第9話―2 掌握、そして告白
「グーシュ……平気、なのか?」
一木の声は随分と暗かった。
彼から見ると、父親を殺した後にも関わらずテキパキと公務をこなすグーシュが異質に見えたのだ。
「どうした一木、何をそんなに落ち込んでいる?」
だが、当のグーシュにとっては違った。
彼女にとって落ち込む時間はすでに終わっているのだ。
むしろ、皇帝として無能極まりないと感じた父親が、その死によって帝国臣民を一丸とする好材料になった事が嬉しいと感じていたのだ。
だが当然と言うべきか、一木弘和という平成の日本人には理解しがたい感覚だった。
「グーシュ殿下。弘和君はあなたの事を心配しているのです。その……お父上を……いえ、お父上が亡くなられたのですから……」
一木の背後にいたマナ大尉が少しムッとした表情でグーシュを窘めた。
彼女から見ても、グーシュの行動は通常の人間や異世界人とは違って見えていたようだ。
「ああ、気にするな。一木、地球の歴史でもこういうことは珍しくはないだろう? むしろだ。王族皇族にとっては身内をこうして亡くすのは仕事みたいなものだ。祖父祖母父母兄姉弟妹息子娘妻夫……権力や身を守るためにこうなるのは、わらわのような身の上の物には当たり前の事なのだ。そんないちいち心配するな」
そういってグーシュはカラカラと明るく笑った。
一木は年齢相応のその笑顔を見て、またモノアイをくるりと回していた。
だが、それも一回転で終わった。
軽く頭を振るような動作をすると、一木はグーシュに向き直った。
「マナ、大丈夫だ。大丈夫、だ。そうだな、グーシュが大丈夫なら俺も何も言わないよ。何はともあれだ、これからの事を詰めておこう」
「うむ。とは言ってもわらわの方はほとんど仕込みは終わったがな。あとは叔父上がやってくれるだろう」
グーシュの言葉に、一木は軽く頷いた。
「ルーリアト軍への出撃命令とダスティ公爵家への使者の派遣か」
「ああ。帝国内への父上の死と新体制発足。そしてシュシュとダスティ公爵の反乱は通常の帝国通信網で連絡を開始している」
グーシュと一木達の立てた計画の第一段階はこれだ。
まずガズルとグーシュは先ごろの皇族会議を得て帝国の権力を正式に手中に収める。
さらにマンダレーを用いた広域演説により、帝都住民からの支持を得る。
そして、早馬により皇帝が亡くなった事と新体制発足を帝国領内に伝えると共に、帝国軍主力にダスティ公爵領への進軍を命令するのだ。
ルーリアト帝国軍とは、少々特殊な編成をしている軍だ。
まず皇帝直轄の近衛騎士団。
そして宰相直轄の帝都駐留騎士団。
帝国中枢直轄の軍はこれだけで、主力である国軍は帝都には居らず四天王と呼ばれる四公爵家の領地に駐留しているのだ。
この四つの軍団はそれぞれが五万人規模を誇り、平時は公爵家領地及び周辺貴族領の治安維持活動を行っている。
彼らは宰相府の一部局である兵部局が管理しており、命令が無ければ治安維持と自衛以外の権限を持たない。
さらに駐留地と司令官は二年おきに交代となり、駐留先の公爵家との癒着を防ぐ体制となっている。
この奇妙な体制はリュリュ帝が作り上げたもので、精強な軍を作る事よりも反乱を防ぐことに主眼を置いたためのものだ。
結果、将軍と騎士将校達は絶えない人事異動に晒され、常に不慣れな業務をこなしていると言われる純軍事的には微妙な組織だった。
「……だから調査段階から彼らの事はほとんど無視していた……それが却ってダスティ公爵が七惑星連合に参加していた事実を見逃す原因になったのかもしれないな」
「ふん! 一木は悪くないさ。シュシュの事だ。どうせ色仕掛けで公爵家の連中を籠絡して騙しているのだ。まあいい。どうせ詳しい事は派遣した連邦軍が反乱勢力の参加者を捕えればはっきりするさ」
そしてこれが作戦の第二段階だった。
ルーリアト帝国内において軍事活動を準備しつつ、ルーリアト駐留部隊は帝国内への通達無しでダスティ領へ進軍するのだ。
こうすることで早馬や手紙鳥で命令を下し、平時体制から軍事態勢へ移行してから徒歩で進軍するルーリアト国軍を遥かに出し抜いて軍事行動を起こすことが出来る。
そして、当然ながらルーリアト帝国はそれら一連の動きを通常の情報網では知る事が出来ない。
「派遣するのはγ戦闘団。戦車と強化機兵を主力にした師団最強の部隊だ。それを強襲揚陸艦で一気に送り込んで短期間で制圧する。七惑星連合がどれくらいの支援をしたかによるけれど……火星陸軍やカルナーク戦の時のカルナーク軍レベルならどうにかなるだろう」
空を飛べる強襲揚陸艦と機甲部隊の機動力は圧倒的だ。
準備が整えば数時間で進軍可能だで、当然ルーリアト国軍よりも早く作戦を遂行可能である。
「よしよし。そうして制圧した後で、事後通達として一木達は七惑星連合とシュシュたちが手を結んでいたことを通達してくれればいい。そうすれば皇族や官吏達を大人しくさせる目途も付く」
当然ながら、こうすれば地球連邦側としては帝国の主権を侵害した事になる。
帝国貴族を勝手に攻めたのだから当然だ。
とはいえ、帝国にも負い目はある。
ダスティ公爵領が地球連邦と敵対する勢力と手を結び、その上一木達が襲撃により負傷した点だ。
だが……。
「無断進軍によって双方の負い目をチャラにしつつ、全力での進軍命令にも関わらず海向こうの国に先を越されたと言う形をとる事で武官連中の首根っこも抑える、か。さすがグーシュ……政治的な思考力は俺なんかよりよほど凄いな」
この一連の策はグーシュのものだった。
一体となって今回の問題解決を図った一木達に対して、グーシュがこの帝国と連邦の対処を分離することによって全ての問題を図る事を提案したのだ。
これにはクラレッタ大佐が驚きの声を上げていたので、一木は感心しきりだった。
「世辞はよせよ。ただ、まあ……一つ気がかりなのは。……勝てるのか? 相手はジンライ少佐を一瞬で切り刻んで、クラレッタ大佐を出し抜いて逃げおおせたのだぞ?」
「そこは考慮した上で作戦を立てたよ。詳しくは……後にするが、戦車と強化機兵。軽巡洋艦と護衛艦、航空隊の支援があれば火人連のサイボーグ相手でも心配ないそうだ」
(まあ……相手がンヒュギなんかの古代種族じゃなければだが……)
危惧するべきはその点だったが、この懸念は猫少佐が太鼓判を押した。
曰く。
未知の存在を見逃すような調査を諜報課は行っていないし、初期調査時にはザンスカール旅団がアイアオ人士官による調査まで行っている。
これで見逃す可能性は皆無であり、いたとしたらどの道地球の科学を遥かに凌駕した存在であり、対策を立てる事は不可能。
無理な心配はせず任務に邁進すべし、との事だった。
(後半の投げやりな言葉はともかく、猫少佐とザンスカール旅団の調査は信頼できる。やれるはずだ)
一木の心中を知らないグーシュは嬉しそうに笑った。
実に、楽しそうに笑った。
姉を殺せる喜びの笑みだと知らなければ、グーシュに惚れる程のいい笑顔だった。
「あ、そうだ一木」
そんな笑顔に一瞬見とれていた一木だったが、唐突に真顔になったグーシュに呼びかけられ我に返った。
「お、おお! なんだグーシュ?」
妙に慌てる一木を訝し気に一瞥した後、グーシュは口を開いた。
「実はな。作戦終了後に人心安定と体制強化のために考えている事があるんだが……聞いてくれるか?」
「人心安定と体制強化? いったいなんだ?」
食料の配給などかな、などと思い一木は軽い気持ちで聞いた。
「わらわと婚約しないか?」
「……………………はっ?」
その言葉を聞いた瞬間、一木の思考は完全に停止した。
問いかけたグーシュが不思議そうにする中、一木の背後から素早くマナ大尉が飛び出した。
「ね、NTRですか!!!???」
一瞬意味が分からず、グーシュは目をぱちくりさせた。
次回更新予定は18日の予定です。
次回もお楽しみm(__)m




