第5話―3 訪問理由
アウリンとは戒めの名だ。
あのおぞましい存在は、確かに我々の願いを叶える。
だがアレは、我々から奪うのだ。
人の尊厳を。
触れてはならぬ、禁忌という認識を。
故にアウリン。
我々を戒める名だ。
――アウリン隊実戦配備に際しての火星宇宙軍司令長官の演説より
「見苦しいところをお見せしました……」
そうして五分後、シュシュに励まされようやく立ち直ったジンライ少佐は、やや沈んだ声で呟くように言った。
「……辛いですね、少佐」
「…………」
ニュウ神官長の言葉に、ジンライ少佐は少し迷ったように沈黙した後、頷いた。
そんなことは無い、という強がりすら言えないのだ。
だが、そんな少佐に対するニュウ神官長の言葉は厳しいものだった。
「ですが、その辛さを嚙み殺して、あなた……いえ、あなた達には進んでもらわねばなりません」
「ちょっと神官長!」
シュシュがニュウ神官長に非難めいた声を上げるが、それをニュウ神官長は視線で制した。
ニュウは、うつむいたままのジンライ少佐を真っすぐに見据え、続けた。
「コリンズ・ケインは自身を巧妙に火星の協力者に見せかけ、その実評議会と軍師集に影響力を持ち、間接的に支配下に置いています。そして、彼は七惑星連合結成後急速に異世界人の力が強くなった火人連を疎ましく思っているのです。この情報を合わせて考えれば、今回の開戦の危険さが分かるでしょう?」
ニュウの言葉に、ジンライ少佐がゆっくりと顔を上げた。
そして、しばらくニュウの言葉をかみしめる様に彼女を見つめた後、感情の感じられない乾いた声を口から発した。
「じゃあ、火星の主力は……RONINの仲間たちは……どうなるの?」
「おそらく、想定される連邦宇宙軍に加え、こちらの戦力を撃退するに十分な戦力が手ぐすね引いて待ち構えているのでしょう。まず間違いなくドゥーリトル作戦は失敗に終わります」
「そんな、艦隊には同胞が……仲間が……親友が……アウリン達が……」
「ええ。死にます。ですがそれだけではありません。主力が壊滅すれば、この星系で勝っても意味はありません。ケイン議員の思惑が全てわかるわけではありませんが、このまま火星を放置するとも考えられません。火星は陥落し、我々にも異世界派遣軍の主力が差し向けられるはずです。みんな死にます。あなたの先輩の様に」
「うぅ、うう……」
ニュウが告げた最後の言葉を聞いて、ジンライ少佐がうめき声を上げた。
それは、彼女にとって触れられたくないトラウマだった。
皆が避けてきた、火星最強のサイボーグの大きすぎる傷跡。
だが、ニュウはあえてそれに触れた。
シュシュが涙を流しながら睨みつけていたが、それでも言わなければならない。
「ジンライ少佐、はっきり言いましょう。あなたにはもう心の傷から逃げる事は許されないのです。確かに我々は力を得ました。いえ、得たように見えます。ですが、それら全ては薄氷の上に立つ砂上の楼閣も同然なのです。たとえ先ほど言った最悪の未来……勝ち目のない開戦を回避したとしても、ほんの数年で得た力は失われてしまいます」
そう言ってニュウは指を本立ててジンライ少佐に示した。
そして、一本ずつ折りながら言葉を続ける。
「五年もすればゴッジ将軍とガ参謀の寿命です。そうなればアウリンの増産も訓練も出来ませんし、七惑星連合の統一指揮も成り立たなくなります。それ以降は、RONINNの古参隊員が寿命を迎えます……。十年もすれば、騎士長もどうなるかわかりません。そして彼が死ねば……」
ニュウは、そこまで言った所で目をつむった。
心の中で、愛しい騎士を。
生涯でただ一人愛した男を、思い浮かべる。
「私も死にます。そうなれば、風の杖の制御は不可能になり、七惑星連合も火人連もカルナーク軍残党も終わりです……」
「でも……」
厳しい現実を突きつけるニュウに対し、縋るような声をジンライ少佐は上げた。
そんなものは間違いだと、そう思い込みたいのだ。
「”あのお方”は……」
「あのお方を頼りにしてはいけません」
だが、そんなジンライ少佐の発現をニュウは跳ねのけた。
そこには、強い意思が籠っていた。
それだけニュウの”あのお方”と呼ばれる存在に対する警戒感は強いようだ。
「あのお方は……アレは、我々の尺度で測れるようなものではありません。第一、根本的にはアレは……いえ、あのお方はナンバーズと同質の存在。それに、あのお方の技術提供があっても、風の杖のエネルギーが無くなればどのみちお終いです」
「じゃあ、どうすればいいんですか……」
とうとうシュシュと同じように目に涙を浮かべたジンライ少佐が弱弱しく呟いた。
それに対して、ニュウは風の杖を床に落とすと、両手でジンライ少佐の顔を掴み、無理やり正面を向かせた。
驚くジンライ少佐の目を、真正面から強く、強く見据える。
「それは、あなたが決めるんですよ! ジンライハナコ!!! RONINで最も強く、最も若く、最も生を長く持ったあなたが、我々の未来を創るんです。そのための道筋を、道を作るための時間を、私たちがなんとしても作ります。そのための今日の会談、そのための一時的な和平です! 私たちは今日、一時的な和平と交渉を地球連邦に提案し、七惑星連合という枠組みを地球連邦に正式に認知させます」
「和平……出来るん、ですか?」
「勝算はあります。ケイン議員や強硬派の根回しがあれど、未だに地球には親火星派が多くいます。さらに言えば、我々七惑星連合という異世界勢力が存在を明らかにすれば、元来多様化している地球世論は紛糾します。あの国はナンバーズの支配下にあれど、大本は民主主義社会です。民意が無いうちに無理な事は出来ません」
ニュウの力強い言葉を聞いている内に、ジンライ少佐の目に光が戻ってきた。
「そうして時間を得た後で、我々は戦力がピークのうちに体制を立て直すのです。腐敗した評議会と軍師集を改革し、本当の意味の連合を作り上げるんです。そして、その時必要なのがあなたなんですよ、ジンライ少佐!」
「わた、し?」
「そうです。評議会と軍師集、私や騎士長、ゴッジ将軍とガ参謀の様な古い存在では無く、あなたやシュシュさん、ココさん達の様な若い存在が七惑星連合という希望を率いていくんです。あなた達が、ナンバーズという機会生命によって苦しめられてきた有機生命体一億年の歴史を終わらせるんです!」
一億年。
その途方もない年月にわたり、ナンバーズと呼ばれる機械達は有機生命体の文明を弄んできた。
その歴史を、終わらせる。
そのことを明確に自覚した事により、ジンライ少佐の目にはっきりと光が戻った。
その巨大な目標の前では、機械の体も地球という存在も、腐敗した故郷も小さなものに感じられたのだ。
ジンライ少佐は手で涙を拭うと、そっと自分の顔を掴んでいるニュウの手を外した。
遠い異世界で、七十年に渡り自分たちを支えてきた細く小さい手。
(そうだ……地球への思いに囚われている場合じゃない……私がやるんだ。シュシュやココ、みんなを救うために、ニュウ神官長から思いを受け継いで……先輩のためにも……)
ジンライ少佐の脳裏を、仲間たちの顔が過ぎる。
散った仲間の、最愛の人の顔が過ぎる。
「やります、神官長。今日戦うための和平を得て、その上で私達が一億年の苦しみを終わらせて見せます!」
こうして、機械の少女は決意した。
巨大な敵を打倒し、仲間を救う事を。
だが、それでも。
崇高で巨大な決意を抱いたとしても。
思い人を殺された彼女の心の恨みが、消えたわけでは無かった。
そして火種を抱えたまま、三人の使者は恐るべき偶然の待つ帝城へと向かった。
今回で第5話終了でございます。
次回第6話 星の海向こうの国
お楽しみに。
次回更新予定は10日の予定です。
次回もよろしくお願いします。




