第3話―1 師匠
地球という星からの来訪者か……。
彼らが非カルナーク的な肌の色だとしても、私は会おうと思う。
もはや、肌と血筋だけで全てを決める時代は終わりつつある。
これからは二等カルナーク以下の人間でも、積極的に社会を動かしていくべきなのだ。
今回の異星からの来訪者は、そのきっかけとなる素晴らしい出来事だ。
地球人。
どうか、我らカルナークの良き友となってほしい。
──クク・リュ8956・純カルナーク著『私の数奇な人生』より 曾祖父の地球とのファーストコンタクトを受けての言葉
「で、出来た……」
帝都に朝日が昇る直前。
グーシュはガズル邸に用意されたオブザーバー室……要は私室の端末の前で呟いた。
一木達との会議直後から不眠不休での皇帝と宰相に地球連邦に関する説明をするための資料作りに、今まで忙殺されていたのだ。
ミルシャの様な隈の出来た目で振り返ると、背後にはつい先ごろまで資料の感想役として働かされていた近衛騎士3人組、カナバ、エザージュ、ルライがやつれ切った顔で倒れ込んでいた。
この3日間ミルシャと共に、グーシュが作成した資料を読んで感想を述べるという役目を務めていたためだ。
一睡もせずに自身の理解の範疇を遥かに超えた情報を詰め込み続けた彼女達は完全に脳が疲労しきり、その有様は死体も同然だ。
ちなみに、ミルシャは彼女達よりも地球の情報に耐性があったものの両腕の傷が重く、昨晩のうちにダウンしていた。今は医務室で同僚と同じように眠り込んでいる。
「礼を言うぞお前たち……。いやあ、分からないものだな。空想説話を読まないと”異世界”や”星の海”、”歯車仕掛けの人間”みたいな事も分からないとはな……」
グーシュはこの3日間の驚きと困難を思い出し乾いた笑みを浮かべた。
趣味的な話をするとき、相手は説話作家のアイムコや星見官の老人。またはずっとうんちくを語っていたミルシャや空想説話愛好家だったので、グーシュにはそういった概念が分からない、といった感覚が分からなかったのだ。
もし、お付き騎士達に資料を見せて彼女たちの疑問を参考にしていなければ、皇帝と宰相はそもそもグーシュの資料を理解できず、今回の作戦はいきなり頓挫していただろう。
「……さすがに眠い……謁見は午後からだし、わらわも昼まで寝るか……寝台はこやつらにやって……わらわはこの子と寝るかな……」
グーシュはそう呟くと膝に抱いていた小さな影を抱き寄せた。
それは、ミラーが懲罰中に入っていたデフォルメボディだった。
ミラーが本体に戻ってからはお役御免となっていたものを、ミラーがああなってからグーシュとミルシャはもらい受けていたのだ。(グーシュは本体も欲しいと言ったが、それは流石に全員に止められた。無論許可もされなかっただろうが)
「ミラー……見ててくれよ。火人連のサイボーグなんぞにわらわは負けないからな。ミラー……」
目を閉じたまま身動きしないデフォルメミラーのもちもちのお腹にギュッと顔を押し付けると、グーシュは他の空き部屋の寝台に向かうべくゆっくりと立ち上がった。
その時だった。扉を重く叩く音がしたのは。
「グーシュ、ちょっといいか?」
何事かと思ったら、聞こえた声は一木だった。
どうやら、借金取りでも来たかの様な音は彼の軽いノックだったようだ。
そんな轟音にも身動きせずに眠り続けるお付き騎士達を恨めしそうに見た後、グーシュは眠気をかみ殺して応えた。
「構わないぞ一木」
グーシュの声を聞くと、ゆっくりと扉が開いた。
そこにいたのは、下半身の修理を終えて万全の体になった一木だった。
「すまないグーシュ。忙しい時に……プレゼンの資料はどうだ?」
「なんとか、な。眠りこけてるこやつらと事務方のSLがいなければ詰んでいたな」
「よかった……」
そう言うと、一木は黙り込んだ。
グーシュとしてはとっとと会話を切り上げて寝たかっただけに、少々苛つきを感じる反応だった。
「一木……どうした? 用があるのではないのか?」
グーシュがわざと苛ついた声色で言うと、一木はくるりとモノアイを一回りさせた。
今のモノアイの動きはどういう意味かとグーシュが考えこんだ瞬間、一木は意を決したように話し始めた。
「疲れている所悪いがグーシュ。一緒に来てくれないか?」
「はぁ?」
グーシュの口からは、本人も驚くほどガラの悪い声が出た。
どうも、自分の疲労は思ったより濃いようだとグーシュは感じたが、今の声は流石に無いだろうと気持ちを切り替える。
それにだ。
(こいつがこういう回りくどい態度をとるという事は、絶対に聞いた方がいい内容だ……)
恐らくこの3日間誘おうとして、グーシュが忙しそうにしているので躊躇っていたのだろう。
それをこのタイミングで来たという事は……。
(事務方から資料が完成した事を聞いていたのか……素直にくればいいのに、本当に心配性だな)
グーシュは心の中でため息をつき、気持ちをいつものグーシュに切り替えた。
おおらかで、懐の深い。豪放磊落な皇女に……。
「帝国の恩人であり、わらわの恩人であり友である一木将軍の頼みならば無論だ! それで、謁見直前に誰の所にだ? まさか帝都の名所見学という訳でもあるまい?」
軽口を言いながら、いつもの応対をするグーシュ。
しかし、一木の返答は煮え切らない。
「……疲れている所本当に悪いんだが、ちょっと会ってほしい人が……いや、人か? いやまあ、人でいいのか。グーシュにとっては人だしな、いいか……」
グーシュは「回りくどい!」と怒鳴りたい気持ちを抑えた。
いつもより、感情が表に出やすくなっているようだった。
気をつけねばならないと、改めて自分を諫める。
「ちょっとナンバーズに会いに、な」
「なんだナンバーズか……えっ」
グーシュは絶句した。
ナンバーズ。地球連邦を実質支配する強大な機械達。
だが彼らは休眠しているはず……。
「そいつらは休眠しているのでは……」
グーシュの問いかけに、一木は淀みなく答えた。どうやら覚悟を決めたらしい。
「……グーシュが皇太子になった今、君にも情報を共有するべきだと考えたので、言っておこう。ナンバーズは休眠していない。彼らは地球人や異世界人の姿を取って、あらゆる場所で活動している」
瞬間、グーシュの脳裏に忘れかけていた記憶が蘇ってきた。
ルイガとの決闘の最中。
気を失った時、夢の様に見た光景。
もう一人の自分を殺した後、唐突に表れた師の姿。
そして師が語った言葉。
『ふふふ、グーシュらしいな。だが、漫画の事は一旦忘れなさい』
ゆーはくのネタに反応し。
『さあ、グーシュ! 君を縛るものはもういない! 君は進み続けるのだ! そして、王も皇帝も将軍も、総統も書記長も主席も、総理大臣も大統領も成せなかったことを、君が成しなさい!』
明らかに地球の歴史を踏まえた単語を用いてグーシュを鼓舞した。
『王道作戦が終わったら、一木君と一緒に来なさい。教えられる疑問には全部答えてあげよう』
そう言ってグーシュを誘った、禿頭の大男。
「そうだ、説話作家アイムコ・ミュニスト。正体はナンバーズの一人、ナンバー6。異世界で活動する、地球連邦を支配する存在の一人だ」
一木の言葉を聞いて、泥の様な眠気が消えるのをグーシュは感じた。
前書きスペースを利用して、ちょっとした小ネタを書いてみようかと思います。
ネタと余裕があるときは入れていくつもりなので、ご意見などありましたらお願いします。
さて、少しアイムコとの会話を挟んだ後、いよいよ皇帝との謁見となります。
その後は、章タイトルの回収へと……。
よろしくお願いします。
次回更新予定は明日の予定です。
所用のため短めとなりますが、よろしくお願いします。




