第41話―1 歓喜
一木達に合流するために街を移動している最中、私は彼女を見つけた。
大佐がいつも見せてくれた写真と同じ顔。
間違いなかった、ジンライさんだ。
大佐の別れた奥さんで、まだ小さな娘さんを連れて火星に行った。
そう聞いて以来ずっと、ずぅっと会いたかった人だ。
大佐が死んでからは、その思いは一層強くなっていた。
会って、大佐がどんなにジンライさんと娘さんを大切に思っていたのか。
そのことを伝えて、一緒に大佐の事を懐かしみたかった。
だって、姉たちはもう大佐の事を心から思ってはいない。
みんな、それぞれ大切な人や存在がある。
私だけが、いつまでも大佐の事を一番大切に思っているのだ。
だから、ずぅぅっとジンライさんに会いたかった。
この世で私以外にたった一人、大佐の事を一番大切に思ってくれる人に、どうしても会いたかった。
その憧れの人が、目の前にいた。
私は嬉しくなって、任務も、ジンライさんから発せられる空間異常も、ジンライさんにコアユニットを刺されて死んでしまったマリオスとアイナの事も目に入らずに近づいていった。
手にしていた刀を鞘に納めると、ジンライさんは近くにいた現地人の女性に近づいていった。
随分と親しそうだ。
火星にいるはずのジンライさんと親しいあの現地人は、一体何なのだろう?
それが非常に大切な、すぐに姉たちと情報共有するべき事なのがさすがに分かり、人工知能が軋むように警告を発した。
そうだ。
火星人が異世界に……ルーリアト帝国に潜伏していて、しかも現地人と接触しているなど、呑気に看過していい情報ではない。
私は慌てて電波妨害下でも使用可能な量子通信装置を起動させようとする。
けれども、そんなまともな思考は、近づいて行ってジンライさんの声を聞いた瞬間吹き飛んでしまった。
「それはですね、対アンドロイド戦の切り札……特殊人工筋肉の出力を上げるため、体内に超小型の空間湾曲ゲートをですね……」
その、どこか大佐の面影を感じさせる……いや、実際には大佐の声とは共通点が全然ないけど……声を聞いた瞬間、私の中にあったまともな感情が全て消え失せた。
チクリと姉たちや、やたらと優しい強化機兵顔のサイボーグが浮かんだけど、それどころでは無かった。
「あなた……ジンライさん……よね?」
五メートル程離れた場所から、声を掛ける。
瞬間、ビクリと体を震わせた彼女が背中から探知装置を起動させて私に照射した。
それで私の事を把握したのだろう。
勢いよく振り向いて、私の顔を見た。
目が合い、私の心は感動で満たされた。
あの目。
間違いなく、大佐の身内だ。
近くでデータ照合すると奥さんではない事が分かったが、いくつかの身体情報が大佐や大佐が見せてくれた写真と一致していた。
目の前にいる女性は、絶対に大佐の血縁だ。
カルナーク戦から半世紀以上経っている事を考えると、大佐の孫かひ孫だろうか?
ああ、そんな事はゆっくりとお話すればいい。
私は勢いよく駆けだすと、思いっきり女性に抱き着いた。
「ジンライさん! 私、ミラーといいます……ハンス・ベルクマンの……」
私が抱き着いた腕に力を込める。
女性も一瞬震えたように身じろぎすると、私を抱き返してくれた。
ハンス・ベルクマンの娘のミラーです!
私、ずっとあなたを探していました。ハンス大佐の大切な奥さんと、宝物の娘さん……そしてその子孫の人たちを、ずっと探していたんです!
私の叫びを聞いて、目の前の女性はさらに強く私を抱き締めてくれた。
そして、耳元で優しく囁く。
ありがとう、ミラーちゃん。私もあなたを探していたのよ?
パパの大好きなミラーちゃん。私の大切な妹。
アヤメママの娘。さあ、妹ちゃん。仲良くしましょうね?
私の目から、眼球洗浄液がとめどなく流れだす。
ああ、よかった。パパ、やったよ。
私サガシテタオネーちゃんニアエタヨよ。
姉サンタチ、もう心配カケナイヨ。ワタシもきちんと頑張ルヨ。
人間とも、ナカヨクスルヨ。
もー、泣キ虫ミラーなんて、イワセナイよ……。
一木にも、アヤマラない……トネ…………。
※
「これより我らの帝国は新たな時代へと進むのだ! 見よ、我が父にして皆の皇帝、サールティ三世と一木弘和将軍は此度友となった!」
皇帝と一木の会談の後、グーシュは二人を再び群衆から見える位置に移動させると、互いの手を握らせた。
ちょうど地球で首脳同士が握手し、その二人の間に仲介者が入るような構図だ。
地球においてはありふれた構図であるが、皇帝を絶対視するルーリアトにおいては異質極まりない。
たかだか異国の一将軍を皇帝と同列に扱っているのだから、通常であればグーシュと一木共々非難されても文句は言えない。
しかし、逆にこのことが帝都臣民に、他国と地球連邦という海向こうの国との違いを印象付ける事となった。
即ち、地球連邦とは属国や公爵領とは違う、ルーリアトと同格かそれ以上の存在であるという事だ。
そして、その両者を取り持つように間に立つグーシュの存在感もまた、劇的な帰還と合わせて増すこととなった。
(言葉や身振りだけではない……立ち位置やちょっとした仕草まで計算しているのか……叶わないな)
一木は心中で独り言ちた。
地球側の台本を越えて、グーシュは人間の心理を読んだ行動を見せていた。
それによって、荒れ狂う群衆を見事操って、こうして熱狂させる手腕には感心するしかない。
(それに……)
一木はモノアイを軽く動かした。
皇帝と並び立ち手を握る一木の事を、憎々し気に見ている人間が幾人か見える。
それらは警護に当たっていた帝都駐留騎士団の騎士や、状況を聞きつけて遅まきながら会場に駆け付けた要人達だが、もはや状況は彼らに声を上げさせることを許さない。
地球連邦の強大な武力と群衆からの支持を得て、その上最大の政敵をすべて葬り去り、その生首を足元に転がすグーシュリャリャポスティに、逆らえるものはもはや存在しない。
(いや、そもそもドブさらい計画によって、今の状況に反感を持つ保守派は少なくとも帝都では壊滅している……)
一木はモノアイをグーシュへと向けた。
生き生きとしたその表情は、こうして見るとまるで部活動をする高校生の様に見えた。
この少女には、謀略と死闘に明け暮れた今日という日が楽しくて仕方が無かったのだろう。
「だが、両国の交友は目標への到達では無いのだ! 今日、この場が始まりである……ルーリアトを理想国家にする……民のための国家へと生まれ変わらせる、戦いの始まりなのだ!」
声を上げるグーシュの顔を、一木はジッと見続けていた。
ふと気が付くと、皇帝も同じようにグーシュの顔をジッと見ている。
その目に浮かぶのは、一体どんな感情なのだろうか。
息子を殺して、帝国の全てを手に入れた娘の顔を、この老人はどんな気持ちで見つめているのだろうか。
一木はそんな事を考えながら、演説を聞き続けた。
「そしてその戦いには、皆の力が必要だ! わらわが川から引き上げられ、今日この場に帰ってくるのにルニ子爵とその領民達の献身と忠誠が……地球連邦将兵の平和を愛し、悪を憎む心が必要だったのと同じように、これから民に勝利をもたらすためには、皆の力が必要だ」
そこでグーシュは息を大きく吸い込み、声が擦れる程の大音声で叫び出した。
その上、感極まったように目からはぽろぽろと涙を流し始める。
「だがその民の勝利とは、わらわが与えるものではない! 無論皇帝陛下がもたらすものでもない! 地球連邦が持ってきてくれる物でもない! 皆自身が、わらわ達を剣として用いて勝ち取る物なのである! どうか、どうか! ルーリアトの全ての民よ! わらわ達を剣として、自分自身のための帝国を築こうではないか! ボスロ帝以来の悲願を、実現させようではないか!」
グーシュは一木と皇帝の手に添えていた手に力を込めた。
そしてそのまま、勢いよく一木と皇帝の手を頭上へと掲げさせた。
「そのためならば、わらわも父も将軍も、この命を惜しまん……わらわ達三振りの剣を以って、民自らに勝利をもたらすのだ! 民に勝利を!」
「「「「「「民に勝利を!!!!!!」」」」」」
「「「「「「民に勝利を!!!!!!」」」」」」
「「「「「「民に勝利を!!!!!!」」」」」」
「「「「「「民に勝利を!!!!!!」」」」」」
「「「「「「民に勝利を!!!!!!」」」」」」
「「「「「「民に勝利を!!!!!!」」」」」」
会場はおろか、帝都中からあっという間に声が響き渡った。
人々は熱狂していた。
グーシュの話には、具体的な事は何一つ含まれていない。
叫んでいる民に勝利をという言葉にも、具体性は全く無い。
人々はそれでも、朝から強要された大通りへの強制移動を終わらせ、いつも横暴な近衛騎士達を排除したグーシュを支持し熱狂した。
グーシュがもたらした開放感を、未来への希望と誤解して歓喜していた。
(今日から始まるな……この国の……)
この瞬間、グーシュリャリャポスティは全てを得ていた。
ルーリアト帝国も。
未来への希望も。
愛おしい人間も。
だが……。
(ん?)
その時、一木の視界に通知が入った事を示すアイコンが表示された。
一木は民に勝利をと叫ぶだけの現実から少し意識をずらして、メッセージアイコンを読む作業に移った。
・通信異常解消のお知らせ
通知は通信状態の正常化の知らせだった。
通知通り、今までの通信不調を巻き返そうと躍起になるかのように情報更新や連絡事項を伝えるメッセージが大量に送られてきた。
(うげぇ……ただでさえ報告書や事後処理で忙しいのに、通信異常絡みの仕事もこんなに……)
一木は徹夜を覚悟してげんなりとした。
だが、そんな気持ちは続かなかった。
聞いたことの無い異様な通知音と共に、赤字の通知がもたらされたからだ。
驚きと共にその通知に意識を向けた一木は、思わず絶句した。
現実のボディのモノアイが激しく回りだすのを感じるが、そこに意識を向ける事も、グーシュや皇帝にそれを取り繕う事も出来ない。
ただ、内蔵が締め付けられるような、取り返しのつかない状況になった時特有の緊張感が、一木の心を満たした。
・緊急通達 ミラー外務副参謀、シグナルロスト。コアユニット破損の模様。
満足気なグーシュの顔も、うつろな視線を向ける皇帝も、熱狂する民衆も。
悲しみと焦りが入り混じった一木には、全てが空虚に感じられた。
予定日を過ぎ申し訳ありませんでした。
明日も連続更新しますので、よろしくお願いします。
次回、第四章最終話。




