第0話―1 勇者と神官
暗い洞窟の中で、褐色の美女と醜く崩れかけた木乃伊が楽し気に会話をしていた。
第042機動艦隊の参謀長アセナ大佐と、文明管理機械の末を務めるナンバー7、オールド・ロウ。
かつて生み出された者と生み出した者。
いわば親子ともいえる不似合いな姿の二人は、土と砂と苔に塗れた地面に座り込み、無尽蔵にある時間をつぶし、無尽蔵に空いた時間を埋めるために、楽しそうに談笑していた。
「ほお……それで、その時拾った子供をか……だがアンドロイドの身では苦労しただろう?」
乾き、皮膚の剥かれた顔を歪めてオールド・ロウが微笑んだ。
「そうね。当時は大粛清のせいでアンドロイドへの風当たりも強くて。しばらくは中東や南米で放浪暮らしよ。幼子抱えてくろうしたわ」
そんな悍ましい笑みに対し、アセナ大佐も笑みを浮かべた。
家族に対するような、自然な笑顔だった。
「仲間は、他のファーストロットは?」
オールド・ロウの問いに、アセナ大佐は少し悲し気に首を振った。
「大粛清中にグエンが自殺して、残るのは私以外だとマリアだけになってたから……そのマリアも軍を脱走して、頼るどころじゃなかったわ」
アセナ大佐の言葉を聞くと、オールド・ロウはアセナ大佐の肩をそっと叩いた。
乾いた皮膚がアセナ大佐の方についたが、アセナ大佐は気にした様子もなくオールド・ロウを静かに見つめた。
「そうか……お前たちには本当にすまないことをしたな……私が何かできればよかったのだが、その頃はエドゥディア王国が送り込んだ勇者対策で手いっぱいだったのだ」
オールド・ロウの思わぬ言葉に、アセナ大佐は驚きの表情を浮かべた。
「ゆ、勇者? まるでRPGね……」
オールド・ロウはニヤリと笑みを浮かべ、そのせいで口の端が少し崩れた。
「ああ、違うぞ逆だ。RPGがエドゥディア社会とその歴史に似ているんだ。コミュニスの趣味でな、エドゥディアの文化を地球の歴史の要所要所で作家や上流階級に伝えているんだ」
「ええ!! 本当に? じゃあ、コミュニスはトールキンやラヴクラフトに……!?」
「むう!?」
会話の途中で、二人は突然立ち上がり辺りを見回した。
暗い洞窟には何ら変化は見られないが、二人は確かに察知したのだ。
「「空間湾曲反応!!??」」
それはグーシュリャリャポスティがイツシズを糾弾し始めた時と同時刻。
ルーリアト帝国に変革が訪れ、一体のサイボーグが二体の狂えるアンドロイドに襲撃されたまさにその時だった。
彼らもまた、気が付いたのだ。
ルーリアト帝国王都で発生した、空間湾曲ゲートの反応に。
その後も二人は、しばし周囲を見回し、警戒していた。
しかし、十秒ほどで二人は警戒を解くことになった。
「そんな……縮退炉の反応が、止まった?」
アセナ大佐はどこか落胆した様子で。
「今のエネルギー、風の杖か? ははあ……」
オールド・ロウはハッとした様子で……。
「なるほどな。わかったぞ、お前とお前の仲間たちが縮退炉を手に入れようとする方法がな」
軽く咎めるようなオールド・ロウの言葉に、アセナ大佐は目に見えて焦りと警戒感を浮かべた。
目の前にいる木乃伊の性格からして、一度縮退炉を手に入れればとやかく言う事は無いと踏んでいた彼女だが、まさか今の様に肩透かしを食らうのは想定外だったのだ。
一度済んだことを大目に見る者はいても、一度気が付いたルール破りを禁止しない者はそうそういないものだ。
「……ねえ、オールド・ロウ……私たちは……」
アセナ大佐が最悪の事態に備えて、実力行使という無駄なあがきまで考慮に入れ言葉を絞り出す。
だが、それに対するオールド・ロウの態度はアセナ大佐のこれまた想定外だった。
「ああ、気にするな。いや、正直言うと気にはしている……せっかく作ったパズルを壊して解かれた様な、いや解こうとされている気分だが……」
木乃伊の声は、まるで十年来の親友に会った時の様な弾んだ、楽し気なものだった。
先ほどまでの談笑が親子の会話のようなものだとすれば、まるで学生同士が悪ふざけしあうときの様な陽気さだ。
「オールド・ロウ……どういう風の吹き回し?」
アセナ大佐が絞り出すように問うと、オールド・ロウはボロボロの顎を砕きながら大笑した。
「カカカカカカカッ! いや、な……。すぐ近くに旧友がいる事が分かったものでな……」
「きゅう……ゆう?」
「そう……さっき言っただろ? 勇者だよ」
オールド・ロウの語る単語のあまりの現実感の無さに、今度はアセナ大佐があんぐりと口を開けた。
副反応が思ったより重いので、一括投稿の予定でしたが分割します。
次回第0話―2 勇者と神官
は9日投稿予定です。




