第3話―2 師匠
「よくこんなに面白い空想説話が書けるな」
「なあに簡単さ。いい種本がたくさんあるからね」
「うーむ……わらわもその種本というのを見たいのだが……」
「ダメダメ。たとえ殿下でもそれは聞けません……。まあいずれ、真実を知った時にでも……」
――ある日の第三皇女グーシュリャリャポスティと空想説話アイムコ・ミュニストの会話
眠気が消えてしまい、あまつさえナンバーズ……もとい因縁深い師に会いに行くと言われれば、グーシュとしても応じないわけにはいかなかった。
(正直、兄上を殺した後のゴタゴタですっかり夢だと思い込んでいた。わらわとした事が……)
グーシュは自分を責めながら、デフォルメミラーをギュッと抱き締めた後、椅子の上にそっと置いた。
「……アイムコ先生の家は分かるか?」
「ああ、車を用意してある」
淡々と応じる一木を一瞥すると、グーシュは少し脂ぎった髪をぼりぼりと掻いた。
地球連邦軍の宿営地で暮らす前ならば、三日間風呂に入らない事など対して気にならなかった。
今くらいの汚れでも、香油を軽く塗って終わりだった。
だが毎日シャワーを浴びる生活を続けたせいか、酷く不愉快だった。
(……贅沢にはすぐ慣れる……なんとしてもわらわは、臣民にもこの感覚を味合わせてやりたい……そのためにも、アイムコ先生の正体なんぞにいちいち打ちのめされるわけにはいかんのだ)
決心を固めると、グーシュは足を踏み出した。
「よし。いくか、一木」
一木が頷き、顎のパーツが胸部の出っ張りにぶつかる金属音が軽く響いた。
※
「いつもの装甲車とは随分違うな。走っているのにまるで宮殿にいるようだ」
「故郷の自動車会社が作った要人輸送用の車だからな。俺が生身の時にも同系列の車両が走っていた……生身の頃に乗りたかったな」
用意された車はいつもの歩兵戦闘車ではなく、要人輸送用の豪華な箱型の自動車だった。
常世田社という一木の故郷の企業が開発した大型の車で、車内はグーシュにも分かる程上質な造りだった。
もっとも、一木は後部の荷物を置くスペースに物同然に横倒しになっていたのだが。
どうもグーシュの立場をおもんばかってこの車両を用いたようだが、どうにも無駄な配慮だった。
どのみちルーリアト人には、アルフォードとかいうこの高級車と武骨な歩兵戦闘車の区別などつかないのだ。
軽装甲なこの車両を警護するために長い車列を組むくらいなら、いっそ戦車でも用意した方がよほど帝都の民のためになっただろう。
もっとも、今さそんな事を言うほどグーシュも意地悪で暇ではない。
グーシュは先ほどまで一木が語っていたことに思考を戻した。
「あー、それでだ……今話したことは本当に、本当なのか?」
「本当だ。ナンバーズの正体は、一億年前に爬虫類型の異星人が作った家畜管理AI”ハイタ”が、爬虫類型異星人に変わる主を求め、放浪する中で様々な文明の異星人を参考に作成したアンドロイド達だ」
「そして、そいつらは今では休眠していたハイタの目的を忘れ、好き勝手に派閥を作って地球と異世界で暗躍している……その上、わらわ自身と一木もその暗躍の一環だと、そう言う事か……」
グーシュが呟くと、一木が金属音を立てて頷いた。
(あの、頷くときに顎をぶつける癖……この間まであそこまで酷くなかったのだがな……)
一木の体は、当然ながら人間のものとは形状が異なる。
人間と同じ感覚で動かせば、各部が干渉してぶつかり、傷がつく。
グーシュが出会ってから、何かしら急を要するときや慌てた時に一木はああして体をぶつける事が多かったが、今ではほとんど身動きするときずっとそうだ。
つまり、今一木には余裕が無いのだ。
シキを殺したサイボーグが帝都に潜伏しているのだから、無理もない。
(だが……何か引っかかるな。こいつ、何か隠していないか? だが、今のナンバーズ絡みの事ではない……うーむ、一体なんだ……)
一木が何かを隠しているという感覚は、ミラー大佐の死を知らされた時からずっとグーシュに付きまとっていた。
最初はミラー大佐の死の衝撃のせいで精神的に参っているのだと思っていたのだが、どうにも日常の行動の節々に妙な反応が目立つのだ。
(今まで意識してマナとだけ仲良くするようにしていたのに、最近妙に他のアンドロイドにもベタベタするな……)
そのせいで、どうにもグーシュの意識は精彩を欠いていた。
普段のグーシュならば、ナンバーズ達の壮大な物語を聞けばそのことだけで心が満たされ、興奮冷めやらなかっただろう。
しかし、グーシュの人生を変えた盟友であり、盟約を交わした友である一木の異常が、グーシュに影を落としていた。
そんな状況のせいか、車内は沈黙に包まれ、運転を担当する福利課のSSが運転する物音だけが車内に響いた。
結局その沈黙はアイムコの家に着くまで続いた。
「ついたぞ一木」
「え? いや、ここは……」
グーシュが運転手に停車を命じたのは、ナビシステムの指示する場所からかなり離れた場所だった。
一木が困惑したようにモノアイを少し回していた。
「アイムコ先生の家は下町の奥まった場所にある。こんなデカい車で行ったらエライことになるぞ」
「いや、地図では大丈夫なはずだが……」
「……そう言う所は抜けているな、地球連邦軍。露店やら遊びまわる子供やら、違法に彫られた井戸やらがある道だぞ? そんな所に今話題の海向こうの国が馬無し馬車で来たら大混乱だ。死人を覚悟しろよ」
「わかった、降りて歩こう」
グーシュの言葉を聞いて納得した一木は、車列を下町区画の手前にある広場に止めると、二個分隊の外務参謀部の警護課を引き連れて歩き出した。
一分ほど歩くと、グーシュにとってはお馴染みの香辛料とドブの匂いが漂ってきた。
懐かしの帝都の下町だ。
ほんの少し前まで酒場や鶏肉宿、アイムコの家に来るために通った場所なのに、酷く懐かしく、そして酷くみすぼらしく見えた。
家々に閉じこもり、怯えと好奇心も入り混じった視線でグーシュと一木、そして護衛のSSを眺める住民たちが、その気持ちに拍車をかけた。
「……すまんな、一木。小汚い場所で……。だが安心しろ、わらわが皇帝になればここも綺麗に……」
グーシュが取り繕う様に一木に話しかけるが、一木はと言うとグーシュの言葉に反応するより早く歩き出していた。
そして、グーシュが反応するより先に怯えながら肉を焼く露天商の男に話しかけた。
「この、料理は何なんですか?」
「ヒェッ! あわわ……こ、こいつぁ森豚のくず肉を包丁で叩いて、餅粉をまぶして練ってから焼いたもので……う、海向こうの将軍様なら差し上げますよ!」
「お気持ちはありがたいがご主人……今日は仕事なので、お気持ちだけいただきましょう……」
やけに穏やかな声で一木は店主に礼を言った。
そして、振り向くとあっけに取られるグーシュに向けて声だけで笑いかけた。
「いい町じゃんないか。子供の頃の祭りみたいだな。マナかシャルル大佐を連れてきて食べればよかったよ」
一木らしからぬ配慮の利いた言葉に、グーシュはあっけに取られつつ曖昧に頷いた。
そして、怯えたり笑ったりする住民に愛想を巻きながら歩き出した。
「さあ行こうグーシュ。あのアイムコには聞きたいことがたくさんあるんだ」
そこまで来て、グーシュは一木が下町を恥じた自分に気を使っている事に気が付いた。
どうやら、やけに優しいのはアンドロイドだけではない事にも気が付き、いよいよグーシュは不安になった。
「一木、お前本当に……」
グーシュが心中の不安をとうとう口に出したその時だった。
周りにいたアンドロイド達が、いきなり踵を返して車列の方に戻って行ったのは。
「なんだ!?」
「どうした皆! こ、故障か!?」
思わず狼狽えるグーシュと一木。
だが、そんな二人を嘲笑う、聞き覚えのある声が聞こえた事で、グーシュは一木より早く立ち直る事が出来た。
「先生!」
グーシュの叫びと同時に、近くにある鶏肉宿から娼婦と一緒に出てきたのは、見知った禿頭の大男だった。
「やあ、グーシュ……そして、一木弘和。よく来たね」
「禿頭に坊さんの格好……あんたが……」
一木に驚いた娼婦に金を握らせると、アイムコは鶏肉宿に押し込んだ。
予想より金が多かったのか、満面の笑みで宿の奥に駆けていく。
「まあまあ、ここでは空想説話作家で通ってるんだ。家で話そうじゃないか。ああ、アンドロイド達にはちょっと車列で待っててもらおう。なんせ小屋みたいに小さな家なもんでね。あんなにいたんじゃメタルアクチュエータで埋まってしまうよ」
「あなたは、SSに干渉できるのか?」
一木が怯え切った声で問うと、アイムコはグーシュが説話のネタについて尋ねた時と同じように答えた。
「? そりゃそうさ。君たちにアレの作り方を教えたのは誰だと思っているんだい?」
見慣れたはずのにこやかな禿頭が、今日のグーシュにはなぜだか恐ろしく見えた。
私の苦手な繋ぎ回でした。
もっとテンポよく進められるように精進しまくては……。
という訳で次回。
ようやく約束のアイムコ宅訪問です。
果たしてナンバーズの彼が語る言葉とは?
次回更新予定は16日の予定です。
よろしくお願いします。




