第7話―2 決別
火星陸軍特殊部隊”RONIN”対アンドロイド戦闘特化型”第一種兵装”。
空間戦闘型”第二種兵装”。
射撃戦闘型”第三種兵装”。
決戦仕様型”最終兵装”。
RONINのサイボーグの四つある兵装の中でも最も基本的な兵装であり、重力下で機動力を主体として戦うための装備である。
肩甲骨と足裏に装備された小型スラスターユニットと両腕のアンカーランチャーを用いた立体的起動を武器に白兵戦を挑み、対弾性の高いアンドロイドを手足の切断により行動力を奪ったうえで撃破するのが基本戦法となる。
そしてジンライハナコの突進はその名と兵装のスペックに恥じないものだった。
十数メートルの距離を凄まじいまでの加速で一木に対して一直線に向かっていった。
その速度はろくな予備動作も無しに最高速に達し、アンドロイド達以外からは叫んだ瞬間に姿を消したようにしか見えなかった。
勿論一木も例外ではなく、モノアイとボディのコンピューターが捉えても脳が認識することが出来なかった。
棒立ちのままの一木に突進する、憎悪に満ちたジンライハナコ。
だが、当然ながらそれに反応する者達がいた。
一木の周りにいたアンドロイド達だ。
彼女たちは人間では認識すら出来ないような高速の世界でも見事に対応して見せた。
最初に動いたのはマナ大尉だった。
一木を守るべく、衛生兵が抱える担架兼用の巨大な盾を前方に構えた。
だが、彼女の動きはそこまでだった。
通常のSSである彼女には、RONINの超高性能サイボーグや参謀型SSの速度についていくことは不可能だった。
だが、マナ大尉が一木についた事を見て取った四人の参謀たちの対応は見事だった。
殺大佐とシャルル大佐が素早く一木の左右に展開すると、殺大佐が両手に柳葉刀を。シャルル大佐がAM10高周波ブレードを構えた。
そして一木の真正面にはクラレッタ大佐が立った。
構えは無い。
異世界派遣軍のアンドロイド用格闘術を独自に発展させた彼の戦闘スタイルには、構えは必要ない。
そうして素早くジンライハナコを迎え撃ち、一木を守る構えをとった彼女達だったが、それで良しとはしなかった。
一木の頭の上に載っていたジーク大佐が、一木の頭を足場に軽快に飛び出した。
小柄な彼女は元強襲猟兵という経歴も相まって、クラレッタ大佐に次いで白兵戦能力に長けている。
むしろ、武器戦闘術や相手を撃破するという観点に立てば凌駕するほどだ。
ジーク大佐が迎撃し、中衛の三人がその隙を突く。
マナ大尉の位置にミラー大佐が入り指揮官を護衛し、ダグラス大佐、ミユキ大佐が指揮、後衛として支援を行う。
迎撃成功後はポリーナ大佐が単身追撃を掛ける。
それが彼女達姉妹の基本的戦法だった。
破られた事の無い、必勝の戦法だった。
飛び出したジーク大佐が、彼女の想定を超えた速度で肉薄してきたジンライハナコに全身を小間切れに切り裂かれるまでは。
身構えていた殺大佐とシャルル大佐は驚きと恐怖で動きが一瞬遅れた。
サイコロの様になるまで刻まれたジーク大佐が、有機部材とシリコンと樹脂の塊となって宙を舞う。
ジンライハナコは抜刀した対人刀を構えたまま、なおも突撃を続ける。
今の彼女にとって、参謀型アンドロイドなど敵では無かった。
怒りが。
強い感情が彼女の体を構成する”オリハルコン”をより軽く、より強くしていた。
地球では戦闘用アンドロイドの関節部のメタルアクチュエータとして使用されるその特異な金属は、火星では超高性能サイボーグボディを作成するメイン部材として用いられていた。
オリハルコンは通電と同時に特殊なプログラムを流す事で性質や形状を変える万能とも言える金属だが、そのままでは非常に重いと言う欠点があった。
無論プログラムによっては重量を変える事も可能だったが、常時通電状態を維持するには如何にダイソン球を抱える地球連邦でも無理があった。
彼らの抱えるアンドロイドはあまりに多すぎたのだ。
それが故に、オリハルコンというナンバーズがもたらした万能金属はただの便利な関節部材としてのみ地球では用いられていた。
だが、火星では。
たった47人のサイボーグにのみオリハルコンを用いればいい火星でならば。
風の杖という縮退炉を持つ火星でならば、そういったデメリットをすべて無視する事が出来た。
強度、形状、重量、滑り、抵抗。
理想の稼働というものに対して生じる全ての問題を、全身全てがオリハルコンで作成されたジンライハナコは無視してのけたのだ。
科学の果てに物理のくびきから解き放たれた彼女は、その歩みを止める事はない。
(イチギヒロカズ! 先輩の敵……死……!?)
憎悪のままスラスターの推力で突き進むジンライハナコはしかし、恐ろしいまでの死の気配によってその歩みを止めざるを得なくなった。
脚部の形状を風圧によってブレーキがかかる形状に変更し、さらに足裏のスラスターを素早く前面に向けて減速を図る。
通常なら不可能なその動作を、しかし彼女のサイボーグボディと遠方の縮退炉の電力は難なくこなした。
ドンッ!!!!!!
凄まじい爆発音と共にジンライハナコが停止したのと、彼女に肉薄したクラレッタ大佐がジンライハナコの鼻先に砲弾のような拳を放ったの完全に同時だった。
その威力にジンライハナコは憎悪が薄まり、恐怖が湧くのを感じた。
(この縦ロール! 私の動きについてきた!!!)
警戒しなければならない。
ジンライハナコの脳は、爆発するような憎悪から解放されつつあった。
クラレッタ大佐の繰り出した暴力を具現化したような重い拳がそれを成した。
だが、遅かった。
なぜなら、ジーク大佐の体が床に落ちる音と同時に、話し合いの時間は終わりを告げたのだから……。
「あ……し、神官長……シュシュ、わ、私は……」
震える声で背後を振り返ったジンライ少佐は、呆然とするニュウとシュシュを見つめた。
彼女達もまた、急変した状況への理解が追い付いていないようだった。
ジンライ少佐の事情を知っていたニュウ神官長は、あまりの状況に絶望感すら覚えていた。
なぜ、なぜいまここにあのサイボーグが。
よりによって、ジンライ少佐の敵がいるとは。
予想を超える事態だ。
だが、それでも……。
思考を止める訳にはいかなかった。
到底不可能な事態の挽回を求めて、七惑星連合の盟主は思考を巡らせ続けた。
急展開ですが、次回更新予定は13日となります。
お楽しみに。
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