第41話―2 歓喜
「ちょっとハナコ! せめてお姫様抱っこしてください!」
小脇に抱えているシュシュが何かを叫んでいるが、一切無視してジンライ少佐は帝都を駆けていた。
突然現れたアンドロイド……しかも滅多に前線に出ないはずの参謀型は、タックルしてきた所を辛うじて撃破したものの、状況はお世辞にもいいとは言えなかった。
(単なる監視者……に見せかけて欠陥アンドロイドの独断専行……に見せかけて参謀型まで投入した本格的なマンハント!? マズイマズイマズイ! やっぱり帝都への侵入はシュシュ抜きで来るべきでした!)
参謀型アンドロイドは地球連邦軍の虎の子だ。
その身体能力もさることながら、内部に搭載された量子通信装置は、一部技術では地球をも上回る七惑星連合においてすら実用化されていない高度な技術の結晶だ。
火人連においても何度も鹵獲が試みられ、その度に地球側のなりふり構わない阻止行動により多大な犠牲を(主に異世界側に)成してきた。
そして、そんな存在を先鋒として投入してきたという事は、考えたくは無いが大隊規模の精鋭アンドロイド部隊がジンライ少佐とシュシュを捕えるために控えているのだろう。
そうなれば、あの路地にいつまでもいる訳にはいかなかった。
こうして逃走しても無意味かもしれないが、あそこにいるよりはマシなはずだ。
そう判断したジンライ少佐は、やたらとムチムチした女性型アンドロイドのコアユニットを貫いた直後、驚くシュシュをそのまま脇に抱えて脱兎のごとく駆け出したのだ。
「ハナコ、ねえ聞いてる?」
(宿には戻れない。非常用に用意していたセーフハウスに行くしかないけど、向こうがそれを見逃すだろうか?)
「ハナー! 聞いてるの? ちょっと聞いてほしい事が……」
(もう一度切り札を使用すれば、帝都から脱出できる? けど、ゲートからもう一度エネルギーを得ても、装備が対人刀だけでは心もとない……。やはりセーフハウスの一種兵装を……)
「ねえ、ハナコ! ……ごらー!!! ジンライ少佐、ちょっとは話を聞けー!!!!」
「さっきから何なの!?」
とうとうジンライ少佐はシュシュの叫びに根負けして立ち止まった。
が、立ち止まった事でようやく追ってが掛かっていない事に気が付いた。
「追手が……いない? 泳がされてるにしては……連邦軍の通信が少なすぎる……」
「追いかけられてもいないし、それに……三人目の女の子が言っていた事、聞いていました?」
シュシュの言葉に、ジンライ少佐は頭を巡らせる。
しかし、相手への警戒で精一杯だったジンライ少佐に、ミラー大佐の言葉は届いていなかった。
「……あのアンドロイド、何か喋ってた?」
「……あなたの名前……ジンライさんって。あと、私はミラーといいます……ハンス・ベルクマンの……そこまで言ったところで、あなたが刺した」
「ミラー……ハンス・ベルクマン……」
「聞き覚えある?」
ジンライ少佐は必死に記憶を探る。
生まれ育った火星の地下都市の家族や住人達。
幼年学校のあったコロニーの学友達。
サイボーグ候補生の同期。
賄賂をせびる都市メンテナンス要員の偉ぶったクソ野郎ども。
思想教育の方向性で派閥抗争を繰り広げる教員連中。
地獄の候補生選抜訓練の教官……。
「……全然無い。だいたい機械人形に知り合いなんていないわ、気色悪い。そもそも本当に知り合いなんていたら、こうしてここにいない。今頃火星で肥料になってる」
「そう……それなら、あの子も最初の二人と同じなんじゃない?」
しばし考え込んだジンライ少佐は、シュシュの言う通りかもしれないと考えを改めた。
部隊規模でアンドロイドが動けば、多少なりとも通信が活発化するはずだ。
だが、現状その兆候すらない。
これは皮肉な事だったが、日ごろから空間湾曲ゲートを突発的に開く事が当たり前だった火星軍においては、ゲート解放における通信障害対策が完璧だったのだ。
通信障害が起きないようにゲートを開き、余計なコストを掛けない地球連邦軍とは対極的な体制だったが、このことがジンライ少佐に、自分が原因で地球側が電波障害で混乱している可能性を考慮させなかったのだ。
「精神に異常をきたした個体をうろつかせるなんて……地球連邦はやっぱりろくな連中じゃないわね。ま、とはいえセーフハウスにはいったん戻りましょう。あの……」
ジンライ少佐は、空に映し出される巨大な空中投影モニターを見上げた。
シュシュもつられてそちらを見る。
アンドロイドとの交戦でところどころ見逃してはいたが、二人はグーシュが国葬会場に乱入し、イツシズを倒して演説を行う所をずっと聞いていたのだ。
今はグーシュが帝都臣民に演説を行い、民衆が一段と盛り上がっている所だった。
「あーあ……グーシュちゃん調子に乗ってますね。これは、お仕置きしないと……あ痛!」
シュシュが呟くが、ジンライ少佐はシュシュの尻を軽くはたいてそれを諫めた。
あくまで今回は、偵察が目的なのだ。
シュシュがグーシュの元を訪れるのも、通常の訪問の体を取りつつ、あることを伝えるのが目的なのだ。
それを伝えれば、グーシュの目論見をご破算……は難しくとも、遅延させることは出来る。
「お仕置きがどういう事なのかは知らないけど、まだ事を起こすかどうかは決まってない。本部の指示も無しに勝手な事はしないで」
「……むー。仕方ない……はーい」
頬を膨らませる25歳の人妻の仕草に若干戦慄を覚えながら、ジンライ少佐はセーフハウスのある帝都の地下通路に向かうため、とある橋の下にある小さな扉へと入り込んでいった。
そのため彼女は空に映し出された、恋人の命を奪った敵の顔を見損ねた。
※
「嘘だ……嘘だよ……ミラーちゃん……うぅ……うう、うううううううう……」
「おい……目を開けろよ、ミラ―! おい、ジーク! 何ぼさっとしてんだ! 早く修理班に連絡を……」
とある帝都の路地裏で、四人の参謀型アンドロイドが泣いていた。
そのうち二人。
略帽を被った殺大佐と、ピンク色の髪の毛のシャルル大佐は地面に倒れているミラー大佐を抱いて、声を上げて泣いていた。
「殺、シャルル……コアユニットが完全に破壊されている。もう駄目だ。ミラーは、死んだ」
少年の様な見た目のジーク大佐が、目からボロボロと涙を流しながら告げると、二人はさらに声を大きくして泣いた。
それを見て、ジーク大佐もさらに涙を流した。
一人だけ、金髪縦ロールの貴族の様な姿のクラレッタ大佐だけが、涙を浮かべながらも怒りの表情を浮かべていた。
立ちすくむだけの三人とは違い、たった一人で周辺を警戒していた。
一分ほど、そのまま四人は佇んでいた。
そして、不意にクラレッタ大佐が口を開いた。
「ジーク、周辺を簡易探査しましたが、伏兵はいないようです。ミラーの喪失の裏が取れました。通信異常が回復し次第、艦隊ネットワークに情報を上げなさい」
「……うん」
「殺! シャルル! いつまで泣いているの! 顔を上げなさいな! さあ、二人共、ミラーとマリオスとアイナの傷……どう?」
クラレッタ大佐の問いに、シャルル大佐が涙でぐしゃぐしゃの顔を上げた。
「……に、日本刀みたいな形状の刃物で、コアユニットの中心を綺麗に……他の二人も同じ……コアユニットを、真っすぐに……」
その場にいた四人に、シャルル大佐が見た破損個所のデータが表示される。
同時に、その破損は過去にあったとある事件の時のものと同一のものだと表示された。
「そう……ギニラスの時と、同じね」
クラレッタ大佐の言葉に、他の三人が体をビクリと震わせた。
惑星ギニラスでの襲撃事件。
七惑星連合のサイボーグによる襲撃で、一木弘和のパートナー”シキ”が死んだ事件。
火星軍への見方を変えた、火星陸軍特殊部隊”RONIN”による初の作戦行動。
「……はぁ……どうも、このままでは終わりそうにないわね」
クラレッタ大佐が空を見上げると、巨大なスクリーンに満面の笑みを浮かべるグーシュが映し出されていた。
そのまま、クラレッタ大佐は地面に目を落とす。
そこでは、幸せそうに笑ったままのミラー大佐が、完全に機能を停止して倒れていた。
「この子、なんで笑ってるのかしら……」
クラレッタ大佐が、初めて声を震わせながら呟いた。
その問いに答えられる者は、もう誰もいなかった。
第四章、終幕。
という訳で、ついに
「第五章 ワーヒド星域会戦」
を次回より開始したいと思います。
ただし、プロットの調整や資料整理などを少し行いたいと思いますので、しばらく……だいたい一か月程度は、設定資料や短編の更新を中心に行いたいと思います。
ご了承ください。
※愚痴というか謝罪
四章、長すぎました。
29話あたりまでを 第四章 訪問
とかにして、その後を 第五章 帰還
にするべきだったなあ……。
以上、愚痴終了!
さて、これからも面白い小説を提供できるように頑張ります!
とりあえず次回更新は、14日の予定です。
内容は毎章お馴染みの登場人物紹介と、出来れば何かしらの設定資料を更新したいと思います。
そのほか何か読みたい情報や設定、短編などあれば出来る範囲で対応しますので、感想やメッセージ、TwitterのDMやリプライでお知らせください。
それでは、これからも本作をよろしくお願いします。




