第8話―4 証明
「殿下、ポスティ殿下! 何のつもりです!?」
グーシュが一歩近づくごとに、宰相はあからさまに狼狽えた。
「グーシュ……頼む……ワシの事はいい……シュシュと争うのは、やめてくれ」
グーシュが一歩近づくごとに、皇帝は懇願した。
「クラレッタ大佐! いくらなんでも……」
「いいえ、司令……これは、帝国の……現地政府の問題ですので……我々は基本的に不介入です」
グーシュが歩みを進める最中、背後からは一木とクラレッタ大佐の問答が聞こえた。
ここまで来て事情をようやく悟ったのか。
グーシュがやろうとしている事を目の当たりにして気が引けたのか。
どちらにしろ、お人好しな一木らしい。
だが、そんなお人よしの思いやりが、目障りであると同時にありがたかった。
「そんな、今更……」
「ええ、今更です。ですが、一木司令の言う事はダブルスタンダードですよ。兄は良くて父親はダメというのは筋が通りません。僭越ですが、あなたはもう少し他人の事情を組むよりも、もう少し利己的に生きるすべを覚えた方がいいでしょう」
そのクラレッタ大佐の声を最後に、一木は黙ってしまった。
「そうだ、それでいい」
グーシュは自分に言い聞かせるように呟いた。
決めたのだ。
全てを手に入れ、遠くに行くのだ。
海向こうを越え、042艦隊のあった宇宙を越え、空間湾曲ゲートを越えた彼方へと。
さあ行くぞ。この歩みこそ、その第一歩だ!
グーシュは迷わず、歩み続ける。
そんなグーシュの前に、ガズルが立ちふさがった。
顔を見ると、まるで死人の様に憔悴していた。
あの能天気な色狂いの表情とは思えなかった。
「グーシュ……決めたのか?」
「ああ、証明せねばならないからな」
短い問答の後、数秒の間グーシュはごく短い間に急速に親しくなった叔父をジッと見つめた。
性欲さえ解消されれば有能な男だ。
つまり、今のガズルは全てを察していると見ていい。
「ガズル殿! ポスティ殿下はご乱心だ、止めよ! 衛兵、衛兵ー!」
無論、となれば宰相も察している。
ブツブツと懇願する皇帝とは違う。
ガズルに足止めを頼み、衛兵を呼ぶことからも明らかだ。
だが、残念だがそうはならない。
この謁見室は当初から連邦兵とお付き騎士が警備している。
帝城常駐の兵は近づけず、そして皇帝たるサールティ三世にはお付き騎士がいない。
そして、ガズルは……。
「叔父上、止めるのか?」
グーシュが尋ねると、ガズルは無言で懐から刃物を抜き、構えた。
背後から一木達が身じろぎした音が聞こえ、宰相が小さく歓声を上げた。
だが続いてのガズルの発現は、彼らの想像とは違うものだった。
「……グーシュ、これを使え。街で買った護身用の安物だ。拳銃やら皇族の刀よりは足が付かんだろう」
「んなっ!?」
宰相のうめき声が聞こえた。
グーシュは静かにガズルの顔を眺めた後、その刃物を受け取った。
包丁を細くしたような、雑な刃物だった。
「良いのか?」
グーシュが尋ねると、ガズルは一筋だけ涙を流した。
「こうなったのも俺のせいだ。本当は、どうにかなったんだ。アンドロイドがいなくても、欲を満たせば政務をこなすことも出来た……俺は、皇帝っていう重荷が嫌でみっともない色情狂を装って全てを兄さんに押し付けたんだ……。兄さんには皇帝が重すぎる事が分かっていたのに……」
そこまで言うと、ガズルは崩れ落ちる様に膝を突いた。
涙はもう流れていないが、死人の様に青白い顔は苦悶に歪んでいた。
「そしてまた、重荷をお前に背負わせる俺を許してくれ……」
「なあに、兄上を殺したんだ……それにこれから姉も殺す……間に父上が追加されただけだ」
そう言うと、グーシュは歩みはじめた。
そしてその歩みを、どんどん早めていった。
いよいよ宰相の狼狽は激しくなり、辺りをきょろきょろと見回しだす。
だが当然、彼の期待する衛兵はいない。
いるのはただ、背後の玉座に座り込む老いと絶望に蝕まれた主君だけだ。
「あ、あああああああああ!」
老宰相は叫び声をあげると、腰の儀礼刀を抜いてグーシュに斬りかかってきた。
文官として長年勤めてきた老人の動きは、悲しい程鈍かった。
しかし、グーシュはその斬撃を右腕で無防備に受けた。
高周波ブレードの振動からすこしだけ回復した右腕。
その手首と肘の中ほどに刃が食い込み、骨に少しだけ傷をつけて止まった。
激痛が走るが、グーシュは小さく笑みを浮かべた。
理想的な傷だったからだ。
「ありがとう宰相……ちょうどいい傷を、ありがとう。そして、今まで帝国を支えてくれて、ありがとう」
グーシュは顔を苦痛に歪ませながらも、放心状態の宰相にねぎらいの言葉を掛けた。
宰相の顔は、恐怖に歪んでいた。
「ゆっくり休め」
その一言と共に、グーシュは切られた右手から左手に持ち替えた刃物で宰相の首を切り裂いた。
血があふれ出す喉元を抑え倒れ込んだ宰相は、しばらくひゅーひゅーという音を立てて震えていたが、やがて静かになった。
そんな宰相の姿を眺めていたグーシュは、その足を皇帝の……父親の眼前にまで進めた。
父親の姿は、完全な老人のそれだった。
母親の言う偉大な皇帝は、すでにどこにもいなかった。
「皇帝陛下……お覚悟を」
グーシュは最後の言葉を、皇女から皇帝に対して掛けた。
グーシュは父親に、偉大であって欲しかった。
たとえ、どんなに酷い扱いをされても。
たとえ、どんなに嫌な事をされても。
父親には……いや、サールティ三世には偉大な皇帝であって欲しかった。
「グーシュ……どうか、どうか……シュシュとは争うな。ルイガばかりか、シュシュとまで争うな……頼む、姉妹で仲良く……」
だが、彼は最後まで父親だった。
グーシュは幼子の様に顔をくしゃくしゃにして泣きながら、刃を皇帝の胸に突き立てた。
そんな状況でもどこか冷静な心で、返り血を浴びないように刃物を抜かずに胸に刺したまま手を離す。
「ガフッ、あ、が……」
苦痛に耐えきれず、皇帝は椅子から床に倒れ込んだ。
その息が絶えるまで、グーシュはじっと哀れな父親の姿を眺めていた。
さあ、帝国は彼女のものだ!
という訳で話がそろそろ本格化していく、はずです。
次回更新予定は6日の予定です。
お楽しみに。




