第0話―2 勇者と神官
「気持ちよかったー。やっぱりこの、”しゃわー”は最高ですね♪」
薄明りに包まれたコンクリートの壁に囲まれた部屋に、シュシュの明るい声が響いた。
帝都の下水道を通った先にかねてより用意していたセーフハウスは、旧カルナーク軍の地下要塞のノウハウが用いられた特製のもので、異世界派遣軍の探知から逃れつつ、汚水の水流と地上の太陽光を利用した発電設備によりある程度の快適装備も兼ね備えた高度なものだった。
先ほどまで悪臭と跳ねた汚水の汚れで涙目になっていたシュシュだったが、セーフハウスにつくと一転。空調の利いた快適な部屋に温水シャワー。真っ白な寝具のベットに、ルーリアト帝国では皇族でも中々食べる事の出来ない甘い菓子(チョコレート味のカロリーバー)にすっかり上機嫌だ。
「……ねえ、シュシュ……私言いましたよね? 着替えはシャワー室の隣に置いておいたって……なんで裸で出て来たんですか?」
ジンライ少佐の言う通り、シュシュは全裸だった。
ふわふわ、とまではいかないものの清潔なバスタオルを首にかけ、濡れた肌のままジンライ少佐の方へと歩いていく。
「わたし、寝るときは裸だから。それに、ハナコこそ裸じゃないですか」
シュシュはわざとらしく体をくねらせた。
脇腹に少しついた肉が柔らかくたわみ、濡れた体と相まって肉感的な印象をより強くさせた。
そんなシュシュの体をチラリと横目で見た後、ジンライ少佐は少し強張った声で答えた。
「私はいいんですよ。生身のあなたと違ってこんな体ですから」
ジンライ少佐は、ベットに座り込み汚れた装備一式を取り外してボディの整備中だった。
そのためシュシュの言う通り彼女も全裸なのだが、その体はまるでマネキンの様にのっぺりとした造形だ。
異世界派遣軍のアンドロイドならば当たり前にある乳首や性器、体毛の様な人間らしい造形は全く無い。
シュシュはそんなジンライ少佐に近づくと、背後からジンライ少佐の頭を包み込むように抱き着いた。
「自分の体を卑下しないでくださいハナコ……。わたし、あなたの体好きですよ?」
そう言ってシュシュはジンライ少佐の顔をわしゃわしゃと撫でまわした。
火人連製のサイボーグにおいて、唯一人間らしい感覚器官を備えた頭部と顔を愛撫され、ジンライ少佐は思わず顔を上気させた。
「シュ、シュシュ……今は整備中だから……んぅ……あうぅっ……あんっ!」
「うりうりうり~。何をイライラしてるんですか? ハナコらしくない……私の可愛い王子様……」
シュシュのおちょくるような、それでいて心配するような声に、ジンライ少佐は少し視線を泳がせた後観念したように声を絞り出した。
シュシュは両手でジンライ少佐の両頬を抑え、じっと少佐を見つめていた。
「……さっきの……」
「うん……」
「さっき倒したアンドロイドを見て……少し、火星陸軍の軍人としては情けない話だけど、少しだけ、嫉妬しました……」
「嫉妬?」
「私たち火星陸軍のサイボーグは、地球人類を機械の脅威から救うため、全てを捨てる覚悟でこの体になった存在……なのに……」
「……」
ジンライ少佐の声に、シュシュは何も言わずじっと話を聞いていた。
「人類に寄生して、自己快楽に耽るためだけに人間と暮らす邪悪な機械……あいつらには、人間らしい体がある……間近で見たら、嫌でもそのことに気が付いてしまって……情けない……」
「そんな、情けなくなんか……」
シュシュはジンライ少佐を励まそうと口を開いた。
だが……。
「情けない! 情けない!! 情けない!!! 戦闘ロボットのくせに膣があるようないかがわしい連中に嫉妬してしまうなんて、私は……最低の人間だ! ……死んだ同胞達に。死んだ先輩に……申し訳なくて……」
激しく感情をあらわにするジンライ少佐に対して、シュシュは先ほど開きかけた口を閉じると、黙って叫びを聞き続けた。
五年前に出会って以来、シュシュの支えであり続けたこの愛おしくて可愛いくてカッコいい”王子様”の無様な叫びを、数分程じっと受け止めた。
「はぁ、はぁ……」
「……落ち着いた? 私の王子様?」
叫びがひと段落した所で、シュシュはジンライ少佐の耳元でそっと囁いた。
ジンライ少佐は耳元の吐息に身を震わせる(生身の頃の反応は容易に消えるものではない)と、顔を赤らめた。
「いつも、ごめん」
「いいですよ。ハナコはみんなの頼れる”ろーにん”最強のさいぼーぐなんです。愚痴を聞くくらいならいくらでも……ね? ハナコ……」
「シュシュ……」
互いの名を呼び合う二人。
ジンライ少佐の背後から顔を見下ろすシュシュと、見上げるジンライ少佐の顔が、段々と近づいていく。
そして……。
ピリリリリリリリリ!
「うわ!」「きゃ!」
シュシュとジンライ少佐は突然鳴り響いたアラーム音に驚き、思わず声を上げた。
当然、触れる寸前だった口元の距離も再び開いてしまった。
「ちぇっ……」
前年層に舌打ちするシュシュの方を少し名残惜しそうに一瞥すると、ジンライ少佐はアラームの元である左腕に内蔵された端末を起動させた。
すると起動と同時に端末から立体映像が投影され、人間の立体映像を空中に投影した。
「ああ、よかった。通じたようですね」
立体映像の主は不思議な姿をした少女だった。
まず、青を基調とした複雑なかつ様々な装飾の施された不思議なデザインのドレスを身に着け、さらに宝玉の埋め込まれた縦長の帽子を被っている。
衣装の布地も実用性皆無の透き通るような薄いもので、身体のシルエットや肌着が丸見えだった。
この時点でRPGから抜け出したとしか言いようのない姿だが、この少女はさらに左手に巨大な杖を持っていた。
杖はサファイアの様な青く透き通った材質で出来ており、さらにその先には幾何学的な構造の金属によって保持された、人間の拳ほどの青い宝石が付いていた。
「「神官長!?」」
そんな不思議な服装の、水色の髪と白い肌の少女の銀色の瞳に見つめられ、シュシュとジンライ少佐は驚いて思わず大声を上げた。
「はい、そうです神官長のニュウです。どうも、とんだお邪魔をしてしまったようですが……あ、続きします?」
「はい!」
神官長と呼ばれた少女の提案に、シュシュは即答で返事をした。
次の瞬間、ジンライ少佐はシュシュはの背中を思い切り引っ叩いた。
一分後。
「それで、神官長直々になんで通信を? 傍受されたらどうするの?」
「うぅ、まだ背中痛い……」
セーフハウス備え付けのシャツを着込んだジンライ少佐とシュシュは、ニュウ神官長と名乗った少女と椅子に座り対面した。
「ああ、そこはご心配なく。今ここにいるニュウは通信によるリアルタイムの私ではありません。先ほど少佐が開いたこの”風の杖”とのパスを通じて、ジンライ少佐の内蔵コンピューターに送り込んだニュウの記憶と人格の複製データです」
「……つまり、どうゆうこと?」
ニュウ神官長の説明を聞いたシュシュだが、流石に難しかったのか首を傾げた。
いくらルーリアトにおいてグーシュと並び称される存在でも、読み込んだ空想説話の量が理解力に差を生んだ。
「つまり、今ここにいるニュウ神官長は本物とほぼ同じ記憶を持ち、ほぼ同じ思考が可能な複製ってこと。しかも、事が済んだ後同期すれば、今の記憶も本体に戻るんでしょう?」
ジンライ少佐の問いに、ニュウ神官長は頷いた。
「その通りです。先ほどお二人がしようとしていた行為も、お二人の一糸まとわぬ姿もすべてこの記憶には残って……あ、ごめんなさい嘘です消します……」
ジンライ少佐がベットの上にある対人刀に手を掛けたのを見て、ニュウ神官長は慌てて発言を撤回した。
そんな様子を見て、ジンライ少佐はため息をつきながら対人刀から手を離した。
「で、なんで神官長御自らこんな所に? 確かにイレギュラーはあったけど、この後シュシュが皇族復帰をグーシュ皇女に伝えてルーリアトの政局を牽制。本隊には私が「ルーリアトの敵艦隊は強靭なり」と連絡して作戦は予定通り火星宇宙軍主力だけで行うんじゃ……」
ジンライ少佐の言葉に、ニュウ神官長はそれまでの笑顔を改め、真顔になった。
同時に、その場の空気が緊張感を纏い始める。
「ニュウがこうして来れた事自体は偶然でした。先ほどジンライ少佐が”風の杖”とのパスを開かなければ、危険な暗号通信を打つ必要がありましたが、結果的にこうしてニュウが来れた事で、作戦変更をスムーズに行うことが出来ます」
「「作戦変更?」」
シュシュとジンライ少佐の声がきれいに重なる。
「ええ。予定ではドゥーリトル作戦は、いきなり相手を殴りつける予定でしたが……」
そこまで言うと、ニュウ神官長は笑みを浮かべ、同時に額に青筋を浮かべた。
神官長の怒り具合に、思わずジンライ少佐はのけ反った。
「地球の協力者と火星評議会の横やりで、正々堂々と宣言してから殴りつける事になりました」
ニュウ神官長の奇妙な言葉に、シュシュとジンライ少佐は顔を見合わせた。
「正々堂々と?」
「殴りつける?」
「そうです。まあ、そう言う事でいろいろと面倒かつ政治的な事をしなくてはならなくなりましたので、仮想複製人格とはいえニュウ直々に参りました。こう見えても……」
誇示するようにニュウ神官長は左手の杖を上にかざした。
青い光が、セーフハウス内を淡く照らす。
「七惑星同盟の盟主ですから。地球連邦軍の現地指揮官との折衝は任せてください」
自分たちの任務は思ったより大事になった。
ニュウ神官長の言葉でそのことを悟ったジンライ少佐は、思わず机の下でシュシュの手を握った。
シュシュは優しく、強く機械の手を握り返した。
本業の多忙とワクチン副反応、体調不良でスケジュールがグダグダに……。
そのため新章早々にご迷惑をおかけしました。
次回からようやく、グーシュ達のパートに戻ります。
更新予定日は12日の予定です。
では次回
第1話 残骸
をお楽しみに。




