第8話―2 証明
こいつは何を言っている?
「グーシュ……ルイガを死なせた上にシュシュまで死なせることはあるまい……」
国家の大事に……。
「属国統合体には伝手がある……ダスティ公にも無論な。ここは交渉で穏便に済ませるのだ」
あいつを許せだと!?
グーシュの心の中で急速に怒りが強まっていった。
先ほどまでの、どこか人為的な怒りではない。
母親のリャリャの教え。
偉大な兄と父という幻想の、最後の寄る辺。
その父親の皮がはがれていくのをまさに目にしている事実が、グーシュに尋常ではない怒りをもたらしていた。
そんな感情が当然の様に表情にもしみだしていたようだ。
懇願するような皇帝の言葉の後で、宰相が窘める様に口を開いた。
「ポスティ殿下。皇帝陛下の御前ですぞ。その凄まじいお顔を何とかして頂きたい」
グーシュの心中を見透かしたような言葉に、感情を抑えきれずグーシュは宰相を睨みつけた。
だが、老獪な宰相は動じない。
それどころか、両手を広げてグーシュはおろか一木達にも語り掛け始めた。
「一木将軍と幕僚の方々。まあ、敵対者の存在を黙っていたことに関しては何も言うますまい。隠したと言うほどの事で無し、交渉事ではままある事……。それにあなた方は大恩ある方々。感謝している事に関して変わりはありませぬ」
火人連という敵対者の存在に関しては何も言わない。
宰相の一見甘い言葉に、グーシュも一木も、そしてアンドロイド達もかえって身を引き締めた。
だが、クラレッタ大佐だけは目の前の老異世界人を値踏みするように見つめていた。
「ですので、我々ルーリアト帝国はあなた方の手伝いがしたいのです。そう、我々にしか出来ない事がありますので……」
「手伝い……?」
宰相の言葉に一木がモノアイを動かしながら聞き返した。
続いて何かを言いそうになるが、それをクラレッタ大佐が制して一歩前に出た。
今は彼が外務参謀だ。
それにこの難しい局面に一木では対処が難しいと考えたのだろう。
「宰相閣下。地球連邦軍異世界派遣軍第042機動艦隊外務参謀のクラレッタと申します。それで、あなたのおっしゃる手伝いとは?」
「ええ、簡単な事です。我々は中立を宣言いたします」
事も無げに言った一言は、グーシュと一木を驚愕させた。
だが、当然それだけではない。
「その上で我々はルーリアト統合体単体と和平交渉を行いますが、それと並行してあなた方と七惑星連合とかいう組織の和平仲介を行おうと思います……どうですか、悪い話ではないでしょう?」
「宰相!!!」
思わずグーシュは声を荒げてしまった。
宰相にもっとも言われてほしくない中立と仲介者の道を提示されてしまったからだ。
「なんしょうかポスティ殿下?」
口の端を少しだけ上げて宰相は聞き返した。
それを視線で射殺すさんばかりに睨みながら、どうにか中立案の穴が無いかと思考した。
「そんなものは空想した肉だ! そもそも帝国は中立足り得ないであろうが! 我々は七惑星連合の構成勢力の一つであるルーリアト統合体の対立勢力なのだぞ!」
グーシュの言う通り、ルーリアト帝国は中立足り得ない。
現状においてまさに七惑星連合と対立する当事者なのだ。
だが、宰相は涼しい顔で答えた。
「まさにその通り。ですので、先ほどの中立というのは言葉違いですな。とはいえやる事はかわりません。我々は敵対も争いも望みませぬ。ましてや相手が地球連邦同様の海向こうの国ならば尚の事。違いますかな?」
「それならば、わらわ達は地球と一体となって反逆者と戦うべきであろう!! 現に先ほどの連中の行動が証明しているではないか!? 奴らはいきなりこちらに攻撃してきたのだぞ?」
「先ほどの一点だけを見れば、ですな。とはいえ実際の事情や、向こうの言い分も聞きませぬと。ああ、実際に先ほどニュウ神官長と言う人物は言っておりましたな。”帝都で襲撃された”と」
グーシュは暗澹たる気持ちになった。
狼狽している事に加え、そもそも宰相とグーシュとでは政治に携わった経験が違った。
その上で、宰相という人間はあまりにも皇族に近い人物だった。
つまるところ……。
彼には皇族と言う立場も、実情を知るが故にグーシュのカリスマも、それらを利用して作り出す勢いも通用しないのだ。
故に口先では勝てない、覆せないのだ。
「それ、は……」
ついに口ごもったグーシュに、宰相は笑顔を浮かべて言った。
「そうです。分からないのですよ。誰も、先ほどの争いの実情など分からない。無論地球の方々はお分かりでしょうが、それは一方の主張に過ぎない。だから、我々は向こうの言い分を知るためにもヨイティ殿下の主張を詳細に聞き、その上で判断する必要があるのです」
そこまで言うと宰相は小さく鼻を鳴らした。
勝ち誇られた。
そう感じたグーシュの怒りがさらに募った。
「殿下、私の主張はおかしいでしょうか? 話を聞き、その上で判断する。よしんばうまくいけば、帝国と統合体の争いはいったん棚上するかまたは並行的に交渉して、我々は地球と七惑星連合の仲を仲介する……あなたの武力一辺倒の主張よりは、余程正しいと思いますが?」
冗談ではない!!!
グーシュはもはや憎悪を込めて宰相を睨みつけた。
そんな事になれば、ルーリアト帝国は地球連邦へ加入するどころではない。
仲介者としての立場が明確化されてしまえば、もはや連邦への加入は不可能だ。
グーシュは帝国の皇族として、一生この国で生きていくことになる。
(そんな……そんな未来、わらわは認めんぞ!)
「その主張、認めるのもやぶさかではありません」
不意に聞こえたクラレッタ大佐の声に、グーシュは慌てて振り向く事になった。
「どうでしょうか、グーシュリャリャポスティ第三皇女殿下?」
まるで値踏みするかの様な言い方に、グーシュは困惑してクラレッタ大佐を眺めた。
投稿が遅くなり申し訳ございません。
本日も投稿予定ですので、よろしくお願いします。




