第6話―6 星の海向こうの国
「……なんか、違和感がないか?」
その異変に気が付いたのは一木だけだった。
無理もない。
なにせ、携帯端末の画面に映し出される映像には何の変化も無かったからだ。
ただ、変わらずにグーシュが皇帝と宰相に地球の事を語っている。
一木の呟きを聞いた参謀たちは画面を見つめたが、彼女たちの誰も一木の言う違和感を感じる事が出来なかった。
「違和感って、どこが?」
殺大佐が疑わしそうに一木を見つめる。
とはいえ、一木としてもどこに違和感があるのかが分からない。
「むぅ……」
小さく唸ってから画面を見つめる。
なにも、変わらない、様に見える。
何も……。
「いや……違う……。グーシュの……グーシュが語ってるのに、高揚感が無い」
「高揚感、ですか?」
クラレッタ大佐が先ほどの殺大佐以上に疑わしそうに言う。
だが一度思い至った一木の中では、それは確信へと変わりつつあった。
「そうだ、グーシュの演説とカリスマは本物だ。彼女が語るとき、胸に響く威厳と心に響く高揚感があった。今の様に相手を説得しようとしている時は尚更だ。けれど、この映像のグーシュにはそれが無い……」
一木には珍しい断定的な物言いだった。
その珍しい光景に、参謀達は顔を見合わせる。
「そこまで言うなら……」
一木の言葉に殺大佐も折れた。
現場にいるガズルの護衛要員に通信を繋げる。
しかし……。
「嘘だろ……待機中、だと? 任務の最中に?」
待機中とは、パソコンなどで言うスリープ状態の様なモノで、主に整備や長距離の移動の際に設定するアンドロイドのモードだ。
まずおおよそ任務中になる物ではないし、よしんばなるとしても直属の上司である殺大佐に連絡も無しになるものでは無い。
「何かあった、と考えるべきだ。ジーク大佐、一番近い部隊は?」
一木が命じると、ジーク大佐が一木の上から飛び降りながら部隊情報を取集する。
「現場のマリア達を除くと、帝城の周囲に点在していて城内は手薄だ……十分もあれば……」
「遅すぎる……俺たちが行こう」
一木はそう言うと、扉に向かって歩き出した。
参謀たちやマナは一瞬止めようかと思案したが、グーシュという重要な人物を放置するわけにもいかず、また一木を単独で残すのも得策とは言えない。
「ま、それが一番でしょうね。あなた達、一木司令とグーシュ殿下に万が一が無いよう気合い入れなさいまし!」
クラレッタ大佐の檄を受けて、最強のアンドロイドである参謀型SSが素早く動き出した。
※
「おお、シュシュではないか! いつ戻ったのだ?」
グーシュの憎悪に満ちた声と、珍しく狼狽するガズルを半ば無視した皇帝の陽気な声が謁見室に響いた。
思わずグーシュは怒りに満ちた視線を皇帝に向けるが、皇帝はグーシュの方など見向きもしない。
あまりの事に今度は宰相に視線を向けるが、宰相は諦めたようにかぶりを振った。
グーシュはカッとなり、怒鳴り声を上げようと息を吸い込み、そこで少しだけ頭が冷えた。
(……何を、何をわらわは苛ついているのだ? シュシュが大嫌いなのは確かだが、ここまででは……)
先ほど膨れ上がった怒りは、少々異常だった。
確かにシュシュの事は嫌いだったが、あそこまででは無かったはずだ。
自信の異常な程の怒りにグーシュが困惑する中、皇帝は威厳の欠片もない好々爺じみた声でシュシュと会話をしていた。
「実は、お父様にご報告したいことがありまして……数日前にこっそりと、そこの……」
シュシュがそっと指さしたのは、先ほど音もなく現れた背の高い人物だった。
男とも女ともつかない、不気味な人物だ。
「ジンライについてきてもらって、帝都に入りました」
「おお、おお、そうか。だがシュシュ、お付きはそこの人だけか? ダスティの連中は護衛もつけずにお前を帝都に返したのか?」
皇帝の憤りも当然だった。
シュシュリャリャヨイティは四公爵家の一つダスティ家の公子に嫁いだのだ。
当たり前だが、ジンライとかいう不審者一人だけ付けて旅する身分では無い。
だが、その当たり前の問いに対して、シュシュはカラカラと楽しそうに笑った。
「いえいえ、お父様。仕方がないことです。実は、私夫と離縁しまして」
シュシュの言葉に、皇帝ばかりかグーシュまでもが面食らった。
だが、シュシュはなんでもないことの様に話を朗らかに続けた。
「それでも実のところ、元夫とダスティ家の方々は私の帰郷に際してそれなりの護衛をつける事を申し出てくれたのですが、これからの事を考えれば貴重な兵達を、私に付けさせるのも申し訳ないのでお断りしたのです」
頭の冷えてきたグーシュは、ここでようやくシュシュの話に強烈な違和感を覚え始めた。
この女は、一体何をしにここに来たのだ?
そもそもが、さっきシュシュとジンライとかいう奴はなんといった?
『ざーんねん、グーシュちゃんは地球連邦大統領にはなれません♪』
『すまないが、お前のアンドロ……いや、歯車騎士だったか? あれは来ないよ』
自分が反応し損ねた発言の異常さに、グーシュの臓腑が痛いほど軋みを上げた。
怒りに囚われて、こんな事実に気が付かなかった自分に怒りが湧いた。
そう。
シュシュリャリャヨイティにあんな事が言えるはずが無いのだ。
どこかの馬の骨に、あんな事が言えるはずが無いのだ。
「シュシュ! お前、お前は一体……」
グーシュが問いかけると、シュシュリャリャヨイティはその場でくるりと一回転、踊り子の様にふわりと回った。
ふんわりとしたルーリアトでは珍しい作りの腰布が舞い、ルーリアトでは作成不可能な程透けた下着が露になった。
「それでは、ご報告させていただきましょう。大事なお話なので、しっかりとお聞きくださいませ」
スカートの端を指先でつまみ上げ、シュシュは優雅に礼をした。
ルーリアトでは見た事のない流儀。
そして、グーシュには見覚えのある流儀。
間違いない、地球の貴婦人の所作だ。
「私シュシュリャリャヨイティは、ダスティ家公子閣下のお子を懐妊いたしました、が。即日離縁いたしました」
目の前の淫乱が懐妊などと言ってもグーシュは欠片も驚かなかったが、皇帝は違ったようだ。
この期に及んで嬉しそうな笑みを浮かべていた。
いくら子供たちの中で一番かわいがっていた次女相手とはいえ、あそこまで呆けるとは……。
「あれれ、グーシュちゃんも分からない、この意味?」
皇帝のあまりな態度に、再び怒りに囚われつつあったグーシュに対し、突如シュシュが話を向けてきた。
「なんだと?」
グーシュが聞き返すと、シュシュは少しだけ顔を上げ、グーシュを見下した。
あからさまに馬鹿にした態度に、グーシュの頭に完全に血が昇った。
だが、シュシュが語ったのはそんな血があっという間に覚めるような事実だった。
ずっとシュシュちゃんのターン!
さらに、明日も更新しますよ!
お楽しみに♪




