第5話―1 訪問理由
非カルナークの諸君にも分かりやすく説明してやろう。
――とあるカルナーク軍軍師の口癖
偉大なる火星の民である我々が、君たちを助けよう。
――とある火人連評議会議員の口癖
……これだから魔力の無い人は……。
――とある神官長の口癖
「さあ、行きましょうか」
薄暗いセーフハウスの中で、衣装を整えたニュウ神官長が豪奢な杖を掲げながら声を上げた。
「おー♪ ……ほら、ハナコも!」
その掛け声に子供の様に応じたのは、皇族の正装に身を包んだシュシュだ。
金属甲冑に次ぐ公式のいでたちに身を包んだその姿は、普段の言動や行動に反して気品に満ちていた。
「…………おー」
そして、やる気の無い声を上げたのは艶消しの黒い戦闘装備に身を包んだジンライ少佐だった。
対人刀に加え、両肩には三連装マルチランチャー。両手首にはワイヤーアンカーを装備し、背中には小型ブースターを装備したRONINの完全装備状態、通称一種兵装だ。
もっとも、その重装備に反してその表情は暗い。
ニュウとシュシュがきゃぴきゃぴとはしゃいでいるだけに、余計顕著だった。
「……んー……ンンン?」
「いやいや、少佐? さっきからどうしたんですか? そんなむっつりした顔で唸って……」
あんまりな様子に、ニュウ神官長ははしゃぐのを中断して心配そうに声を掛けた。
これから戦闘用アンドロイドだらけの場所に赴くのに必須の護衛なのだ。
何かしら不調があるとすれば、自分たちの命に係わる。
だがそんな深刻なニュウの気持ちに反して、ジンライ少佐が唸っている理由は少し抜けたものだった。
「いや、ね。ひっじょうに申し訳ないんだけど……」
ジンライ少佐は少しバツが悪そうに言うと、口ごもった。
ニュウとシュシュは何事かと思い、そんなジンライ少佐を心配そうに見つめていた。
「私はここに来る理由を、ここにいる地球連邦軍の規模を偵察してドゥーリトル作戦の際に攻撃するかどうか決めるため、って聞いたわけ」
「うん」「はい」
「そうしてやって来て、シュシュと合流して……偵察して見たら、どうやらここにいるのは一個師団規模の地上部隊と半分は揚陸と輸送関連の機動艦隊だけ、という事が判明した」
「うん」「はい」
ニュウとシュシュの相槌を聞きながら、ジンライ少佐は傾げた頭を逆の方に傾けた。
生身の頃ならば知恵熱が出る程、頭をフル回転させる。
「それで私は、これでここを本隊で攻撃するんだなー、って思ったわけ。ところが、連絡を入れても本隊からは無しのつぶて。通信封鎖してるのかと思っている最中に、今度はルーリアトの現地勢力と地球連邦政府の動きを妨害しろって言われて……そのためにシュシュと帝都に来てみたら、いきなり暴走アンドロイドに襲われて……」
「あれは怖かったわ」「はい」
「命からがらセーフハウスに来てみたら、ニュウ神官長様がいきなりやって来て、自分もシュシュと一緒に城に行って帝国と地球連邦と話す……こう言われた訳……なんだけど」
「うん」「はい」
ほぼ一息にここまでの流れを喋ると、ジンライ少佐は少し迷ったように数泊黙り込んだ。
その後、意を決したように口を開く。
「結局、私たちは何をしに行くわけ?」
「えっ」「えっ」
顔を赤くしたジンライ少佐の言葉に、ニュウとシュシュはニンマリと笑みを浮かべた。
いい物を見れた。
そんな心の声がにじみ出た表情だった。
「……ジンライ少佐可愛い♪」
「引っ叩くぞ」
シュシュのわざとらしい声にツッコミを入れるジンライ少佐と、はしゃぐシュシュを尻目に、ニュウ神官長は腕を組んで考え込んだ。
実のところ、ジンライ少佐が状況を把握していないのは、何も少佐のせいだけではない。
むしろ、ニュウや軍師長達が率先してサイボーグ人員には意図的にぼかした情報だけを流していたのだ。
(火人連の上層部に情報が漏れないための処置でした……が、ここまで来たらむしろ、知らない方が問題でしょうね)
ジンライ少佐が二人の護衛であり交渉に参加しないと言っても、相手は高性能指揮官型のアンドロイドだ。
護衛だろうが何だろうが、状況把握が出来ていた方がいざというときにも動きやすい。
ニュウ神官長は真実をジンライ少佐にも教える事を決めた。
「ジンライ少佐が可愛いのは確かですが……」
「神官長まで!?」
「こほん。今我々がやろうとしている事が、少々複雑なのも事実。いいでしょう。ジンライ少佐にもお話しておきましょう。我々七惑星連合が現在ルーリアトの地球連邦軍に注目している理由を……」
神官という肩書にふさわしい、真面目な表情と仕草でニュウ神官長は言った。
珍しい光景に、ジンライ少佐とシュシュは目を見張った。
「はっきり言ってしまうと、我々はここに地球連邦軍がいる事を利用して彼らと対話の場を設けたいのです」
「対話? もうすぐ開戦するのに!?」
ニュウ神官長の言葉にジンライ少佐は驚きの声を上げた。
無理もない。
現状戦闘の可否が問われているのはあくまでルーリアトの地球連邦軍との戦闘だけで、その理由自体も物量において圧倒的に不利な地上戦に発展する可能性があるからに過ぎない。
実のところ、現在火人連とカルナーク軍残党を中核とした七惑星連合はドゥーリトル作戦と呼ばれる対地球先制攻撃プランを決定済みで、全面的な開戦自体は決定事項の筈だったのだ。
それを七惑星連合の盟主の口から否定されるなど、あまりに予想外。
「……そんな大事な事なら、もっと早く教えてもらいたかった……」
ジンライ少佐が半眼で睨みながら言うと、ニュウ神官長は頭を下げた。
「申し訳ありません。ただ、情報漏れを防ぐために必要な処置だったんですよ。火星の評議会やカルナーク軍の軍師達に知られると面倒だったので……本当に、本当に申し訳ありません」
駄目押しとばかりにさらに深々と頭を下げるニュウ神官長に、さすがのジンライ少佐もそれ以上言う事は出来なかった。
(まあこの人はどうも、魔法を使えない人間を信用していない節がある……だからしょうがないと言えばそうなんだけど……問題は……)
「シュシュも知っていたの?」
「知りませんでした。けれど、予想はしていました。ただ、内容が内容なのでハナコにも黙ってました」
はっきりと、そしてしれっと言い放ったシュシュを見て、ジンライ少佐は軽くその額を指で弾いた。
小さい、少女のような悲鳴をシュシュが上げると、ジンライ少佐は心のモヤモヤとした疎外感を水に流した。
「……そういう事ならこれ以上は何もいいません。ただ神官長。ドゥーリトル作戦を中止するその理由、聞かせてもらえるんですよね?」
その問いに、ニュウ神官長はしっかりと頷いた。
「まあ、一言で言ってしまうとですね。対地球戦争プラン”バダ・グリ”と最初の奇襲作戦”ドゥーリトル”。これにあんまりにも勝算が無いから。理由はこれにつきます」
ニュウ神官長のはっきりとした物言いに、ジンライ少佐は唖然とした。
自信満々に作戦概要を話していた評議会やカルナーク軍の軍師達は何だったのだろうか。
冗談のような話に、ジンライ少佐は思わず眩暈がした。
前置きにあたる部分がもうすぐ終わり、年明けからはだんだんと展開が加速していくと思います。
乞うご期待。
という訳で、年内最後の更新となります。
今年の正月休みは3日だけという悲惨な事になりましたが、何とか頑張って更新していきますので、よろしくお願いします。
さて、次回更新予定は年明けの3日の予定です。
一月は更新態勢を元に戻して、不定期の月6~8回程度の更新としたいと思います。
それではみなさん、よりお年をm(__)m




