第40話―1 帰還
帝都上空の軽巡洋艦マンダレーの降下用ハッチから、 治安維持課のジア少佐が荒れ狂う群衆を見下ろしていた。
「やっぱりこうなったか……予定通りだ。速やかに治安維持活動に移るぞ」
ジア少佐は背後を振り向きつつ言った。
マンダレーの艦内には、地上部隊の侵入によって帝都の民間人が暴徒と化した場合に備えて、非殺傷装備に身を包んだ治安維持部隊が待機していた。
ゴム弾や電撃銃、スタンガン内蔵の警棒を装備したSSや、暴徒鎮圧用兵装の強化機兵などで構成された部隊だ。
十万人規模の暴動でも、死傷者を二桁で収める事が可能とされる精鋭部隊だ。
「さーて、俺たちは仕事をしてやる……現地人のお姫さんのお手並み……拝見と行くか……」
不機嫌そうな、それでいて少し楽しそうな口調で呟くと、ジア少佐は部下を引き連れてマンダレーのハッチから勢いよく飛び降りて行った。
※
「総員、前へ! 陛下をお守りしろ!」
「盾構え! 動く小屋を通すなあああ!」
呆けたように固まったままの帝国首脳に対して、動きが早かったのは近衛騎士達だった。
国葬会場を警護していた人員を素早く歩兵戦闘車の前に集結させると、見事な練度で素早く隊列を組み、盾と槍、剣を向けた。
最も、この見事に統率された動きは、歩兵戦闘車の背後にいる暴徒たちへの恐怖からもたらされたものだった。
グーシュの姿に目を奪われていた皇帝やイツシズと違い、近衛騎士達にははっきりと見えていたのだ。
暴徒の持つ槍や剣の先に掲げられた、同僚の体の一部が。
対してその様子を静かに見ていたグーシュは、小さく息を吸い込むと号令を発した。
「親衛隊、降車!」
号令と共に、歩兵戦闘車の後部のハッチが開き、第一次世界大戦時の歩兵の様な格好をしたルニ子爵領の志願兵たちが一斉に飛び出した。
そして、クーロニとルキ少尉の命令のまま、少しもたつきながら歩兵戦闘車の前に整列し、ボルトアクション式ライフル銃を構えた。
近衛騎士達は彼らの理解するところの鉄弓を向けられた事に安堵した。
動く小屋の未知の仕組みや、巨大な鉄の筒の様な理解し難い物体ではなく、自分たちの既知の武器を向けられたためだ。
その上、彼ら近衛騎士達は革と鉄板を組み合わせた鎧を身に着け、さらに盾を構えて密集していた。
彼ら近衛騎士の常識では、目の前の相手程度の人数の鉄弓兵程度であれば、射撃を受けても圧倒できる。そういう認識だった。
「各員狙えー! 第一列、各自五発連射、撃てー!」
その認識も、クーロニの号令と共に始まった射撃までだった。
次の瞬間に始まった異世界派遣軍の現地勢力供与用小銃の前では、革と薄い鉄製の防具など何の意味も無かった。
盾に着弾した際の衝撃による手首の捻挫ではなく、貫通した弾丸によってバタバタと倒れていく騎士達。
生じるはずの無い弾丸による被害に、近衛騎士達に動揺が広がった。
「なんて威力だ!」
「があ、痛い……盾と鎧を貫通しやがった……」
「ええい! 総員、駆けよ! 次発の前に白兵だ、駆けよ!」
思わぬ高威力の鉄弓に対して、指揮官の取った作戦は単純かつ的確だった。
装填に時間のかかる鉄弓に対する常套手段。
発射後の隙をぬった突撃である。
号令からの動きは、機敏だった。
素早く隊列を組みなおすと、列を乱さずに素早く駆け出していく。
彼らの目の前にいる部隊には、鉄弓兵だけで護衛がいなかった。
相手の隊列からして、もう一度斉射があるだろうが、それくらいなら耐えられる。
そういった判断もあった。
そして、なにより……。
(ここで相手の部隊を倒すところを見せなければ……後ろの群衆が殺到してくる! なんとしてもここで連中の勢いをそがねば……)
だが、そんな近衛騎士の指揮官の思惑は、カシャカシャという金属音と共に途切れることなく行われた発砲により、あえなく崩れ去った。
「ば、」
「馬鹿な!!!」
「連射可能な鉄弓……これが海向こうの力か……」
あまりの出来事に、近衛騎士の指揮官とイツシズ、皇帝は唖然とした。
おとぎ話のような空飛ぶ城や動く小屋以上に、現実と地続きの技術が彼らを圧倒した。
「第一列はクリップの装弾急げ! 続いて第二列発砲開始! 撃て!」
クーロニの号令で第二列と呼ばれた兵士たちが五発の弾丸を撃ち終えた頃には、突撃した近衛騎士達……即ち国葬会場にいた主要な兵士たちは壊滅していた。
イツシズはその光景を、静かに見つめ、身体を震わせていた。
理解を越えた光景が、帝国の支配者と呼ばれた男から判断力を完全に奪っていたのだ。
「よし、クーロニ……そして我が親衛隊よ、よくやってくれた。以後は後ろの民達が広場に入らないように抑えていてくれ」
「は、はっ!」
上ずったクーロニの声を聞いた後、グーシュは歩兵戦闘車の上面から勢いよく飛び降りた。
強化セラミックの立てる音に、思わずイツシズは体を震わせた。
「ミルシャとカナバ達……ついてこい。国賊退治だ」
四人のお付き騎士を伴い、グーシュは自身の肖像画が見下ろす中、自身の葬儀会場を颯爽と歩き出した。
進む先には青くなったイツシズと、見ない間にすっかり老け込んだ父親である皇帝の姿があった。
その落ちくぼんだ眼が、グーシュが抱えた生首の主に気が付いて絶望に染まるのを見て、流石のグーシュも罪悪感を覚えた。
突発的に時間が出来ましたので、短めですが投稿です。
次回更新予定は変わらず25日の予定です。




