第2話―3 謁見準備
「根回し無し……いやせめて四公爵家と属国議会……いや待てよ騎士団の幹部……いやいやいやそれを言うと小規模貴族達への……」
唐突なジーク大佐の言葉に、グーシュはブツブツと帝国の有力者たちを思い浮かべた。
そもそもルーリアト帝国は権限の委譲という改革の中にあったのだ。
外敵のいない平和で安定した国だと官吏達や臣民、そして地球連邦軍ですら考えるルーリアト帝国だが、その実その安定は薄氷の上にある脆いものだ。
そもそもの統治システム自体が百年前の建国から急ごしらえで作られた歪なものだ。
リュリュ帝の両腕と呼ばれたゼーゼとゼーガが急ごしらえで作った上に、統一戦争以来の怨嗟をサールティ二世が穏健な体制に改革してガス抜きすることによって無理やり安定させたからだ。
いわば左右に大きく歪んだ塔を、直さずにそのまま改造しようとしているようなものだ。
揚げ句に今、その改造の旗振り役だったルイガ皇太子と、実行役だったセミックとイツシズが急にいなくなった状況なのだ。
(下手に独立戦争だの反乱だの起こされてはたまらないと思い、父上への提案前には綿密な根回しをしたかったのだが……)
グーシュはそこまで考えた所で、ちらりとアンドロイド達の表情を見た。
どことなく居心地の悪そうな、それでいてグーシュを憐れむような表情に感じられた。
いつもニコニコ顔のシャルル大佐までそうなのだから、よほどの事だとグーシュは察した。
(ああ、なるほど……)
「騒乱……最悪内戦を覚悟してでもここは素早く、という事か?」
グーシュの言葉を聞いて、アンドロイド達の目を逸らした。
一木とマナ大尉だけがグーシュの言葉に驚きをあらわにした。
「内戦だって!? そんな……そもそも俺たちは、この星を穏便に地球連邦に参加させるために来たんだぞ!? それが、内戦を許容するなんて……それなら俺たちは、なんのために橋を落としだんだ!」
一木の真っすぐな言葉が、今のグーシュにはありがたかった。
「まあ、そう言うな一木。それにだ、帝都でサイボーグ狩りをして焼け野原になるよりは、剣と槍を持った連中を相手にした方がずっとマシだ」
なっ? と言って一木の肩を叩くグーシュ。
怒りを浮かべていた一木は、一番怒ると思っていたグーシュに逆になだめられて、モノアイをクルクルと回していた。
(まあ、腹が立たんわけではないが……逆に考えればいい機会とも言える。地球の軍事力で頭の古い騎士や貴族……属国の反帝国主義者を倒してもらえると考えれば、むしろ好機と言える)
そのためならば、川にグーシュ派の兵士たち諸共落とされた事が無意味になるくらい大した事ではない。
グーシュはそう気持ちを切り替えた。
「それでだ。わらわが父上を説得する事で、どうサイボーグ対策に繋がるのだ?」
グーシュが尋ねると、ジーク大佐が引き続き答えた。
先ほどのバツの悪そうな表情など、とうに消えていた。
(感情制御型アンドロイドとはよく言ったものだ。下手な人間より”感情”を制御している)
要するに、先ほどのグーシュに対する表情は彼女たちなりの謝罪だったのだ。
(さしあたり、私たちは謁見及び説得の早期化により内戦のリスクが高まる事を知っていて、そのことが殿下に失礼に当たる事気が付いていますよ、ごめんなさい。と言ったところか。わらわに参謀達が揃って謝罪するわけにもいかず、ああいう器用な事をしたわけだ)
ある意味一木より腹芸が出来て、覚悟が出来ている。
グーシュは困難な状況でも、頼れるアンドロイド達に安堵を覚えた。
「殿下には申し訳ない話だ……けれど皇帝が連邦加盟に前向きな反応さえ見せてくれれば、駐留軍の組織に関する規約が適応可能になる。そうすれば月の工場で歩兵型の大量生産や増援部隊の手配が可能になる」
「つまり、サイボーグへの対処と反乱への対応の双方が出来ると、そういうわけか……期間は?」
「最短で半月。それでサイボーグの捜索、制圧に必要な三万人規模の部隊を展開しながら、反乱対策の部隊を待機させることが出来る」
「むー……」
ジーク大佐の提案に、グーシュは腕組みをして唸った。
月面の工場見学で見た光景を考えれば、無謀な提案では無い。
完成したばかりのアンドロイドは練度が低いが、増援が来てそういったアンドロイドの指揮役に回ればある程度は戦えるだろう。
もとより、人海戦術で見つけ出し精鋭部隊で叩くというのがサイボーグ対策だ。
それならば、ジーク大佐の作戦は正しい。
「一木はどう思う?」
グーシュが水を向けると、一木はすこし躊躇った後声を発した。
「グーシュがいいのなら、俺は構わないが……いいのかグーシュ? ルーリアト人同士で殺し合うかもしれないんだぞ?」
「さっきも言っただろう一木。悪いのは火星のサイボーグだし、帝都を焼くよりは地方の血の気の多い連中を制圧した方がマシだとな。わらわは新しいルーリアト作りを邪魔する連中に容赦する気はそもそもないしな。第一、殺し合いなら年中行事だし、今日ももう済ませて来た」
グーシュの言葉を聞いて、一木はハッとした様子を見せた。
そして、静かに頭を下げた。
その様子を見てグーシュは苦笑した。
アンドロイド達と違って察しが悪く、こういった事に随分とこだわる、いや過ぎる。
「そう言う所がお前の悪いところで、いいところだな」
グーシュの言葉に、マナ大尉以外のアンドロイド達が頷いた。
その光景に、今度は一木がバツの悪そうにモノアイを揺らした。
こうして、グーシュ父親である皇帝と宰相に詳しい説明をするという名目で謁見の許可を得る事が決まった。
情勢を考えると一発勝負のプレゼンを強いられたグーシュは、この日から不休で地球連邦の資料を制作することとなった。
もっともこの数時間後に謁見の許可が下り、期日が明後日になった事で、準備作業は不眠不休へと変更されてしまったのだが。
説話を読まない皇帝と宰相への資料作りは困難を極めたが、ミルシャとお付き騎士の三人の尊い犠牲により、何とか謁見に間に合うのだった。
謁見準備は終わり、次回より第3話 星の海向こうの国 が始まります。
お楽しみに。
次回更新予定は10日の予定です。
よろしくお願いします。




