第3話―5 師匠
彼の者 神に非ず
彼の者 星間宇宙の覇者なり
彼の者 慈悲無し
彼の者 ただ在るのみ
彼の者 奇跡無し
彼の者 ただ偉大なり
彼の者に使徒あり
即ち 我ら赤い星の民なり
即ち 我ら青い星を解放する者なり
ああ 星間宇宙の覇者よ
火星の我らに勇気と希望をもたらす象徴であれ
地球の者らに絶望を与える恐怖であれ
ああ 偉大なる星間宇宙の覇者よ
イアー イーア ハストゥール イアー イーア ハストゥール
偉大な名を呼ぶ不敬を許したまえ
――火星民主主義人類救世連合の国教 ハストゥール教祈りの言葉
「……あの頃私は、異世界を巡りながら文化や技術を収集して回っていた」
うっとりとした表情でアイムコは呟いた。
正直気味が悪い。それはグーシュも同じようで、嫌そうに顔を歪めていた。
「あの頃っていうのは……」
「そりゃあ当然、グーシュと最初に会った頃さ……まあ、聞きたまえよ」
気味の悪い笑みのまま、アイムコは語り始めた。
※
わたしはあの時ルーリアト地球や他の異世界の小説をこちらの文化や技術に応じて改変した物を説話として出版して暮らしていた。
別段ここが特別だったわけでは無い。
文化収集の趣味もかねて、異世界間の文化を均一化するために定期的に行っている事だった。
そんなある日、私がアタックオンタイタンをどうルーリアト風にするか考えていると、見た事の無い老人が家を訪ねてきた。
そう。グーシュのもう一人の師でもあるダビダ教授だ。
彼はルーリアトで一番の賢者と名高い人物で、私もなんとか接触したいと考えていた人物だった。
とはいえ有名人に下手に近づくとろくなことにならないといくつかの異世界で学んでいた私は、それまで会うことを控えていたのだが……まさか向こうからやってくるとはね、予想外だった。
しかも、彼がやってきた理由はさらに予想外のものだった。
彼はこのぼろ小屋に押し掛けるなりこう言った。
「君が何者かは聞かない。ただ、君が参考にしている物語を聞かせてくれ」
驚いたよ。あそこまでの賢者がこんな惑星にいるとは、本当にいい意味で予想外だった。
分かるかね?
彼は私がルーリアト風に改変した説話を読んで、その中に込められた他の文化文明の思想や意思、技術的な描写から私がこの国の文化とは異なる場所から来た……もしくは異なる場所の情報を知る立場になると分かったのだ。
思わずうれしくなった私は、変えに洗いざらいすべて話した。
もてなし用に持ってきていたコンビーフの缶詰とウイスキーも空けて三日三晩語り合った……。
ああいう人間と話すのが好きでねぇ……私は異世界をうろついているんだが、あの時程楽しかったのは……ああ、話がズレたね。
とまあ、そういう訳で表向き彼の弟子になった私は、その後もこの異世界の文化を楽しみながら暮らしていたんだが、ある日ダビダ教授に帝城からお呼びがかかった。
なんでも、第三皇女の素行が悪いので教育担当になってほしいと言うんだ。
ダビダ教授は私に一緒に来るように言ったが……その時の私は正直気乗りしなかった。
私はあくまで文化を知り、文化を広めるために来ていたのだ。
こんな辺境のトップに媚びる意味も無かったし、その気も無かった。
だが、ダビダ教授は違った。
賢者である彼は、やはり見ている物が違った。
彼は言ったのだ。
「アイムコ! これは大変な機会を得たぞ!! 分からないのか? 君はこの国に異国の文化風習を広めたいのだろう。ならば、第三皇女を養育するのは大変な良縁となる。分からないのか? これからの時代を背負って立つ皇女殿下に君の知る文化風習……いや、それだけではない。概念や思想を根付かせるのだ。うまくいけば彼女がこの世界を引っ張って、君が暮らす先進的世界への架け橋になってくれるやもしれん」
…………あの時は感動したものだ。
それまでも現地人に教育を行った事はあったが、たいていうまくはいかなかった。
やはり、知識だけを伝えてもダメなのだ。
人間の根底にある常識や概念、思想……そういったところから教育しなければ、知識だけではうまくいかない。
赤ん坊にそういった部分から教育した事もあったが、そちらはより悲惨だった。
社会の常識と個人の常識があまりに異なれば、それがいかに先進的で正しかろうとも、待っているのは悲劇だ。
その世界最高峰の頭脳が空しく地面を転がるのを何度も目にした……。
だが、その時は胸に希望が湧いたのだ。
皇族の地位がある人物ならば、多少常識外れでもそうそう命までは取られないかもしれない。
そうして、生き長らえさえすれば、その人物の思想が社会にわずかでも根付くかもしれない。
そうして、私はダビダ教授と共に帝城に向かった。
第三皇女は五歳だと聞き、私はどんな話をしようかとウキウキしていた。
ダビダ教授と用意した様々な知育玩具や私が描いた絵本を背負いながら、数千年ぶりに心から先行きに希望を感じていた。
まあ、もっとも……。
「きゃあああああああああああああああああああああああああ!」
皇女殿下のいる部屋から侍女の悲鳴が聞こえてきた時、そんなものは吹き飛んでしまったんだがね。
はい、アイムコ語りによるグーシュ様のヤバイ幼少期が始まります。
出来ればあまり長くしないで、皇帝との謁見に行きたいのですが……多忙に負けず頑張りますので、どうかよろしくお願いします。
※前書きについて。
火人連ではとある事情により架空の邪神を信仰しているのですが、ここら辺の小ネタも語りたいですね。
とはいえ、現状だといつになるか……。
可能な限り本編を優先しますので、どうかご勘弁を。
最近本文が短く、進行が遅く申し訳ございません。
次回更新予定は26日の予定です。
お楽しみに。




