実現させるために婚約するなどと言い出したわけでは無いぞ?」
そんな一木の思考が視線で伝わったのか、グーシュはさも心外だと言わんばかりに首を横に振った。
「国民じゃないとすると……官僚や軍人か?」
一木がいうと、グーシュは頷いた。
「そうだ。あいつらはお前たちが野心や陰謀を以ってルーリアトやわらわに接触したと思っている。まあ、理解は出来るな。お前たち地球連邦程のお人好しの国家があるなど、ルーリアトでは想像できん。だからこそ、噂通りの色恋沙汰に問題を矮小化したいのだ。婚約はそのためのあくまで一時しのぎでいい」
グーシュの言い方に一木は少し驚きを覚えた。
思わず反射的に聞き返す。
「いや、一時しのぎとは言うけれど……実質的な次期皇帝陛下が婚約を破棄なんかして大丈夫なのか?」
「別にそんなもの構わんよ。状況が落ち着いた頃に身分だとか風習だとかを理由に婚約解消を発表して、その後で帝国に大きな目に見える支援でもしてくれれば大丈夫だ。即ち、婚約が無くとも地球からの支援がある事を知らしめれば問題ない」
一木はジッとグーシュを見た。
冗談や嘘を言っている様子はない……もっとも、一木にそんな技能は無いが……。
「落ち着いたら、な。構わないよ」
一木は珍しく即断した。
考えておく、とでも言うと思っていたグーシュは訝しんだ。
どう考えても一木らしくない。
「……いや、クラレッタ大佐とかに相談しなくていいのか」
グーシュがそう言うと、一木はモノアイを一回転させた。
だが、グーシュにもその回転の意味がいつもと違って読めない。
「……あまり悩むのは、止めようと思って。それに、その件は今回の作戦が終わった後なんだろ?」
「そうだな……シュシュの件が終わった後のつもりだ」
「それなら、大丈夫だ」
(ん?)
グーシュはその様子にどことなく違和感を感じた。
具体的には言えないが、一木の言い方に何か不穏なものを感じたのだ。
アイムコに会いに行くときも感じたが、いちいち態度や言動が不穏だ。
「一木……お前なにを……」
「ああ、話は変わるけどジーク大佐は一旦宇宙に戻る事になった」
「え、そうなのか?」
ジーク大佐の帰還を知らされたグーシュは、問いかけを中断してしまった。
そして、話題が切り替わるとすでに違和感は消えてしまっており、またもや一木の違和感に関する問いかけの機会は失われてしまった。
「コアユニットに斬撃の跡があったらしくて、旗艦の設備で点検をするそうだ」
「なんと……だがそうなると、ダスティ公爵領侵攻の作戦は誰が立てるのだ?」
忘れがちではあるが、ジーク大佐は作戦参謀だ。
特に機甲部隊が主力のγ戦闘団を動かすとなれば、単純な作戦以外にも綿密な兵站計画を作成する必要があるため、作戦参謀は必要不可欠なはずだ。
「作戦参謀はシャルル大佐が文化参謀と兼務するらしい」
意外な代役に、グーシュは驚きを隠せなかった。
「意外だな。兼務というなら、殺大佐だと思ったのだが」
「クラレッタ大佐によると、殺大佐は作戦立案にはあまり向かないらしい。確かに、シャルル大佐、料理作るときの計画性凄いからな。案外向いてるのかもしれない」
結局その後も作戦に関する事を二、三話した後、一木はまだぐずっているマナ大尉を連れて執務室を出て行った。
γ戦闘団の編成のため一旦宿営地に戻るのだそうだ。
「γ戦闘団に主力を引き抜くが、残りの歩兵部隊は帝都に大部分を残しておく。司令部にはアミ中佐とカゴ中佐と憲兵隊のキア少佐を残していくから、上手く連絡を取り合って治安を保ってくれ」
一木が名を上げた、今一付き合いの薄いアンドロイド達の顔を思い浮かべてグーシュは少しだけ不安を感じた。
人見知りするような達では無いが、逃走中のサイボーグの事を考えると少々不安に感じられたのだ。
「……殺大佐を残してくれないか? それか、ノブナガを戻してくれ。寂しいし、怖い」
「グーシュまでマナみたいな事を言うなよ……殺大佐は猫少佐の諜報網と接続していて指揮には必須なんだ。ノブナガならこの前の件の謹慎が終わったら端末を一体地上に下ろすように言っておくよ」
重巡洋艦オダ・ノブナガは無断でグーシュに協力した事を咎められて、現在宇宙艦隊に地上にいた端末を戻されていた。
今は謹慎と称して艦隊の雑用をやらされているそうだ。
「むぅ……わかった。なるべく早くな」
「うん。じゃあ、行くよ。作戦成功を祈ってくれ」
「うむ。44師団に栄光あれ。信じているよ」
たわいのない言葉をかけあう。
そうしてからしばし沈黙すると、一木がそっと右手を差し出してきた。
まるで初めて会った際に握手をした再現の様だった。
グーシュはほんの少し前の事を懐かしむ自分に苦笑すると、機械仕掛けの大きな手を軽く握った。
一木はモノアイを動かすことなく、数秒そのまま手を握ると、そのまま黙って部屋を出て行った。
「……妙に感傷的になりおって……やっぱりあいつおかしいな……」
執務室で独り言ちたグーシュは、しかし一木に関する違和感を一旦脇に退けると、自分がやるべきことを思い出した。
「そうだ、な。不安と言えばあやつらだ。お付き騎士達に説明せねばな」
グーシュはSSを一個分隊呼ぶと、彼女達を伴ってお付き騎士達が現在滞在している旧近衛騎士団本部へと向かった。
次回更新予定は明日の予定です。




