第7話―1 決別
ハストゥールはアンブローズ・ビアスの著作やクトゥルフ神話等に登場する架空の神格、存在の名称。
または、火星都市住民によって信仰されている人工宗教の信仰対象である。
火星では宗教対立を回避し、住民の団結を促すためこの信仰が推奨されている。
余談だが、この人工宗教の信仰対象にはもう一つ候補があった。
ハストゥールの対抗馬だったその対象とは、 空飛ぶスパゲッティーモンスターと呼ばれる存在であった。
どちらを信仰対象にするかで激論が戦わされたが、最終的に住民投票により僅差でハストゥールが選択された。
――地球連邦政府公認wiki、ハストゥールの項目より抜粋。
(盟主、だと!? 地球の敵の、親玉が……ルーリアトに!)
目の前の妙な格好の女を見たグーシュは、驚愕と同時にこの状況を好機だと思った。
七惑星連合。
一木弘和の妻の命を奪い、地球連邦政府に敵対する敵。
しかも、それを構成する面子だ!
ハストゥールと言うのは分からない。
だがベルフとンヒュギ、エドゥディアというのはかつてナンバーズが訪問したという滅んだ筈の文明だ。
そのどれもが地球をしのぐ強大な文明だったはずだ。
カルナークと火人連は言わずとしれた地球連邦の仇敵だ。
カルナークは制圧したと聞いていたが、どういう方法でか残党がいたのだろう。
このそうそうたる面子にシュシュが混じっていたのには驚いたが、そんな強大な連中がノコノコとこんな所に親玉を連れ出してくれたと考えればありがたいとすら思えてくる。
「ニュウとやら、悪いが……」
地球連邦の敵対者にのんびりと話させる気はない。
そう言おうとしたグーシュだったが、それを見越したようにニュウという女がグーシュの方を見もせずに声を発した。
「ああ、申し訳ありませんがグーシュ殿下」
「!」
計ったような言葉にグーシュは思わず息を呑んだ。
見透かされた。
「別室にいる地球人達なら来ませんよ。彼らはまだ殿下が演説していると思っていますので」
グーシュは愕然とした。
当たり前の事だ。
七惑星連合などという大層な名前の連中の親玉がわざわざ来ているのだ。
グーシュの浅はかな考え通りに事が運ぶはずが無かったのだ。
(当たり前の話ではないか!? わらわは何を考えている……わらわだって身一つで行くなら対策ぐらい考える! クソ、そうなると……)
親玉の言葉から察するに、部屋にいる監視ドローンや先ほど無力化されたガズルの護衛アンドロイド達の情報は細工されていると見るべきだ。
という事はだ。
むしろ、サイボーグがいるこの部屋に一木達と遮断された状態でいるグーシュの方が不味い状況という事になる。
(まずい、まずいまずいまずい! バラされる。ナンバーズの事や火星の事を、大粛清の事を父上たちに喋る気だ……)
グーシュは自分が焦っている事を自覚していたし、またその焦りが表に出ている事に焦っていた。
先ほどまでの異常な怒りからこっち、明らかに動揺していた。
そんなグーシュを見て、シュシュもニュウという女も嘲笑するように(グーシュにはそう見えた)笑っていた。
「殿下、グーシュリャリャポスティ殿下。そんなに慌てる必要はありませんよ。我々は争うために来たのではないのです」
「おお、そうなのだな。グーシュが慌てているから何事かと思ったぞ。してシュシュ、その七惑星連合という組織は何なのだ? 地球と同じ海向こうの国なのか?」
ようやく事態を飲み込めた皇帝がホッとしたように口を開いた。
グーシュの説明からして理解力の限界だったのだろう。
目まぐるしく変わる状況と、突然現れた女に思考力を失っていたのだ。
「我々も宇宙……星の海向こうの勢力である事は同様です。七惑星連合という名前の通り、七つの勢力の連合体です」
「七つの……どういう連合体なのだ? ましてや、なぜ我々のような、あなた達から見れば小さな国を……」
「くっ!」
話がいよいよ核心に至ろうとしている。
そのことを確信したグーシュは、話を阻もうと口を開きかけた。
だが……。
(駄目だ……ここでこんな状態で話を遮っては、父上と宰相に不信感を持たれる)
この状況下ではもはや話を遮るのは不可能だった。
無理に遮れば逆効果。
かと言って実力行使に出ようにも……。
(わらわの拳銃であのサイボーグに立ち向かえる訳も無し……)
柱の陰の人影に目をやると、鋭い眼光で睨みを利かせている。
一木から聞いた話から考えると、その能力は参謀型アンドロイドに匹敵……もしくは凌駕する。
(ここでシュシュを狙って人質にするのも……無理か)
一木と会食した際、暴走したミラー大佐がシャルル大佐に腕を切り落とされた光景をグーシュは思い出した。
あの光景の再現になるのがせいぜいだろう。
「それではお教えしましょう。我々七惑星連合の成り立ちを。そう、全ては遥かな太古。あなた方がエドゥダーと呼ぶ場所で……」
ニュウという女が詩人の様に朗々と語る光景を見ながら、グーシュは歯を食いしばる。
だが、言葉が浮かばない。
いつもなら流れるように浮かぶ思考が、言葉が浮かんでこない。
コンコンと湧き出るように胸に溜まるシュシュへの異常な憎悪が考えを阻むのだ。
(なんだ、この怒りは……なぜ、わらわはこんなにも……)
全てを投げ出してシュシュに拳銃を乱射したい欲求に駆られる。
だが当然そんな事は出来ない。
皇帝と宰相にろくでもない事を吹き込まれた後に、説得しなおす余地を残すためにもいつものように余裕ある態度を示さなければ……。
「一木ぃ……頼む、来てくれ……」
どうしようも無い怒りに頭がくらくらし出したその時、グーシュの口から思わず泣きごとが漏れた。
だが、一木達は今の状況を知る由も……。
「グーシュ!!!」
謁見室の扉が吹き飛ばんばかりに勢いよく開いたのと同時に、一木の合成音声が響き渡ったのはその時だった。
瞬間。
大きな音と大音声に部屋にいる全員の視線が入り口にいる一木とアンドロイド達に集中した。
皇帝と宰相が驚き。
シュシュとニュウが困惑し。
グーシュとガズルが歓喜した。
だが一対の視線だけが、それらとは別種の感情を以って交わった。
「小型の、強化機兵……いや、違う……」
柱の陰にいた、ジンライハナコと。
「あの時の……あの時のサイボーグ……」
一木弘和の視線が。
「いちぎぃぃぃぃぃぃ!!!」
「シキを、シキを殺したサイボーグ!?」
憎悪を以って交わった。
そして誰もが事態を把握できない中、ジンライハナコがその名の通り迅雷の様に一木に突進した。
因縁の相手との遭遇、その結果。
そしてグーシュに起きる異常。
そろそろ事態が動き始めます。
次回更新予定は7日の予定です。
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