第7話―5 決別
「無理だグーシュ……ジークが瞬殺されるような相手なんだ。帝都の駐留部隊じゃ出会う端からやられちまう。対抗可能な参謀型で分隊を組めばあるいは、だが……」
檄を飛ばすグーシュを、殺大佐が窘めた。
ここで、ようやくグーシュの脳みそも冷えてきた。
怒りが渦巻いていた頭から排熱するように息を吐くと、グーシュは本来の思考がミルミル戻ってきたような感覚を覚えた。
「そう、だな。すまん。事前の会議でも言っていたな、相手のサイボーグへの対抗は既存部隊では困難だと……つまらないことを言ったな」
「いえ、殿下。構いません」
殺大佐が皇帝の方を一瞬チラリと見ながらグーシュに頭を下げた。
さすがに皇帝の前でグーシュにあまり気やすくするのは気が引けるらしい。
(……しかし、妙だな。シュシュの奴に銃を撃ったら途端に頭が冷えてきたぞ……やはり、先ほどまでの怒りは異常だった……)
この会談が始まり、途中でシュシュリャリャヨイティと仲間たちが乱入してからこっち、グーシュの頭はとてつもない怒りで濁っていた。
なぜだか分からないが、シュシュリャリャヨイティを消したい欲求に駆られ続けていたのだ。
(……シュシュが嫌いすぎてどうにかなったのかと思ったが、どうも違うな。とすると……アイムコ、奴か)
グーシュはこの異常な感情の暴走を、禿頭の説話作家の仕業だと検討を付けた。
どういう意図かは分からないが、あのナンバーズはシュシュの事をグーシュに撃ってほしかったのだ。
(何が癪かって、あいつの思惑通りに撃ってしまった事だ! あいつめ……いくら師匠でも、次あった時は容赦せんぞ!)
一人心中で決意するグーシュ。
しかし余談だが、グーシュリャリャポスティがあの禿頭の説話作家と出会う事は、この先二度となかった……。
「……しかし、だ……残念なのはジーク大佐だ……ミラー大佐に続いて……」
グーシュが悲し気に嘆く。
すると、いきなり一木以下地球連邦軍の者達はバツが悪そうに互いの顔を見渡した。
「な、なんだお前たち……」
一木達の様子にただならぬものを感じ、後ずさるグーシュ。
そんなグーシュを尻目に、クラレッタ大佐が部屋の隅に歩いていき、そこに落ちていた小さな金属部品を拾った。
どうやら、ジーク大佐の残骸の様だ。
「なんだ、その丸い部品は?」
「なんといいましょうか……実は殿下と皇帝陛下方には黙っていましたが……ジークはこの通り、生きています」
どこがこの通りなんだ!
という叫びを口にする直前、ようやくグーシュはクラレッタ大佐が持っている部品の正体がアンドロイドの中核部品であるコアユニットであることに気が付いた。
※
「くそ……ちくしょう……私の、私のせいだ……ニュウ神官長……」
帝城内の一画にある小さな小屋の中で、シュシュの頬の怪我を治療しながらジンライ少佐が悔しそうに嘆き混じりの嗚咽を漏らしていた。
あの銃撃の瞬間。
二人はニュウ神官長最後の魔法の力で不可視かつ短時間認識不能となり、その隙を突いて部屋を脱出。
予め臨時の避難場所として用意していた城内のこの小屋へと退避していたのだ。
幸いにも二人とも怪我の程は軽く、シュシュは頬を医療用ホッチキスで数針程止めるだけで。
ジンライ少佐に至っては人工皮膚が裂けただけだった。
だが、むしろ重傷だったのは心理的な問題だった。
憎み続けた敵を逃し、その憎悪のせいで七惑星連合の戦略を破綻させ、記憶同期前の盟主の仮想人格を消失させた。
このあまりにも大きな失態に、ジンライ少佐の心は完全に折れていた。
「そもそも私がここに来たのが失敗だった。先輩が死んだのだから、RONIN総副隊長の役職を辞退して……引退すればよかったのだ。そうすれば総隊長人事もスムーズにいった……なのに私は無様に無様を重ねてとうとう七惑星連合そのものに迷惑を……」
ブツブツと自虐めいた言葉を吐きながら、ジンライ少佐はシュシュの頬の治療を行っていく。
シュシュは治療の痛みに耐えながら、同時にジンライ少佐の泣き言にもジッと黙って耐えていた。
数分後、ホチキスの針が打たれるパチっという音が響いた時、シュシュは俯きながら尚も自虐を吐き続けるジンライ少佐の唇にそっと指を当てた。
「むむぅ……ひゅひゅ……」
「ハナコ……気は済みました?」
普段のくだけた口調とは違う、厳しい調子の言葉だった。
ジンライ少佐は、泣きそうな目のまま首を小さく横に振った。
「そう、でももう済ませなさい。私たちには立ち止まっている暇なんてないの」
「……」
諭すように語り掛けるシュシュだが、まだジンライ少佐は煮え切らない態度だ。
そんな様子を見て、シュシュは一瞬迷った。
厳しく引っ叩くか、優しく抱擁するかを、だ。
しかし……。
(なんか……どちらもグーシュがやりそうな励まし方で癪ね……)
根はグーシュが嫌いな彼女は、大人しく少佐を口頭で説得することにした。
「ハナコ。あなた、今の本心じゃあないでしょう?」
シュシュの言葉に、ジンライ少佐はびくりと体を震わせた。
サイボーグでも、心理的に弱った状態ではこのような反射が身体に現れるのだ。
こういったサイボーグならではの身体反応について、ジンライ少佐との付き合いの長いシュシュは詳しかった。
「私にそんなことないって、言って欲しくてそんな風に言ってるのよね?」
その言葉に思わず目を逸らすジンライ少佐だが、シュシュは唇に当てていた指を話し、ジンライ少佐の顔を両手で掴んだ。
サイボーグの力をもってすれば容易に振り払える、が。
ジンライ少佐は黙ってされるがままにしていた。
「自分を肯定してほしいからって自己否定する癖、直しなさい。あなたは確かに優秀だし、あなたの大好きな先輩のシュロー中佐が死んだ今、七惑星連合で一番のサイボーグよ。けれどね、だからってそんなグダグダウジウジしているようなら、必要ないわ。私も、ククちゃんもアインちゃんもオリジナルのニュウ神官長だって、そんな人は必要ない。シュロー中佐とあなたの後任を他のサイボーグの人にすればいいんですもの」
一息に言ってのけると、シュシュは目が泳いだままのジンライ少佐をじっと見つめた。
そのまま、視線がある程度定まるまでじっと待ってやる。
「さあ、決めなさい。望み通りここで自害するならそれでよし。私は自力で脱出します。それでも、もしもその腑抜けた気持ちを立て直して引き続き戦うと言うなら……私はあなたを私の騎士として、信頼します」
その言葉を聞いて、ジンライ少佐の目から迷いが消えた。
シュシュの目を真っすぐに見つめ返すその目は、泣きそうなか弱い女の目では無かった。
戦士の目だ。
「そう。それでいいわ、ハナコ」
「……シュシュ……ごめん」
「いいのよ。さあ、まずはこの場を切り抜けないと……と、いう訳でこれの出番ね」
そう言うとシュシュは、胸の谷間からコインサイズのメモリーチップを取り出した。
近年ではあまり用いられることの少ない、超小型の記録媒体だ。
「それは?」
「ニュウ神官長が持たせてくれたの。何かあったらこれを見なさいってね」
そう言ってメモリーチップを受け渡されたジンライ少佐は、手首にあるスロットにチップを挿入した。
そして数十秒ほど、ジンライ少佐は沈黙した。
当たり前だが、外部式の再生端末が無ければ、この場ではメモリースティックを見れるのはジンライ少佐だけだった。
「な、なんだって!?」
そんな一分弱の沈黙は、ジンライ少佐の驚愕で破られた。
暇つぶしにジンライ少佐の損傷した鎖骨付近をぺろぺろと嘗めていたシュシュは、驚いて少しだけ飛び上がった。
「ど、どうしたのハナコ?」
シュシュの問いに、ジンライ少佐のは少しだけ口ごもった後、困惑の隠せない口調で答えた。
「なあ、シュシュ……ミッドウェープランって知ってるか?」
次回更新予定は21日の予定です。
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