第7話―4 決別
交渉の体裁を取り繕うとし続けていたニュウ神官長と、一旦矛を収めて手控えていた一木達、そしてその様子を固唾をのんで見守っていた皇帝たちは、グーシュの突然の行動に何ら対処が取れなかった。
皇帝たちに至っては拳銃という存在になじみが無かったため、その意味すら分からなかった。
シュシュの隣にいたジンライ少佐だけがかろうじでシュシュを庇うように半歩だけ前に出た。
だが、それだけだった。
タタンッ!
乾いた様な、ほぼ単一に近い銃声が響き渡る。
「ぐぅ!」
「キャッ!」
グーシュの手元から放たれた二発の銃弾は、一発は庇おうとしたジンライ少佐の鎖骨に当たり、もう一発はシュシュの頬を掠めた。
だが、それで終わりではない。
グーシュが使用するM65拳銃は5.5mmケースレス弾を使用するため、マガジンを銃身下部に平行に取り付ける。結果持ち手が細く持ちやすいが、弾数が減るほど銃身の先端から軽くなる欠点がある。
つまり弾数が減るごとに銃の跳ね上がりが酷くなり命中精度が下がっていくのだ。そのため連射は二発までとされていた。
グーシュはその教えに忠実だった。
ようやく周囲がグーシュの動きに対応するべく動き出すその瞬間、止めの射撃を行うため、指に力を込めた。
(させない!!)
次はシュシュに当てる。
そう確信したニュウ神官長は、今の自分にとっての禁じ手を使う事を決断した。
仮想人格に過ぎない今の自分にとって致命的なまでにエネルギーを消費し、さらに地球連邦の人間やアンドロイドに最大級の警戒感を抱かせる、最悪の禁じ手。
(それでも……!!)
ニュウ神官長は杖を素早く頭上に掲げると、渾身の叫びを上げた。
「光壁よそこにあれ!!!」
ジンライ少佐とシュシュの目の前に、半透明の光の壁が突如現れた。
二人の眼前には小さな火花が飛び散り、小さな鉄の塊が引っかかるように停止していた。
魔法。
一部の異世界でそう呼ばれる技術だ。
空間に満ちる特殊な粒子を、脳の特殊な器官で操作可能な一種の小型ナノマシンを触媒に操作することで不可思議な現象を引き起こす未知の技術。
M粒子と呼ばれる粒子の存在しないルーリアトでは本来不可能な技だが、ニュウ神官長は仮想人格である自分自身を構成するのに用いていた粒子とナノマシンを用いる事で、本来の彼女が使用可能な技より遥かに劣りはするが魔法を使用可能にしたのだ。
光壁よそこにあれは自身が指定した対象を防護する魔法だ。
叫びと共に一瞬で発動したその魔法は、彼女が用いた魔法を元にした地球の創作物のそれとほぼ同様の効果を発揮し、貫通力に優れた5.5mmケースレス弾を二発とも見事に止めて見せた。
だがそれは、ニュウ神官長自身が覚悟していた結果をもたらした。
一つは当然ながら、存在の構成材料を消費した事による急速なニュウ神官長という存在自体の消失だった。
ジンライ少佐の内蔵コンピューター内にデータと粒子とナノマシンの混合物として存在していた彼女は、粒子とナノマシンが無ければ仮想人格を立ち上げるきっかけとなる単純なプログラムでしかない。
それ単体では仮想生命体として限界し続ける事が出来ないのは当然だった。
しかし文字通り薄れゆく彼女には、すでに時間など無かった。
科学的に解析困難な魔法技術を、地球連邦軍ではひと際警戒していた。
発動に粒子とナノマシンが介在していることすら、カルナークのアイオイ人の協力なしでは近年まで分からなかったのだ。
そんな未知の危険視する技術が、一木弘和という重要人物がいる場で、そもそもが警戒対象である人物が使用すればどうなるだろうか?
「かはっ……」
ニュウ神官長の口から、息が漏れるような音が響き、彼女の胸部からクラレッタ大佐の拳が突き出していた。
魔法使いは認識と同時に無力化せよ。
異世界派遣軍のSSに叩き込まれる基礎命令だ。
よほどの事や命令が無い限り、SS達は魔法を使用可能な存在を認識次第無力化を行う。
穏便な状況や平時の異世界でならば単純な拘束で済ませるが、戦時下の異世界では当然の様に殺害を含む処置が行われる厳しい命令だった。
そしてこの状況下でクラレッタ大佐は、当然のごとくもっとも安全を確保可能な手段でそれを実行したのだ。
しかし……。
「彼の者隠者の如し!」
「なに!?」
クラレッタ大佐が驚愕する中、再び魔法を用いるニュウ神官長。
効果が分からず警戒するアンドロイド達をよそに、彼女は満足げに笑みを浮かべた。
「……これは、私の失敗です……少佐、シュシュさん……逃げ……」
「ちぃ!」
薄れゆく体で、言葉を紡ごうとするニュウ神官長の首を、遅ればせながら駆けてきた殺大佐が剣で切り落とした。
それと同時に、幻の様にニュウ神官長は消えていった。
「くそ、クラレッタ兄すまない……」
「謝っている場合か殺! 総員警戒! 代将と陛下たちを守れ! さっきの魔法の効果も分からないんだから、警戒を怠るな!」
殺大佐とクラレッタ大佐が慌ててグーシュや皇帝の護衛に入り、マナ大尉とシャルル大佐が一木の護衛に入る。
彼女たちは焦っていた。
二回目の魔法の効果が分からなかったからだ。
最悪、この部屋ごと爆発させるものかもしれないことを考えれば、無理からぬことだった。
だが、そんな緊張感をグーシュの叫びがかき消した。
「ば、馬鹿者! 何をしている、効果など判り切った事を! サイボーグとシュシュが消えているのが分からないのか!?」
瞬間、言われて初めて気が付いた、という風にグーシュ以外の視線がジンライ少佐とシュシュが立っていた場所に向いた。
そこにはもはや何者の姿も無く、見回しても部屋のどこにも二人の姿は無い。
「サイボーグ……シュシュリャリャヨイティ……馬鹿な、どうして気が付かなかった!? あの位置にいる二人が消えれば、いくら何でも……」
唖然とした様子でクラレッタ大佐が呟く。
自分自身がほんの数十秒とはいえ人間が消えた事に気が付かなかった事を信じられないようだった。
数秒程の沈黙のあと、一木がポツリと呟いた。
「……それも恐らく、魔法の効果なんだろう。姿だけではなく、そこにいると言う認識自体を消失させる……しかもアンドロイドにまで効果を及ぼすのか……」
恐ろしい事実に驚きを隠せないアンドロイド達は、思わず構えたまま絶句していた。
「ええい! クラレッタ大佐らしくも無い! 周囲の部隊に非常線を張らせて追撃させる事は出来ないのか!?」
ただ一人、グーシュだけが檄を飛ばしていた。
投稿が遅れ、申し訳ありませんでした。
本日も投稿予定ですので、お楽しみに。




