第3話―4 師匠
※第3話のタイトルを「星の海向こうの国」から「師匠」に変更しました。
「きっかけは、1945年。今から220年前に行われたイギリス総選挙だった」
アイムコから飛び出した唐突な言葉に、思わずグーシュと一木は顔を見合わせた。
「1945年……という事は地球の話か?」
グーシュの言葉に、アイムコは静かに頷いた。
「ナチスドイツ降伏後のイギリス総選挙。英雄チャーチルが敗北した選挙だ。私はあの頃、地球最大規模の戦争と、核兵器の実戦使用を観察するために地球にいた……その時、あの選挙……民主主義という制度により、英雄が民衆に拒絶される光景を見た」
アイムコの言う通り、イギリスを第二次世界大戦での勝利に導いた(実際にはこの選挙が行われた7月には日本が降伏しておらず、厳密に言うとまだ勝利は確定していなかった)首相のチャーチルは、この選挙において労働党に敗れ首相を辞任している。
とはいえ、一木はこの言葉には懐疑的だった。
何しろ、確かにチャーチルは戦争においてはイギリスを勝利に導いたものの、戦争により国民生活と経済は破綻し、海外の植民地も喪失の危機にあった。
さらにこの上チャーチルは反共主義者かつ帝国主義的な意思を持っており、苦しい生活を強いられた国民にとって、必ずしも手放しで認められる指導者とは言い難かったのだ。少なくとも、一木は歴史の授業でそう教わっていた。
そう考えると、アイムコの言う民衆による英雄の否定とは大げさではないか、との思いが浮かんできたのだ。
だが、不意にアイムコと目が合うと、そのことを言う気概は一木から失われてしまった。
どうも、「そんな事は知っているよ、まずは聞け」とでも言われているように感じてしまったのだ。
あるいは、考えたくは無いが一木の思考を実際に読んで、テレパシーじみた方法でそう伝えてきたのかもしれない。
そのため、一木は気分よさげに話すアイムコを黙ってみている他無かった。
「……英雄の、民衆による否定……」
グーシュが噛み締めるようにアイムコの言葉を呟く。
「そうだ。確かに、あの時の選挙の状況を細かく見ればチャーチルの落選には一定の理由が見出せる。だが、それでも戦争の勝利を勝ち取った英雄をあそこまで即座に否定する事は、ましてはイギリスの様な大国においては地球の歴史上初めての事だった」
「……それが、何でグーシュを地球の指導者にする事に繋がるんですか?」
一木は先ほどまでの思いを飲み込んで、素直な疑問をぶつけた。
「わからんかね? 一木君なら分かるかと思ったんだが……。それ以降、民主主義と共に自由や平等の意識が拡散し、さらに男女平等、マイノリティ優遇といった概念が社会に定着するに従って、ある事が私の目につくようになった」
チラリと一木がグーシュの顔を見ると、アイムコの話に聞き入っていた。
ふと、一木は不安になった。
グーシュがこの胡散臭いナンバーズの口車に乗ってしまうのではないかという気持ちに駆られたのだ。
(馬鹿か……まだ何を言うのかも分からないのに……)
「それが、英雄の否定だ!」
再び大仰にアイムコが大音声を上げた。
「それまでの歴史においては、英雄こそが人類を導いてきた。英雄が、一切の矛盾や悪徳を些事として脇に退けて人類の発展をけん引していたのだ。だが、地球人が自由と平等に目覚めて以降、人間はほんの少し発展するのにもいちいちそれまで些事としてきた矛盾や悪徳に目を向けるようになった……それらを取り除いてきた英雄は、それに伴い発展の原動力から悪しき存在へと評価を変えていった」
「そう、かもしれん。わらわが話した地球の政治家は、民衆を導くのではなく民衆を利用し、民衆に利用される存在だった……」
グーシュがポツリと呟く。
一木も報告書で見た、査問会での一幕だろう。
一木も悪名高いマエガタ議員の事は、彼の娘だった同僚の事もあり多少は知っていた。
さらに、一木が生身の頃の記憶を思い返しても、正直胸を張れるような指導者ばかりだったかと言うとあまり自信が無かった。
「そう。民主主義で選ばれる指導者は、民衆が安易な理想を求めた結果劣化していった。表面的な善と表面的な力だけを求めた結果、口だけで民衆に媚びる事しか出来ないポピュリストを量産し、発展は阻害された。その流れは拡大し、独裁国家ですら民衆の力を無視できず、民意のうねりに翻弄され、地球内での小さな争いにばかり終始するようになった。結果、地球の自力での発展を待つという我々ナンバーズの基本構想はとん挫したのだ」
再び、一木はグーシュの方を見た。
アイムコの言葉を嚙み締めるように聞き入るグーシュの姿を見て、やはり一木は焦燥感にも似た不安を覚える。
思わず、アイムコの言葉を否定するように言葉を発した。
「だが結局あなたのやろうとしている事は、グーシュをその発展を阻害する民主主義のシステムに放り込む事じゃないか」
アイムコは一木の言葉を聞くと、ニヤリと笑った、
瞬間、一木の背筋にゾワリと怖気の走るような感覚が走った。
致命的な間違いを犯したような、内蔵の冷えるひりつくような焦り。
(なんだ……この感覚、この気持ち……どこかで今の流れに似た何かを……)
一木はその感覚に覚えがあったが、それがどこかまでは分からなかった。
だが、思い出すよりも先にアイムコが口を開いた。
「いや、矛盾はしていない。なぜなら、グーシュこそ現行民主主義化において活動可能な、かつての無慈悲な英雄だからだ。査問会の記録は君も見ただろう、一木司令? グーシュの言葉に、地球人は安易に反論できない。過去の非道な行いに対しても、通常なら行われる過剰な糾弾が発生しない。なぜなら、地球人自身が百年間見下し、侵略してきた異世界人だからだ。なぜなら、地球人自身が百五十年間その権利を尊重し続けてきたマイノリティだからだ」
査問会、というキーワードが一木に先ほどからの間隔の理由を思い出させた。
そう、この場でアイムコは、一木に査問会におけるマエガタ議員の役割を果たさせていたのだ。
(こいつ、わざと俺が口を挟むような事を!?)
一木がモノアイを射抜かんばかりにアイムコに向けるが、当然ながらまるで通用しなかった。
アイムコは勝ち誇ったように言葉を紡ぎ続ける。
「グーシュには、今言った無敵の盾と共に、前時代的なカリスマと美しさ。人心を煽る舌がある! この二つは、現在の地球では花開くことの無い才能だ。この能力を身綺麗な経歴のまま生かすには、政治の道はあまりに厳しいからね……だからこそ、グーシュだけが! グーシュだけが地球の民主主義の中に今では持ち込めないチート能力を持って乗り込めるのだ!!!」
興奮気味に叫ぶアイムコ。
だが、それに反比例してグーシュの様子は静かだった。一木が危惧したようなアイムコに同調する様子は見られない。
「先生……たいそうな話だが……わらわは一つ聞きたい……」
「ん? なんだいグーシュ?」
「その口ぶりだと、まるでわらわが先生の作品の様だな……」
「そりゃあ、師匠だから当然……」
「そう言う事ではない!!!」
珍しくグーシュが声を荒げた事に、一木は驚きモノアイをくるりと一回転させた。
グーシュリャリャポスティという少女は、どんなに焦ってもどこかに”余裕”が感じられる少女なのだが、今の叫びにはそれが感じられず、一木は再び焦りを感じた。
「そんな、あなたの民主主義評を聞きに来たのでは無い……わらわは決闘の最中、あなたの声を夢の様な場所で聞いたのだ。しかも、その前には本当のグーシュとやらとも出会った……」
そこまで言うと、グーシュは唾を飲み込み、小さく深呼吸した。
「……そいつはムカつくから殺したが、先生……あなたなら知っているはずだ。あいつは一体なんで、わらわは一体何なのか……」
グーシュに余裕がないだけでここまで自分も余裕がなくなるのかと、一木は驚いていた。
しかし、そんなグーシュの言葉をぶつけられたアイムコが、あまりにも楽しそうに笑みを浮かべているのを見て、一木は気を引き締めた。
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次回更新予定は23日の予定。
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