第8話―5 証明
「我らは帝城の衛兵だぞ!? なぜここを通さない!」
謁見室に通じる通路の入り口で数人の衛兵が怒声を上げた。
謁見室から響いた物音に気が付き、急行した彼らの目の前には通路を封鎖する二人のお付き騎士と、五名のアンドロイドが立ちふさがっていた。
彼女たちはグーシュとガズルによって謁見室警備のため配備されていた部隊で、近衛騎士が全員捕らえられた後の混乱を利用して帝城内の主導権を握っているのだ。
そのため、衛兵たちは突然割り込んできた彼女たちに持ち場と権限を奪われ、ちらつかされる武力も相まって逆らうことが出来ないでいる。
とはいえ困惑し、主導権を持っていないのはお付き騎士達も同じだった。
「が、ガズル様とグーシュ様のご命令です……」
「なんだと!? 海向こうの奴らを帝城に入れて……それが皇太子殿下のご命令だと言うのか!!」
「か、彼女たちは我々の監督下にありますので、どうかこの場は……」
彼女たちはグーシュによる命令を受け名目上は”地球連邦兵の監督”のため皇族の護衛任務を一時的に解除され帝城に赴いていた。
しかし必要最低限以外何も語らないSS達となんらコミュニケーションをとれず、今も衛兵たちを押しとどめながらも背後にいるアンドロイド達をチラチラと困惑の目で見ていた。
眼前には謁見室に入れろと怒鳴る衛兵。
背後には無表情のまま鉄弓を構える歯車騎士。
まだ若いお付き騎士達はどう判断してよいのか板挟みになり、文字通り身動きが取れなくなっていた。
そんな時……。
「グーシュ殿下だ」
小さな、しかしはっきりとしたアンドロイドの呟きがお付き騎士の耳に入った。
そのお付き騎士は、思わず背後を振り返り、そして廊下の向こうから小走りで向かってくるグーシュを目にした。
「殿下だ!」
お付き騎士の言葉に反応して、その場の全員がグーシュの方を見る。
グーシュはそれに気が付くと、気が抜けたように膝をついた。
「いけない!」
何事かわからずに思わず立ち尽くす衛兵とお付き騎士達に比べ、アンドロイドの動きは素早かった。
いち早くグーシュの元へと駆け出していく。
一瞬後、他の者達も後を追う様にグーシュの元へと駆けよった。
「グーシュ殿下、どうしました?」
「殿下!」「殿下!」「殿下!!」
グーシュの元へと駆け寄った者達が見たのは、右腕に深手を負い血を流すグーシュの姿だった。
あっけに取られる衛兵とお付き騎士をよそに、アンドロイドは素早くベストのポケットから止血帯を取り出し、グーシュの腕に巻いていく。
グーシュは一瞬苦痛に顔を歪めるが、自分を囲む者達を見渡すとか細く叫んだ。
「会談中に襲撃を受けた! わらわはいい……早く、早く父上を……」
「こ、皇帝陛下が!?」
「しかし、殿下は……」
想定外の出来事に狼狽える衛兵とお付き騎士だが、手当てをしていたアンドロイドが無機質な声を張り上げた。
「グーシュ殿下は我々が応急処置を行います。皆さまは早く皇帝陛下を」
「う、うむ……」
「海向こうの兵よ、任せたぞ!」
アンドロイドの言葉に衛兵たちは駆け出した。
お付き騎士も数秒迷った後にグーシュの方を振り返りながら駆けだしていった。
余談だが、彼女たちは後に医療に優れた地球連邦兵を先に行かせるべきだったと悔やむことになった……。
そうして謁見室に辿りついた衛兵とお付き騎士が見たのは、激しい戦闘の後だった。
地球連邦軍の将軍である一木が甲冑を全身へこませて倒れ伏し、彼の側近である女兵士達が苦悶の表情で座り込んでいる。
そのうち一人など、全身を細切れにされて無残な姿をさらしていた。
指や手足の部品が散らばっていなければ、彼らはそれが人間の形をした存在だとは気が付かなかった程だ。
「いったい……何が……」
衛兵たちは無論唖然としていたが、お付き騎士達の衝撃はその非では無かった。
彼女たちは地球連邦軍の力を知っているのだから、当然だった。
イツシズの手勢約千人を一瞬で皆殺しにした彼らが、ここまで無残な姿をさらしている。
その事実は彼女達を青くさせた。
「そ、そうだ。陛下!」
「陛下!!」
だが彼らが立ちすくんでいたのはわずかな時間だった。
慌てて皇帝いる謁見室の奥へと駆けて行った。
「ああ! へ、陛下!!」
「宰相閣下まで……」
そうして彼らが目にしたのは、喉を切り裂かれて完全に絶命した宰相と、胸に短剣が突き刺さったまま倒れている皇帝の姿だった。
衛兵達は皇帝に触れる不敬を逡巡したが、皇族との付き合い方に慣れているお付き騎士達の動きは素早かった。
一人が皇帝を抱きかかえて身を起こし、もう一人が脈を診る。
しかし、触れた瞬間に二人はびくりと体を震わせた。
「どうした、陛下は、陛下の御容態は!?」
「早く医者を……」
急かす衛兵たちに、お付き騎士達は顔を見合わせて何も言えなかった。
冷え始めた体とピクリとも感じられない脈が、皇帝の死をはっきりと示していた。
「お前たち……!」
そこに、アンドロイドに抱えられてグーシュが戻ってきた。
衛兵たちが見ると、二十名ほどの地球連邦軍の部隊と医官と思しき白装束の者を引き連れてきていた。
「父上は……父上はどうだ? わらわは、守れなかった……無様に腕を斬られ、命からがら逃げだすしか……」
幼子の様に泣きながらグーシュは訊ねた。
その様子は、普段のグーシュを知る衛兵とお付き騎士からすれば信じられないものだった。
その姿を見て、尚更皇帝の死を伝える事が出来なくなった。
「で、殿下。陛下は……」
「ああ! が、ガズル殿は無事でございます殿下!」
そんな彼らの迷いは、独りの衛兵が皇帝の椅子の後ろに倒れていたガズルの無事を伝える言葉で無為になった。
その声を聞いた瞬間、グーシュの顔から表情が消える。
ガズルを介抱していた衛兵が自身の言動に罪悪感を覚え気まずそうにする中、グーシュは衛兵とお付き騎士を押しのけて皇帝の体に縋りついて泣き喚いた。
「あああああああああああああああああああああああ! 父上、父上ええええええええええええ!」
そこには普段の威厳も、自信に溢れた尊大なまでの威光も無かった。
だからこそ、衛兵とお付き騎士達にはその姿が本当の悲しみに、見えた。
「皆……ここは一旦下がれ」
そんな衛兵とお付き騎士に声を掛けたのは、ガズルだった。
「が、ガズル様……ご無事ですか? 一体……何が?」
縋るようにお付き騎士が尋ねると、ガズルは体を震わせ、憎々し気に絞り出すように声を発した。
「シュシュだ! シュシュリャリャヨイティが……謀反を起こしたのだ」
「しゅ、シュシュ殿下、がですか!?」
「そんな馬鹿な」
衝撃を受ける衛兵とお付き騎士達を、ガズルはゆっくりと見回した。
「信じがたいだろうが本当だ。グーシュが海向こうとの連携を訴え、一木殿たちが説明のため訪れた瞬間に、突如としてシュシュが現れたのだ……一木殿の国の敵対者の兵を連れてな」
「う、海向こうの国がもう一つ!?」
「だから彼らがあれほど……」
お付き騎士が助け出されている一木達を見る。
彼女は身体を切り落とされ、またはえぐられた海向こうの兵の姿を見て震えが止まらなかった。
あの彼らが、あそこまでやられる存在。
想像もつかない恐怖だった。
「が、ガズル殿……しかしですね……」
とはいえ、衛兵には疑問が山ほどあった。
厳重な警備下にあったここにどうやってシュシュが侵入したのか。
もう一つの海向こうの国とは何か。
なぜシュシュが謀反を起こし、皇帝を害したのか。
だが、彼らの疑問を抱えた視線に対し、ガズルは厳しい目つきでそれを制した。
「すまないが、詳細は公式発表まで待て。治療や兄上達の処置は……非常時故海向こうに一旦委ねる」
「ええっ! そ……それは流石に……」
皇帝の遺体を他国にゆだねると言う事に、流石に衛兵たちは疑念を抱いた。
しかし、ガズルは有無を言わせなかった。
「……詳細はお前たちには言えぬが、シュシュがここに侵入したという事は……城内にシュシュの手勢がいる可能性もあるのだ。あいつの手が入っていないのが確実な者は、今城内には海向こうの国しかない……。お前たちは取り急ぎ帝国臨時会議の招集を宰相府に要請しろ。兄上が……亡くなった穴を早急に埋めねばならぬ。さもなくば、国が……滅ぶぞ!」
有無を言わさぬガズルの言葉に、衛兵とお付き騎士達は慌てて駆け出して行った。
帝城の衛兵としては、状況を考えれば正しい行動とは言えないものではあった。
だが彼らは、国家存亡の危機を背負いかねない場所での活動から、一刻も早く解放されたかったのだ。
混乱のまま、謁見室からルーリアト帝国の人間が消えた。
「あああああああああああああ………………ゲホゲホッ! げえ……泣き過ぎてむせた……どうだ、行ったか?」
すると、先ほどまで泣き叫んでいたグーシュが声を止め、けろりとした表情で顔を上げた。
ガズルはそれを見やると頷いた。
「よーし……とりあえずは上手い事芝居が出来たな……一木ー! 大丈夫か? クラレッタ大佐に殴られ過ぎて壊れてないか?」
グーシュが一木達に声を掛けると、一木とアンドロイド達はボロボロの体でのっそりと立ち上がった。
七惑星連合との対峙と、たった今行われた小芝居のためにわざと壊したボディが堪えたのか心なしか憔悴しているようだ。
そんな様子の彼らを見ると、グーシュはいつもの様に自信ありげな笑みを浮かべた。
「シャキッとしろ一木! さあ、演技は終わりだ。これからの悪だくみといこうか?」
いつもの威厳と好奇心にあふれた笑顔で、グーシュは言った。
更新が大幅に遅れ申し訳ございませんでした。
多忙かつ体調不良のため、しばし予告日時に関して大目に見ていただけると幸いですm(__)m
次回更新予定は12日の予定です。
よろしくお願いします。




