第1話―3 残骸
「あの時……シキにサイボーグの対人刀が突き刺さった時……俺はあいつらを殺してやろうと思った……」
絶望に満ちた、それでいて空虚な一木の声は続く。
「あの時の俺には、確かに憎しみがあった。目の前のサイボーグ達を、火星の人間を全員殺そうとする程の深くて強い憎しみがあったんだ」
その声には、聴く者を圧倒する強い感情が込められていた。
クラレッタ大佐達アンドロイドはもちろん、いつもなら思考を止めることの無いグーシュですら一方的に受け入れるしかない、ある種呪いにも似た強い感情が込められていた。
「だから、俺はシキに刺さった刀が抜けなくなったサイボーグの頭を、高周波ブレードで真っ二つに……今でも手に感触が残っている。鉄の塊を刃物で殴ったような感覚の後、熱した刃物でバターを切るようなヌルついた感触……そしてゼリーみたいな柔らかい物が崩れる気配がした後、目の前のサイボーグのヘルメットが割れて……」
そこまで言うと、一木は大きな金属音を立てて膝をついた。
マナ大尉だけがその音に反応して、一木を支えようと寄り添ったが、一木はそれでも話を止めなかった。
「割れ落ちたヘルメットの下に合ったのは、若いアジア系の男の顔だった。驚いたような表情を浮かべた顔も、すぐに真っ二つに割れて……中から脳みそがこぼれて……うぅ……う、うううう……」
「弘和君……もう……」
マナ大尉のか細い声が聞こえたが、一木には届かなかった。
絶望した空虚な声に、今度は怒りが混じった。
「俺はあの時……目の前の男のサイボーグを殺した後、すぐに後ろにいたもう一人のサイボーグも殺せばよかったんだ! なのに俺は、シキの事が心配でシキに駆け寄って……火星の連中への憎しみを一旦忘れてしまった」
勢いよく、一木は自分の拳を床に叩きつけた。
床の石材が砕け、一木の拳がひしゃげる。
飛び散った一木の指がマナ大尉の頬に傷をつけた。
「……そうしたら、泣き叫ぶ俺の声の後ろから、女の泣き声が聞こえたんだ……『先輩、先輩死なないで』って……あの時、俺の心は冷めてしまった……復讐心から醒めてしまった……思ってしまった。俺はもう復讐を終えて、今度は俺が復讐される側になったんだって……」
ようやく思考力が戻ってきたグーシュは、ここでようやく気が付いた。
一木の言葉に込められた怒りの対象にだ。
一木が怒っていたのは、火人連の連中に対してでは無かったのだ。
一木が怒っていたのは……。
「結局その後ザンスカール旅団が助けに来てくれて、女のサイボーグは撤退していった……だけど俺は、本当ならあの時殺されていればよかったんだ……俺がシキを殺したサイボーグを殺したように、”先輩”を殺した俺も殺されるべきだったんだ……クラレッタ大佐……ジーク大佐……すまない。俺のせいだ……復讐心を失って、そのくせに殺されもしなかった俺のせいだ。ミラー大佐が死んだのは、俺のせいだ……ぐぅ……ううううううう……だから、俺は責任を……」
自分自身だった。
一木が怒りを抱いていたのは、自分自身だったのだ。
強い復讐心を持つでもなく、恨みを持った相手に殺されるでもなく、ただ流されるように生活を続ける自分への強い怒りが一木の根本にはあったのだ。
「弘和君……」
「一木……」
「弘和……」
マナ大尉もグーシュもジーク大佐も、掛ける言葉が見つからなかった。
実のところ、グーシュにはいくつか案はあった。
あったのだが、果たして今思いついたうわべだけの励ましが、果たして目の前の男に通じるのか迷ってしまったのだ。
(そもそも、大切な者を殺した連中を恨まないというのが……あまり理解……いや、だがわらわもミルシャを殺そうとした連中に対して……うーむ……)
グーシュは考え込んでしまい、結局言葉を発する事が出来なかった。
大衆や集団に対しては冴えわたる彼女の間隔は、深く見知った個人に対しては途端に鈍ってしまった。
一方のアンドロイド達はと言うと、マナ大尉は一木に寄り添って一緒に泣き、ジーク大佐は迷うようにそわそわとその場で身じろぎしていた。
だが、たった一人クラレッタ大佐だけは違った。
彼は無言で足音を甲高く立てながら一木に背後から近づくと、床に這いつくばって泣き声を上げる一木の尻を思いっきり蹴とばしたのだ。
金属がひしゃげ、何かが砕けるような音が部屋に響く。
どう考えても致命的なまでに一木の体が破損した音だった。
「うご、がぁ……あ、足の付け根のモーターが……」
驚きのせいかいつもの調子の一木の声が聞こえる。
そのことに一瞬ホッとしたグーシュだったが、一木の腰の部分から黒煙が上がるのを見てそんな気持ちは吹き飛んでしまった。
だが、クラレッタ大佐は気にした様子もなく怒声を一木に浴びせた。
「ミラー流の説教だ一木弘和! ふざけたお気持ちは吹き飛んだか!? ああっ!!??」
声色が完全に男性のそれだった。
あまりの剣幕と恐ろしい叫びに、グーシュは思わず身を縮めた。
帝都一番の筋者でもあそこまでどすの利いた声は出せないだろう。
「く、クラレッタ大佐……俺は……」
「復讐心が無くなった? 殺されなかった? ミラーが死んだのは俺のせい? しょおおおおおおおっもない事でわんわん泣き叫びやがって、女々しい事言ってんじゃねえ! 落ち込んだ時のダグラスじゃあるまいに、シャキッとしろシャキッと! だいたい俺の可愛い可愛い妹の死をダシにして愚痴を言うようなセコイマネするんじゃねえ!」
「す……いや、ごめんなさい……」
元通りの少し頼りない声が聞こえる。
さらに黒煙に包まれた部屋の中、一木のモノアイがクルクルと回るのが見えて、グーシュはようやく安堵した。
クラレッタ大佐の喝が利いたのか、その後の一木はいつもと同じ様子だったからだ。
だからグーシュもその場にいた者も、一木は思いのたけを吐露した事で落ち着いたのだと思っていた。
(……ん? そういえば一木……責任がどうとか……)
グーシュが疑問に思った瞬間、黒煙に驚いた殺大佐とシャルル大佐が慌てて消火器を部屋にぶちまけて、グーシュ達は粉塗れになった。
結局グーシュは一木を問いただし損ね、その機会は永遠に失われた。
予告日より遅くなり申し訳ございません。
案の定副反応でぐったりしておりました。
次回更新予定は、ちょっと未定とさせていただきます。
体調もですが、本業が少々多忙で予定が定まっておりません。
一週間はかからないと思いますので、どうかよろしくお願いしますm(__)m




