第40話―3 帰還
(なぜ、こうなった……)
イツシズは呆然としたまま、目の前にいる少女の言葉を聞いていた。
甲冑を身にまとい、威厳ある態度と言動で朗々と近衛騎士団を糾弾する、第三皇女……いや、皇太子の言葉を……。
『こうしてわらわを橋と護衛諸共亡き者としたイツシズと近衛騎士団は、ついに帝国を乗っ取るべく計画を実行に移したのだ。そう、すなわち今日帝都で起きた騒乱……イツシズに逆らう全ての人間を処理する狂気の計画、ドブさらい計画を!』
ドブさらい計画。
その単語を聞いた瞬間、イツシズは頭を殴られたような衝撃を受けた。
「な、なぜ……」
こんな事を言っては、自白しているに等しい。
それでも、グーシュの言葉に反応せざるを得なかった。
この二十年の悲願。
帝国の汚物どもを一掃し、自身がルーリアト帝国を正す計画が、極秘の筈の計画名まで漏れていたのだ。
群衆からイツシズを糾弾する怒号が聞こえてくる。
先ほどのイツシズの呟きが空の動く絵を通して、帝都中に聞こえたためだろう。
『しかもだ、我が兄にして前皇太子ルイガもその計画に関わっていたのだ。…………この事については、疑問に思う者もいるだろう。ルイガとそのお付き騎士のセミックは、ここしばらく帝都で抗争を繰り広げていたではないか、とな。だが、それは偽りだった!』
グーシュの叫びと共に、空の絵がグーシュを大きく映し出した。
『海向こうの国によって川から引き揚げられたわらわは、彼らの協力の元、帝都に帰還するために情報を集めていたのだ。その結果、イツシズとルイガが結託しわらわの暗殺を実行に移し、さらに自分達にとって邪魔な存在全てを葬り去る計画を実行に移そうとしている事を知った。つまりは、つい先日までの抗争とは対立勢力や臣民の目を欺くための演技だったのだ。その証拠に、わらわがルイガと決闘を行った場所……妹の国葬の日に皇太子がいた場所は、抗争していたはずの近衛騎士団の本部だったのだ!』
会場にいた衛兵や、皇帝の視線が一斉にイツシズを向いた。
イツシズは、もはや反論はおろか悔しがることすら出来なかった。
決闘するために赴いた場所がたまたま近衛騎士団の本部で、その結果皇太子とイツシズが仲間であることを知った?
そんな事があるわけがない。
グーシュは間違いなく海向こうの国、帝弟ガズル、ルニ子爵と協力関係にあったはずだ。
つまりは、ルイガは嵌められたのだ。
全てを支配していると思い込んでいたイツシズではない。
本当の意味で暗躍していた、グーシュにだ。
グーシュによってその死が最も都合の良いものになるように、その死に場所すら操られ、ああして生首になり果てた。
イツシズはそっとグーシュの背後にいるお付き騎士の手元を見た。
ほんの数時間前まで、最大の敵だと思っていた最強……だったお付き騎士、セミックの首がそこにあった。
(……目から涙の様に血を流して……そのくせ、随分と満足そうな顔だ)
グーシュの糾弾は尚も続く。
帝都で行ったドブさらい計画の具体的な内容を上げ、それがいかに残虐な蛮行だったのかを帝都臣民に語り掛けている。
(……作戦名はおろか標的の一覧も漏れていたか……幾人か覚えのない奴らがいるという事は……ふふふ、グーシュめ。邪魔者の処分にドブさらいを利用したか)
もはや反論する気力も無かった。
もはや数人しかいない手勢の方を見るが、イツシズを命がけで逃がすような態度には思えなかった。
(……この状況になるまで気がつかなかったな……そうだ。私は、命がけの忠誠を持つような部下を育てなかった。そんな存在が必要になるまで、思い至りもしなかったな)
この二十年常に共にあった、怒りや苛つきという感情から解放されたイツシズは、奇妙な程晴れやかな気持ちになっていた。
あれほどまでに憎んでいたグーシュリャリャポスティに追い詰められているのに、本当に奇妙だった。
(ああ、そうか……私は……)
イツシズは自分を糾弾する少女の声を聞きながら、自身の半生を思い返す。
そこそこ名の知れた商家の長男として生まれた。
だが、家を継ぐことよりも騎士というあり方に憧れ、そのためだけに努力し続けた。
父を国にコネを作るためと騙し、金をも湯水のようにつぎ込んだ。
だが剣術の才に恵まれなかったため、結局金の力だけで騎士団に騎士見習いとして入るのが精一杯。
金の力で騎士のふりをする卑怯者。
騎士団内部では騎士ばかりか、兵士にまで馬鹿にされた。
事実その通りだが、イツシズは諦めなかった。
地方の貴族が起こした反乱に、金の力で参加したのだ。
その頃すでに実戦の機会は少なく、参加できるのは実力者や有力者の子弟だけだった。
そこに評判の悪い騎士見習いが参加するのは困難を極めたが、イツシズは父に毒を盛り、相続した店を他者に売った金を官吏や上級騎士にバラまき、参加する事に成功した。
そうして参加した反乱討伐でイツシズは、ありとあらゆる悪逆を行い成果を上げた。
その対象は反乱を起こした貴族やその領民、そして同僚や上司にまで及んだ。
血にまみれたイツシズを、もはや卑怯者と呼ぶものは存在しなかった。
存在する端から消していったからだ。
それ以来、手段を選ばずに地位と実績を上げ続け、騎士職の最高峰近衛騎士団に文官職として入団。
人事官として近衛騎士団を背後から操り、自らの才の無さに悩む若い皇族……現皇帝サールティ三世に取り入った事で、ついには帝国をも操る程になった。
(だが……そもそも私は、なぜここまで……)
恵まれた商家の跡継ぎの立場を捨て。
家族を騙し、信頼を裏切り。
多大な金を浪費し、それで卑怯者と呼ばれる立場になった。
それでも足らずに父を殺し。
家族の様に過ごした実家の務め人達を家ごと売り払い。
反乱を起こした貴族を、その領地の民を、邪魔な同僚を……全てを殺し、陥れ、利用し、捨てて……。
そうして帝国を動かす地位を得て、それでも飽き足らずに皇族を殺し、帝都を炎に包むことを厭わずに今日、ドブさらい計画を実行に移した。
『…………臣民よ、これがイツシズと近衛騎士団の所業だ! 断じて、断じて許すことは出来ない。どうだイツシズ! 申し開きはあるか!? 帝国を食い物にしてきた貴様の所業を……これでも否定するか!』
「…………否定など、せんよ」
グーシュの糾弾がピークに達した時、イツシズはようやく口を開いた。
ただそれは、グーシュが望んでいた慌てふためいたものでも、取り乱した物でもない、物静かな態度だった。
『!……認めるのだな、イツシズ卿』
イツシズの性格からいって、もっと取り乱した態度を予想していたグーシュは、内心少し慌てながら口調を一段下げ、イツシズに敬称を付けた。
「……ふふ、今更否定して何になる? 空飛ぶ城に連射鉄弓……そんなものを持つ海向こうの国を仲間に引き入れたお前相手に……私の計画全てを知っていたお前相手に、今更私の舌で何が出来る?」
静かに、饒舌に語ると、イツシズはゆっくりと腰の剣を抜刀した。
金箔と宝石で彩られた、実用性の低い、それでいて美しい刀身があらわになる。
『……その上で、この状況で抵抗するのか?』
グーシュの問いに、イツシズは歯をむき出しにして笑みを浮かべた。
「……今更……今更思い出した。私は。いや、俺は、騎士になりたかった……」
『? イツシズ、卿? 何を……』
唐突なイツシズの言葉にグーシュが、いや。
帝都の人間の大半が唖然とした瞬間、イツシズは雄たけびを上げて駆け出した。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
唐突な行動にグーシュも、ミルシャを始めとするお付き騎士達も反応が遅れた。
当然歩兵戦闘車の前にいた親衛隊員たちも反応できなかった。
ただ広場周辺のアンドロイド達だけが、瞬時にイツシズの全身に狙いをつけた。
もしこのまま誰もが対応できずとも、グーシュの三メートル以内に侵入した瞬間に彼は蜂の巣だっただろう。
「この、馬鹿者が!」
だがそれよりも早く、前に出ようとしたミルシャを制したグーシュが、ルイガの生首を投げ捨てて腰の拳銃を構え、そして即座に発砲した。
タン、タン、タンッ!
ライフルとは違う、異世界派遣軍のケースレス弾特有の軽い音が三回響いた。
素人のグーシュが慌てて撃ったにしては、結果は上出来だった。
拳銃から発射されたケースレス弾は、イツシズの胸に一発、額に一発、貴賓席の椅子に一発が命中した。
勢いそのままに、帝国の影の支配者と呼ばれた男は倒れ、美しく磨かれた石畳の上を少しだけ滑り、グーシュの足元に至った。
『なんと、無謀な……』
グーシュの呟きが、死にゆくイツシズの耳に入る。
(そうだ)
損傷したイツシズの脳に、最後の思考が過ぎる。
幼いころ見た、他愛無い芝居。
目的など無く、ただ、ただ剣を振るう。
無謀だろうと、無意味だろうと。
ただ走り、ただ剣を振るう。
迷いなく、ただ暴力装置としてのみ存在する、ルーリアトの騎士の原初の姿。
(俺は、ただ剣を振るいたかったんだ……鎧を着て、剣を……)
全てを犠牲にして成り上がった男は、あまりにも身勝手な自分の原点と共に、勝手に満足して死んだ。
とはいえ、群衆に満足感を与えるストーリーを提供させなかったという点で、グーシュに一矢報いる事には成功していた。
グーシュは満足そうな表情で死んだイツシズの顔を見下ろしながら、唖然として盛り下がった群衆の空気をどうやって盛り上げるか、頭を悩ませる羽目になった。
あと少しで第四章完結!
ちなみにイツシズの最期は想定通り。
無様に、そして本人だけ自己満足しながら殺せたので、作者は満足。
というのも、しょうもないオッサンだけど帝国的にはそんなに悪い男では無く、意外に貢献していたからです。
まあ、そこら辺の話は需要も無いでしょうし、ほどほどにしておきます。
次回更新予定は……未定!
申し訳ありません、予定が決まり次第活動報告やツイッターでご報告しますm(_ _)m




