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第1話 星辰流れるとき

「ぽすてぃ殿下、やはりこれは未知の星辰ですぞ」


 ルーリアト帝国の帝都。その中央にそびえる城にあるひときわ大きな物見の塔で、帝室星見官(ていしつせいけんかん)の老人が後ろで毛布に包まる少女に声をかけた。それを聞いた少女、グーシュリャリャポスティは瞳を手元にあった『星辰史』という本から老人が見る星空に向けた。


「やはりか! わらわの思った通りであるな。星辰史には星流れの記述こそあるが、あのように規則正しく空を巡る少数の星の記述はない! 」


 そう言って、グーシュは毛布を剥ぎ取ると老人の隣に座った。グーシュは虫の糸から織られた滑らかで薄い、袖の短い上着と白い太ももがよく見える短い股引きを着た活発な印象の少女だった。白銀の滑らかな首筋までの髪が気品を感じさせるが、言われなければ誰も第三皇女だとは思わないだろう。


 グーシュが言ったように、数日前からこの帝都から見える夜空を、流れるように星が規則正しく流れるようになっていた。

 神官たちは神の僕が降臨する予兆だと言い、臣民は酒の肴に夜空を眺め、お付きのミルシャはいいから勉強しろと言った。

 しかしグーシュにとってはこれは”妄想”が捗る絶好の種であった。


「最近臣民の間で流行っている説話のようなことが起こる前触れかもしれんな」


 そう言ってグーシュは『星辰史』とは別の本を老人に見せた。

 その表紙には『対決! 騎士団対星辰より来たりし侵略者』とあった。

 それを見た星見官の老人は朗らかに笑った。


「今はその説話がお気に入りですか、それはようございました。ではあの流れる星は星辰界より来る侵略者ということで?」


 乗ってくれた老人に対し、嬉しそうにグーシュは話し始めた。もし尻尾があればさぞ激しく揺れていただろう。


「それも面白いが、少し前に出た『星から来た使節団』のように交渉に来たのやもしれんな。そちらの方が少し退屈だが、実際に起こるとするとそちらのほうがいいかもしれん。が、爺様はどうなのじゃ? 昔重装歩兵で鳴らした腕前を奮って見たくはないか? 若い騎士では刃が立たぬ侵略者の鉄の騎兵や歯車騎士相手に、爺様のような老兵が知恵と経験で立ち向かう展開は熱くなるぞ! 」


 こうなるとグーシュは止まらない。口から出るのは皇室の人間がまず読まないような臣民が読む通俗説話の話ばかり。

 特に最近は星辰関係の説話に夢中で、講義をサボってはこの老星見官の元を訪れては星辰の話を聞いたり、気に入った説話や妄想を延々と語っていた。


 はじめは畏まっていた老星見官も今ではすっかり慣れたもの。

 孫のようなグーシュと話せるのが楽しいらしく、半分も意味がわからないグーシュの話にニコニコと相槌を打っていた。


 しかし、楽しい時間はここで終わる。

 鬼の形相でグーシュのお付き騎士、ミルシャがやってきたのだ。


「グーシュ様! 」


 塔の階段を息を切らせ登ってきたのはグーシュと同い年の少女だった。

 黒い腰まである髪を簡単にまとめ、軽騎士が身につける硬革鎧を胴に身に着け、下半身は文官同様の足首まである布のズボンを履いている。鎧の胸元にある剣と兜を模した紋章が、第三皇女のお付きであることを示していた。


「ゲエ! ミルシャ!」


 グーシュは嫌そうに声をあげた。ミルシャがここに来たということは皇室作法の講義をサボったのがバレたのだ。


「ゲエ! じゃありません、はしたない。星見官殿、申し訳ありません。姫様が仕事の邪魔を……」


 顔を伏せたミルシャに老人はシワだらけの笑みを向けた。


「いやいや謝罪などおやめください。このみすぼらしい年寄にとっては光栄なことです。お若い皇族のお方にわしなんぞの知識を請われ、年寄りが知らぬことを聞ける。こんないい時間はありませんぞ」


「はぁ……そういっていただけると……グーシュ様、どちらへ? 」


「うぐぅ! 」


 ミルシャが顔を上げると、コソコソとグーシュが脇を抜けて行こうとしていた。こういう所ばかり達者なのがミルシャにはもどかしい。


「グーシュ様、あなたはやればできるお方なのに。その説話の中身や空想の設定ならすぐに覚えられるのに、なぜ皇室作法や法学は覚えられないのです……僕は悲しゅうございます」


 そう言ってミルシャは涙ぐむ。同い年にも拘わらずその言動や態度は母親もかくやというほどだ。

 お付きの騎士は皇族に生まれた者に十歳になると必ず付けられる者たちだ。主に貴族の娘で主と同い年の、文武に優れた者が選ばれ寝食を共にする。


 その仕事は身の回りの事から秘書業務まで多岐にわたり、しかも生涯続く。

 皇帝になっても、貴族に嫁いでも、戦場に行っても、だ。そのため一昔前は主と恋愛関係になることが推奨され、幾人かのお付は皇太子や皇女を生み、女帝の愛人となったという。


 無論今ではそのような事は無い。生涯仕えるのは変わらないが、結婚もすれば家を持つことも出来る。多忙な仕事ではあるが、衣食住から結婚相手まで皇族に世話してもらえるため、貴族の娘にとっては人気の役職でもあった。


「い、いやぁ、説話ならいくら読んでもするする頭にはいってくるのだが。高尚なわらわの頭にはどうもああいった俗世の知識はこう、なんだ。はいってこないのだ」


 苦笑いしながらグーシュは答える。そう言いながらも四つん這いで這うようにミルシャの隣に移動すると、立ち上がりそっとミルシャの肩を抱いた。


「そう泣くなミルシャ。なーに、わらわの出来が悪かろうが、適当な貴族に嫁いで世継ぎさえ産めばあとは文句は言われん。その後に一緒にのんびり暮らせるばよかろう」


 今ではそのような事はない、が。今でも主従が()()()()()()になることは嗜みと見なされていた。グーシュとミルシャにとっても例外ではなかった。


「そんな事にならないよう僕はグーシュ様には……はぁ、今日はもういいです。夕食のお時間ですよ、まいりましょう」


 グーシャは、ミルシャをいつものように丸め込めた事にニンマリと笑みを浮かべると、老人に小さく礼をいって二人で階段を降りていった。仲睦まじく肩を抱いたまま。

 老人はニコニコとそんな二人を見送ると、静かに二枚のレンズがはめ込まれた星見筒を覗き込み、珍しい星辰の動きを記録する仕事に戻った。


 老人の若い頃。皇族とは畏怖と恐怖と暴力の象徴だった。

 尊大で、強く、恐ろしく、頼もしい。グーシュが言ったとおり重装歩兵として大陸統一戦争に従軍していた老人にってはそういうものだった。


 だが時代は変わった。

 今では戦乱は遠く、大陸全土から争いは薄れ、飢えも駆逐されつつある。

 最近帝都では、虐待され、山に放逐された子供が保護されたという話が話題になっていた。

 こんな事件が話題になるほど今は治安が良いのだ。老人が若い頃ならばこのような出来事はありふれていた。当時は帝都のスラムに老若男女問わず死体が転がっていたのだ。子供一人の悲惨な出来事が帝都で噂になるなど考えられなかった。


  皇族もポスティのように身分や性別に囚われず、老人のような者にも分け隔てなく接する新しい世代が育っていた。

 眉をひそめる者もいるだろうが、老人にはあの親しげな少女が笑顔で説話の話をすることが何より平和の証に感じられた。


「殿下にあの不思議な星の仮説をお聞かせしたいもんだ」


 それが自分が出来るあの殿下に出来る何よりの贈り物になるだろう。

 どうかあの説話好きの殿下とその恋人に幸あらんことを……。

 老人は願いながら、新しく空を流れる星を見るため、星見筒を覗き込んだ。


 しかし、老人が覗く星にはそんな思いを裏切るような。明確な意志があったのだ。


誤字・脱字等ありましたら、よろしくお願い致します。

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