第4話―1 魔法の国
私は異界の女兵士が負傷兵の切り傷を針で縫おうとするのを慌てて制した。
「なんて事をするんだ!? 魔術師がいるんだから、まずは治癒だろ!!」
その瞬間、人形の様に美しい女兵士たちが唖然としたのを覚えている。
その後、治癒の魔術を目にした彼女達に至っては……。
いや、止めておこう。
あの時の面白い表情については、私の記憶だけにとどめておく。
――惑星コレクルト グア王国兵士の手記より
「……まずは確認しておくが、一木司令。魔法、というものについての君たちの認識を教えてくれるか?」
唐突に水を向けられた一木は少し慌てたが、期待に満ちたグーシュの顔を見ると気を取り直し、将官学校で聞いた話を記憶から引っ張り出した。
「えーと……惑星コレクルトで発見された……現地の一部住人、通称”魔術師”が用いる不可思議かつ科学的解析不能な現象の総称。裂傷の上に瞬時に薄皮を張り、指先に火花を散らし、意識した物体を数メートル圏内ならば探知可能等の、効果的には微小ながらも地球人類には不可能な効果を発揮した。発見当初は現象の発生理由や仕組み等が全く解析できない未知の現象だった。その後同様の現象を操る異世界が複数発見され、そのいくつかは創作物の魔法さながらの高い効果を発揮した事から非常な関心と警戒を政府に抱かせた。今ではアイオイ人の協力によりメカニズムが解明され、特殊な粒子と自然発生したナノマシン的性質を持った物体、そして脳にそれらの探知、操作能力を持った人間が揃う事で発動する事がつかめた……」
一木の将官学校の教科書そのままの言葉を聞いて、アイムコは苦笑いを浮かべながら頷いた。
「……まあ、そんなところだね。そういった魔術だの魔法だのと言った技術を持っている異世界というのは、ルーリアト同様にエドゥディア人と比較的近い遺伝子を持つ民族が居住している場所だ。エドゥディアの魔法技術には生来の素養……脳に特殊な器官がある事が必須条件だからね」
「んん、おかしくないか? それならばなぜ、わらわ達は魔法が使えんのだ? わらわ達も同じなのだろう?」
ふと、アイムコの解説を聞いたグーシュが首を捻った。
当然の疑念だ。
「それは簡単さ。一木君が言っただろう? 本人の素養に加えて、特殊な粒子とナノマシンが魔法技術には必要不可欠なのさ。説話や漫画的に分かりやすく言うと、特殊な粒子……MAGIC粒子とはいわば大気に満ちる魔法現象の要である”マナ”だ。そしてマナに働きかけて現象を起こす起爆剤になるナノマシン……これが”魔力”だ。脳の器官が発達してナノマシン、”魔力”を扱う能力が強ければ強い程、魔法の力も強くなる。ところがだ、このルーリアトには、それらが一切存在しない」
アイムコの言葉を聞いて、グーシュは見てはっきりと分かる程ガッカリとした。
肩が落ち、表情があからさまに暗くなる。
「そんな……」
「グーシュ……」
一木としてはせっかく立ち直りのきっかけを作ったグーシュが再び暗くなるのを見るのはいたたまれなかったが、それよりもこの場は気になる事があった。
「それは、異世界派遣軍にとってはありがたい情報だ……けれども、その話がどう俺やグーシュに関係してくるんだ? いや、当然職務上関係はするんだろうけど、あなたが言うのはそういう意味じゃないんだろう?」
一木が水を向けると、アイムコは姿勢を正した。
ニヤケ顔に力が入り、正面から一木を見据えて来る。
「な、なんだ?」
少し狼狽して一木は応じた。
アイムコはこの期に及んで少し迷ったそぶりを見せたが、意を決したように口を開いた。
「それは当然、君たちが戦うことになる相手だからだよ。スルトーマ達が地球とエドゥディアを争わせて、勝った方を主にする計画を進めていると聞いただろう?」
一木は顎を体にぶつけないようにゆっくりと頷いた。
賽野目博士から聞いていて、その情報事態は知ってはいた。
いたのだが……。
「あなたまで言うという事は本当なんだろうが……申しわけない。荒唐無稽すぎて全く現実感を持って考えられないんだ……グーシュはどうだ?」
「一木と違ってわらわにとっては地球そのものが空想の世界だからな。今更魔法文明と戦えと言われたくらいでは怯まんよ」
そう言うとグーシュはカラカラと笑った。
やはり、こういう所は頼りになる。
グーシュが笑い飛ばしてくれるだけで、自然と気持ちが楽になる。
(理想の指導者……か)
「なんだ一木、わらわに惚れたか? モノアイがわらわに吸い付いたままだぞ」
グーシュの冷やかしに、一木はモーター音を響かせてモノアイを逸らした。
「続けよう」
そんな様子を薄い笑みを浮かべながら見ていたアイムコは、再び口を開いた。
「この主替えを主導しているのはスルトーマとシユウだ。これにラフとヒダルは人間との共存を主張して反対している。そして私とオールド・ロウは、実のところ過程は一致しつつも目的が異なっている状況なのだ」
「……どういうことだ?」
意味が分からずに一木は思わず聞き返したが、対するグーシュは神妙な表情を浮かべた。
「なるほどな……やはりあんた達は酷い連中だよ」
グーシュの直接的な非難に対して、アイムコはすまなそうに頭を下げた。
さすがの一木にも、微塵も反省していない事が分かった。
「え、グーシュ……どう言う事なんだ?」
「簡単だ、一木。こいつらはな、地球を発展させるためにエドゥディアとの戦争は必要だと考えているんだ。惑星間戦争という過程は一致しているが、求めている勝者が違う。そう言う事だろう?」
「その通りだ。私とオールド・ロウは、現状の地球の消極的態度と反対勢力を抱え込んだ脆い体制に危惧を抱いている。だから、それを惑星間戦争という外圧を利用して矯正したいのだ」
一木は頭を抱えた。
アイムコという存在には、少しだけ期待していたのだ。
サーレハ司令と旧知の間柄と言うくらいだから、人類にとって何かしら好意的な事をしてくれえるのでは、と考えていたからだ。
それが、よもや訳の分からない異世界との大規模戦争を仕組まれかけているなど、悪夢というしかない。
「まあまあ一木司令、顔を上げたまえよ」
うなだれる一木を、その原因が励ましてきた。
「君には私がとんだクソ野郎に思えるかもしれないがね、とんでもない。とっくの昔に放棄されていてもおかしくない腐敗しきった地球連邦に愛想つかさずに、こうして手を尽くしているんだ。感謝してほしいくらいだよ。さて、私がエドゥディアの事を教えようとする理由が分かったかな?」
「……理由は分かった。しかし、ハイタの話じゃあエドゥディアは一回滅んだんだろう? それでもまだ、今の地球が恐れるような力を持っているのか?」
「そこら辺の所を伝えたかったのだよ。エドゥディア……偉大なる魔法文明を!」
アイムコはまるで朗読劇の様ないい声を発した。
思わず一木とグーシュは驚き、アイムコをまじまじと見つめた。
「きっかけは、約ニ千万五百万年前……我々ナンバーズが死にゆく星間国家と出会った事から始まった……」
予告日時より遅れてしまい、申しわけありませんでした。
予定を守りつつ面白い話がお届けできるよう、今後も精進しますのでよろしくお願いします。
次回更新予定は22日の予定です。




