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第39話―3 制圧

 40mm機関砲を放ったガガーリン装甲車は、凍り付いたように立ちすくむ近衛騎士達に向かって進み続ける。

 近衛騎士達は、消え去ったように見えた同僚たちが、足首だけを残して吹き飛ばされた事に遅まきながらに気が付き、歩兵戦闘車が眼前に迫った頃、ようやく悲鳴を上げた。


「ひ、ひやああああああ! に、にげ」


 しかし、悲鳴を上げる事すら叶わない。

 巨大なキャタピラにあっけなく潰され、群衆に発砲を試みていた近衛騎士達はひき肉となった。


 その凄惨な光景に、近衛騎士達はおろか群衆も圧倒された。

 

 だが、ある光景がそれを一変させた。

 マッカーサー歩兵戦闘車に掲げられた旗が目に入ったからだ。


「帝国旗だ! しかもアレは……左側に(ポス)の柄! ポスティ殿下の旗だ!」


「あっちを見ろ! あれはルニ子爵家の家紋だ……撒かれた紙にあった殿下の軍勢だ! 味方だ!!!」


 旗の効果は絶大だった。

 勢いづいた群衆に、仲間の無残な姿を目にした近衛騎士達は対抗できなかった。


 瞬く間に殺到した群衆により、近衛騎士達は凄惨な私刑(リンチ)を受け、歩兵戦闘車に轢かれた同僚と同じ姿となった。


 そして、群衆が周辺の近衛騎士をあらかた潰し終わったあたりで、様子を見たように先頭のマッカーサー歩兵戦闘車の上に二人の人影が立った。


 一人は若く、緑色の斑模様の服に身を包んだ、美しい金髪に白い肌の女。

 もう一人は、ルニ子爵領の紋章が刻まれた盾を持った、軽装の騎士だった。


 騎士は緊張した面持ちでしばし周囲を見回していたが、女が背中を軽く撫でると、意を決したように手に持った筒の様な物を口に当て、帝都の住民が聞いたことの無いような大音量で叫んだ。


「勇敢な帝都臣民よ! 我らは空からの紙にあった、ルニ子爵領志願兵と海向こうの軍勢である! これよりルイガ皇太子を討つべく、お付き騎士のみを伴い近衛騎士団本部に乗り込まれたポスティ殿下を迎えにあがり、その後国葬会場にいる国賊イツシズを討つ! 鉄の馬車に続け! 帝国を共に正すのだ!!!」


 拡声器を用いたルニ子爵領の騎士クーロニの宣言と同時に、先頭車両から車列先導用のSS部隊が下車して、興奮する群衆を脇にどけた。


 帝都の住民たちは、緑の斑模様の服を着た、小柄な少女たちを見て目をむいた。


「道を開けてください!」


「我々は海向こうの軍隊です。これより殿下をお迎えに上がりますので、道を開けてください!」


 甲高い少女の声が響く度に、群衆は困惑すると同時に安心感を得ていた。


 動く箱や、空飛ぶ城といった未知の兵器に一抹の不安を感じていた群衆は、小さな少女だけで構成された海向こうの軍勢を見て、”これなら大丈夫だ”という地球連邦軍の思惑通りの印象を抱いたのだ。


「おい、お前らどけ! 殿下の味方のお嬢さん方が通れないだろうが!」 


「道を開けろ! 殿下の騎士が通るぞ!」


「がんばれ子爵様! がんばれ海向こうのお嬢ちゃん! がんばれ動く小屋!」


 さらには、自発的に誘導を手伝う者達まで現れた。

 アンドロイドによって群衆の誘導や、妨害する近衛騎士の排除を行うことを計画していた車列の者達は予想外の展開に唖然とした。


 騎士達の剣を奪い、あるいは近くの家々や商店から棒や農具、長物を持ち出した群衆は瞬く間に荒れ狂う力となり、車列と共に前進していく。


 一方の近衛騎士達は、空飛ぶ城や動く小屋によって士気をくじかれたところに、勢いに乗った膨大な群衆に追い立てられたことによって瞬く間に潰走。


 スピーカーから流れるCeddin Dedenをバックに、ルーリアト初の民衆革命は突き進んでいく。


「る、ルキさん……予想外の事になってますが……」


 熱に浮かされたような群衆の勢いは、マッカーサー歩兵戦闘車の上で旗にしがみ付いて必死に立っていたクーロニを怖気つかせた。


 しかし隣に立つSSのルキ少尉は、そんなクーロニを支えるように腰に手を回すと、耳元で囁いた。


「何も心配いりませんよぉ。殿下の親衛隊隊長のクーロニ……。我が愛しい人。全ては計画通りですぅ。あなたはこのまま、帝都臣民を先導してくれればいいのでぅ……」


「そ、そうですか……そうだな。俺が、しっかりしないと……殿下の親衛隊の初陣だ……やるぞ、やるぞ」


 若い騎士の決心とは無関係に、鉄の塊に率いられた人の群れは帝都を進んでいく。

 立ちふさがる、あるいは逃げようと走る近衛騎士達を飲み込みながら。

 その後に、群衆に轢きつぶされた騎士の残骸を残して。





「早く陛下をお連れしろ!」


「どこにだ! 空を飛ぶ城相手に、どこに……それより何とか撃ち落とす手段を……」


「鉄弓隊と弓兵をありったけ集めろ!」


 空飛ぶ城出現後、国葬会場に巻き起こった混乱は酷いものだった。

 警備していた近衛騎士達は、その主力や優秀な者がドブさらい計画のために前線に出ていた事もあり、狼狽え、実行不可能な勝手な策を叫ぶだけで有効な手立てを取ることが出来なかった。


 本来ならすでに会場入りしているはずだった出席者達は帝都で起きる異常に恐れをなして……もしくはドブさらい計画の犠牲となり、会場を訪れる事は無かった。


 広い帝都の広場を、無人の貴賓席が埋め尽くす。

 空の棺、ルーリアト調のあまり似ていないグーシュの絵。


 そして、それを正面に臨む席に佇む皇帝と、その前で膝をつく老騎士。

 そんな帝国の支配者を囲むのは、数名の護衛に帝弟とその使用人の美女達。


 無意味な怒号に包まれた広場にいるのは、これが全てだった。

 本来ならば、グーシュの死を確定させ名実ともに帝国の支配者としての立場を得ているはずだったこの場で、想定外の状況で膝をつく現状に、イツシズは自問自答し続ける。


(なぜだ! なぜ、なぜなのだ……)


「……イツシズ……お前は……」


 脂汗を流すイツシズに、皇帝が幾度目かの詰問を行おうとしたその時だった。

 帝都駐留騎士団の衛兵が現れ、叫んだ。


「ほ、報告! 謀反です!」


 すでにイツシズの伝令網も、本来の駐留騎士団の連絡体制も崩れ去り、外の様子が何も分からなかった国葬会場に久しぶりにもたらされたのは、驚愕すべき情報だった。


「む、謀反だと? 侵攻ではなく、謀反!? あの空飛ぶ城が、ルーリアトのものだというのか!?」


 皇帝の前にも関わらず、イツシズは思わず断りなく顔を上げ、狼狽して声を荒げた。

 そのため、皇帝が死んだような目をしている事にも、帝弟が笑いをこらえている事にも気が付かなかった。


 一方で報告した衛兵はそんな帝国の中枢の異常に気が付き、自身の報告に意味があるのかと一瞬訝しんだ。

 すぐに、自分にそんな迷いを抱く権限など無いことに気が付いたが。


「いいえ、いいえ! あの空飛ぶ城は海向こうの物のようですが、ルニ子爵領が連中と結託したようです!」


「!」


 この報告に、イツシズは皇帝の命令ではなく、脱力から膝をついた。

 だが、彼にとっての凶報は終わらない。


「すでに地上からも海向こうの軍勢が帝都に攻め入ってきました! 入り口と沿道を警備していた近衛騎士団は敗走……というより、海向こうの軍勢及びルニ子爵領と同調した帝都臣民により虐殺の憂き目に……」


 この報告に、死んだ目をしていた皇帝が微かに反応した。

 愛娘の死と、臣下の暴走により心が折れかけた身とはいえ、皇帝には民を思う心が、まだ残っていた。


「なぜ……なぜ民は海向こうと子爵領の軍に同調を? 理由は……何か、報告は無いのか?」


 この皇帝の問いに、思わず衛兵は口ごもり、その場にいる重鎮立ちの顔を一人一人順番に見回してしまった。

 本来なら許されざる不敬だが、誰も何も言わなかった。

 

 いや、ただ一人。

 帝弟のガズルだけが、満面の笑みで顎をしゃくって衛兵に報告を促した。


「……こ、これは空飛ぶ城から撒かれた紙に書かれていた情報と、いくつかの目撃報告からの連絡なのですが……」


「いいから、早く言わんか!」


 くどくどと言い淀む衛兵を、思わずイツシズが怒鳴りつけたのと、ソレが聞こえてきたのは同時だった。


Ceddin deden.neslin baban!

Ceddin deden.neslin baban!

Hep kahraman Turk milleti!


 彼らにとって、未知の音楽だった。

 地球という遠い世界の、トルコという国の軍歌。

 欠片も交わる要素の無い、異世界の音楽。


「なんだ、あの曲は……海向こうは楽器隊を連れているのか?」


「ぶふぅ!」


 イツシズの狼狽を聞いたガズルがとうとう吹き出し、怒ったイツシズと困惑した皇帝がガズルの顔を見た。


『民よ! 我が愛すべき民よ! 見えてきたぞ、偽りの、わらわを真に殺そうとするべく、反逆者が設けた場所が見えてきたぞ!』


 少女の声が聞こえてきた瞬間、皇帝と帝国の支配者に見られているに関わらず、ガズルは大笑した。


 そしてイツシズは全てを悟った。


 なぜだ! なぜ、なぜなのだ? 

 そんなものは単純で、簡単な事だったのだ。


「ガズル……お前は……」


「はーっはっはっはっはっは! そうだよイツシズ! 全て、今の状況全て、あの娘の想定通りだ!」


 ガズルの叫びと共に、国葬会場に巨大な鉄の小屋(歩兵戦闘車)がなだれ込んできた。

 その異質な鉄の塊に一同は目を奪われる……が、すぐに先頭の鉄の小屋の上に仁王立ちする甲冑を着込んだ人影に視線がくぎ付けになった。


「グ……!」


 絶望したイツシズが。


「グ……」


 喜びを抑えきれぬ皇帝が、その名を呼ぶ。


「「グーシュ!!」」


『そうだ、今帰りましたよ父上……今帰ったぞイツシズ!!』


 クーロニが持っていた拡声器を使い、会場はおろか後に続く群衆に聞こえるようにグーシュが叫ぶ。


『グーシュリャリャポスティ、帝国を救うため只今帰還せり!』


 拡声器の声を超える大歓声がイツシズ達を圧倒した。

次回更新予定は25日の予定となります。

しばし間が空きますが、どうかご了承ください。

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